6 第三試合、四谷千尋VS神田和代
「なんかいろいろと大変なんだな。上の人たちは」
「ええ。まったく理解できない世界の話です」
清次と蜜は話には参加せずに端の方でジッとしていた。
空人がいなくなり、香織も級友たちとばかり会話しているため、非常に居づらい雰囲気だ。
すると、どこからともなく騒がしい声が聞こえてきた。
「あんたが何を夢見ようと勝手だけど、今回もうちの勝ちは決まったようなものだけどね!」
「最後まで見てから言いなさいよ馬鹿女。あとで恥をかくのはお前の方なんだよ!」
なにやら言い合いをしている二人の女性の声だった。
彼女たちは放送室の前で足を止めると、勢いよくドアを開けて入ってきた。
「こんちはー! ちょっとお邪魔するよ!」
「失礼するわ……っと、邪魔なのよあんたは! もっと端っこ歩きなさい!」
「人が中に入ろうとしてんでしょ!? 順番も守れないの!? うざいから文句あるならどっか行け!」
「え、エイミーさん。如村理事長もようこそ」
まるで子どものような言い合いをしながら登場した女性二人。
水学理事長のエイミー=レインと、美女学理事長の
一見すると女子中学生のような幼い外見のエイミー。
化粧の匂いがキツく、やたらと派手な服を着ているキャリアウーマン風の女性が弾妃。
それぞれ水色と紫という不自然な寒色系の髪色をしている二人である。
「こんにちは水学生徒会の皆さん。今日はこの糞ガキが悔し涙を流しながら私に頭を下げるところをじっくり見学させてあげますから、楽しみにしていてくださいね」
「脳に蟲がわいてんじゃないの!? こっちが勝ったら美女学全校生徒の前で全裸土下座させてやるから覚悟しておけよ!」
水学と美女学の理事長の仲が悪いという噂は有名な話である。
しかしこの醜い言い争いを見ていると、彼女たちが本当に責任ある立場の大人なのかどうか疑わしくなってくる。
生徒会役員たちは慣れているのか黙って二人分の席を空けた。
「あのー」
二人があまりに騒がしかったため気づかなかったが、ドア陰にもう一人の人物がいた。
さっき二回戦に出場していた赤坂綺である。
「赤坂さん、お疲れ様です!」
「お疲れ様です美紗子さん。私もここで見させてもらっていいですか?」
「もちろんですよ……っと、あれ? クラスメイトの方と途中で会いませんでした?」
「え? いえ、わからないです。あの二人を運ぶために裏の窓から飛んできたので」
どうやら空人とは入れ違いになったらしい。
客席の人込みの中に入って行ったなら、彼女がいないと気づくのはだいぶ後になりそうだ。
「ま、見てなさいよ。四年前と同じ結果に終わって涙目になっても遅いんだから」
「はいはい。あんたが何を言っても美女学の勝ちは揺るがないんだけどね」
「いやいやいや、次の試合で万が一そっちが勝っても総合的には引きわけだから。美女学の勝ちとかもうありえないから」
花子が現れた時以上に放送室は騒がしくなった。
みんなが苦笑いする中、花子がある意味で爆弾発言とも言えるセリフを吐く。
「だいじょぶだと思うよ心配しなくても。たぶん向こうの会長さんが勝つから」
「え、なんで……」
「なに言ってんの花子ちゃん!? 味方を応援してあげなくてどうすんの!」
「ほーっほっほ、あんたのとこの生徒にもわかってる子がいるじゃないの! その通りよ、うちの神田が単なる剣道少女に負けるはずがないのよ!」
「四年前に負けてんだろ! 耳元で大声だすんじゃねえババア!」
「うるせえクソガキ! あんま調子に乗ってんと掻っ捌いてはらわた引きずり出すぞゴラァ!」
香織が質問しようとした声を遮って両理事長が過剰反応を起こす。
それを機にまた聞くに堪えない口論が再開されたが、もう誰も二人を相手にしない。
美紗子が改めて花子に尋ねた。
「どうしてそう思うんですか? 千尋さんは日々の鍛錬を欠かしていませんし、いくら神田さんが以前とは違うとしても、絶対に勝てないとは断言できないと思いますけど」
