5 元四組の生徒

 左右の観客席を割るように赤いカーペットが伸びている。

 リングの方からその上を歩いてくる芝碧しばみどりを、神田和代は仁王立ちで待ち構えていた。


「ご協力ありがとうございます。おかげ様で大盛況でしたわ」

「別に」


 わざわざ爆高からやってきて試合に参加してくれた芝碧。

 彼女の出場で代表者の枠を埋めることができたのだから礼を言うのは当然である。


 芝碧はそっけない返事をかえして横を通り過ぎようとする。

 そんな彼女の動きを和代は腕を拡げて止めた。


「何」

「一体、何が目的ですの?」


 社交辞令は終わりだ。

 和代は周りに聞こえないよう小声で本題に入る。


「今さらどんな理由があって表の世界に関わろうと思ったのです? 単なる興味本位というわけでもないでしょうに」

「自分で誘っておいて」


 見間違えかと思うほどわずかな表情の変化があった。

 芝碧は確かにうっすらと笑みを浮かべていた。


「ええ。声をかけた時はあなたが元四組の生徒だと気付いていませんでしたから。以前は大変お世話になっておいて失礼かとは思いますが、すっかりお顔を失念しておりましたの。小耳に挟んだ情報によれば、あなたがた元四組は『彼』のため裏に潜ったとのことですが」

「他のみんなはね。私は残った。それだけ」

「つかず離れずの距離であなたは何をしようと……いえ、何をしているのですか? 特殊なSHIP能力を持つ者だけが集められた元四組の生徒が……」


 芝碧は可愛らしく口もとに人差し指を当て短く一言だけ呟いた。


「秘密」


 彼女が何も語らないのは当然のことだろう。

 夜の中央で繰り広げられる能力者同士の抗争より、ずっと奥深いL.N.T.の闇に属する生徒なのだから。


「あ、でも、あなたの誘いに乗って試合に参加したのは本当にただの興味本位。あの人が気に入った女を見てみたかっただけ」

「気に入った女?」

「赤坂綺。お気に入りみたいだよ、『ミイ=ヘルサード』の」

「っ!?」


 その名前を聞くだけで心が強くざわついた。

 芝碧はもう話すことはないとばかりに横を通り過ぎていく。

 ハッとして振り向いた時にはもう、彼女の姿は生徒たちに紛れて見えなくなっていた。


 非常に嫌な感じだった。

 自分から声をかけたとはいえ、汚物に指先を突っ込んだような不快感だけが残る。


 だが……


 和代は気持ちを切り替えた。

 今、集中すべきは目の前のリングのみ。

 それはあの時と同じ、能力者同士の決戦場だ。


 L.N.T.の闇もあの男の思惑も今はどうでもいい。

 現在の和代が求めるものは、あのリングの上にしかないのだ。


 一歩一歩と足元を踏みしめる。

 左右からの歓声を受けながら前に進む。

 小さな階段を上り、和代はリングの上に立った。

 さっきまでの不快感は消えていた。


 反対側のコーナーを見る。

 競技場の向こう端へと延びる青いカーペット。

 その上をゆっくり歩いてくる少女の名は四谷千尋よつやちひろ


 彼女と再び技を競うことが、今の和代が為すべき全てである。




   ※


 二人の選手がリングに上がった。

 その様子を中二階の放送室に集まった面々はマジックミラー越しに見ている。


 麻布美紗子や中野聡美を始めとする生徒会役員たち。

 その友人の小石川香織と友人の本郷蜜と内藤清次。

 一回戦で見事な試合を見せた深川花子と本所市。


 彼女たちは息を飲んで対校試合の最終戦が始まるのを待っていた。

 さっきまでやかましくはしゃいでいた花子ですら黙っている。


 最初に沈黙を破ったのは生徒会副会長の中野聡美だった。


「どちらが勝つと思いますか?」


 彼女は小声で美紗子に問いかけた。


「想像がつかないわね。水学の生徒としては千尋さんを応援したいところだけど……」

「ちーちゃんが勝っちゃうと、あっちの会長さんは大変なことになるからね」


 花子の言うとおりである。

 ただのイベントだからといって負けても問題なしとはいかない。

 美紗子たち生徒会役員はそれがわかっているが、市はいまいち理解できていない様子だった。


「どうして四谷さんが勝ってはいけないのですか?」

「生徒会長が他校の一般生徒に負けちゃ示しがつかないっしょ」


 そもそもこの対校戦に望むこと自体が和代にとって非常に危ういことなのだ。


 水学は生徒会長である美紗子が出場していない。

 試合に負け越したとしても、別に水学が美女学より劣ってはいないと言い訳ができる。

 同様に荏原恋歌がいない美女学側が負けても、水学が美女学全体より優れているとは言い切れない。


 学校の優劣を決めるための試合ではない。

 そのことは事前に十分すぎるほど告知をしてきた。


 だが、和代個人としては別である。

 彼女は美女学生徒会長としてリングに立った。

 しかも、相手の千尋は生徒会役員ですらない一般生徒だ。


 たとえ千尋が『穏やかな剣士』の異名持つ実力者とはいえ、負ければ和代は生徒たちからの信用を大きく損なうだろう。


 能力の強さが周りからの評価のすべて。

 L.N.T.にはそういう風潮が根強い。


「あっちの会長は前にもちーちゃんに負けてるし、ひどい負け方だったから周囲の顰蹙ひんしゅくも凄かったらしいよね。必死に努力して這い上がってきたのが水の泡……とまではいかないけど、これからまた相当苦労することになると思うよ」


 自分たちの代表が負けたとなれば生徒たちの視線は冷たい。

 たとえ現在は強い権力を持っている和代でもだ。

 むしろ堕ちたときの落差はとても激しい。


「大変なのですね……」

「それだけじゃありません。和代さんが生徒たちからの信頼を失えば、生徒会長の座を追われる可能性もあります。その間に起こる混乱は夜の治安にも影響を与えるかもしれません」


 美紗子が花子の説明を捕捉する。

 治安維持の片翼を担う美女学生徒会の崩壊。

 それは誰にとっても良い結果にはならないのである。


「な、なるほど」


 どうやら香織もよくわかっていなかったらしい。

 横で話を聞いて感心したように何度も頷いていた。


「でも、この大会ってあっちの会長さんが言い出したんでしょ? いったい何考えてんだろうね。あたしだっていっちゃんと八百長の約束してなかったらこんな試合なんて絶対に参加しなかったし」


 実は一回戦の対決は二人の綿密な事前打ち合わせの上で行われたものなのである。

 負けても失う物のない市と違い、花子はフェアリーキャッツのリーダーという立場がある。

 万が一にも敗北してしまえば、その力に惹かれて集まったグループがバラバラになる恐れもあった。


「普通に戦っても私ではハナちゃんには敵いませんよ」

「だったらいいけどね」


 その分、花子と市は派手な試