「なんでって簡単だよ」
花子が当たり前のことを説明するように口を開いた。
それと同時に試合開始のゴングが鳴り響く。
「さっきみさっちが言ったようなこと、ちーちゃんもよくわかってるからさ」
※
ゴングが鳴ると同時に千尋が飛び込んだ。
一足跳びで間合いを詰め、神速の動きで≪
竹刀のように刃先のない丸い剣の形をしたバイブレーションタイプのJOYである。
当たれば即座に敗北必至。
和代はわずかに体を左に傾けた。
毛先を数本散らし、薄桃色の刀身が頬のすぐ横を掠めていく。
千尋から見て死角になるように和代は後ろに回した右手を軽く振った。
そのわずかな動きに連動するよう≪
こちらもバイブレーションタイプのJOYである。
手元操作で自在に操れる、中距離戦を得意とする武器だ。
攻撃を避けられた千尋は即座に左へと大きく跳んだ。
狙いを外した振動球は空を切り裂きながら即座に和代の元へ戻る。
千尋はリングの上を転がって距離を取ると、即座に立ち上がって全力で駆ける。
今度は和代も避けようとしない。
右手の動きに連動した振動球が≪
激しい衝突音が響く。
両者が同時に弾かれた。
「くっ……!」
衝撃は千尋の腕に伝わった。
がら空きになった彼女の懐に振動球が迫る。
だが千尋は体を大きく捻ってそれを間一髪でかわす。
「さすが、やりますわね!」
和代は間合いを取りつつ振動球を手元に戻した。
体勢を整えた千尋は凄まじい脚力で一気に距離を詰めてくる。
「ていっ!」
あっという間の接近。
千尋が横薙ぎに剣を振る。
和代は震動球をぶつけてそれを弾き、また距離を取る。
一進一退の攻防は続いた。
能力者はみなD《ディフェンス》リングという指輪を装備している。
身につけると全身が薄い膜で覆われ、使用者の体を守ってくれるというものだ。
その防御力は防弾チョッキにも匹敵するが、バイブレーションタイプの能力はDリングの守りを易々と打ち破るほどの破壊力がある。
武器を具現化させるJOYはありふれた能力と言えるが、バイブレーションタイプは他の具現化系能力と比べて桁外れに威力が大きい。
同系の能力だが、二人のJOYの相違点は武器の形状である。
千尋の持つ≪
竹刀に似た丸みを帯びた剣で、リーチは短いが根本から先端まですべてが震動する。
対する和代の≪楼燐回天鞭(アールウィップ)≫は鞭というよりは有線式の振動球と言った方が正しい。
持ち手部分で操作し、半径十メートルほどの空間内で自在に振動球を操れる。
実際に振動するのはこのピンポン玉サイズの振動球のみだ。
どちらも当てれば必殺の威力がある。
接近戦では千尋、やや距離を取れば和代が有利。
つまり、自分の間合いを制した者が有利になるのだが……
「……くっ」
またしてもギリギリで攻撃を弾いた和代は、腕に伝うしびれに苦痛の呻き声を上げた。
リングという狭い空間内では十分な距離をとって戦うのが難しい。
一対一の試合形式は和代にとって圧倒的に不利なのである。
二人は絶えずリングの上を走り続けている。
両者ともにSHIP能力者ではないが、運動量は並の女子高生を遥かに凌駕する。
リングの上を縦横無尽に駆け回りながら攻防を続ける二人の少女。
牽制を挟みつつ、どちらも確実に一撃を当てるための隙を探り続けていた。
千尋は逃げようとする和代を追いかけては愚直に剣を振る。
その攻撃を和代は震動球を巧みに操ってはじき返す。
そんな繰り返しが数分も続くにつれ、両者の体力はどんどん減っていく。
わずかなミスで致命的な一撃を受ける。
迫力のある戦闘に観客たちも大沸きである。
しかし――
「ちっ……!」
和代が仕損じた。
振動球が大きく後方に逸れる。
ガラ空きになった懐に千尋が飛び込んでくる。
神速の動きで剣を振り上げる千尋。
リングを強く踏みしめて斬撃を繰り出す。
和代は迫りくる刃のない剣をじっと睨み据えた。
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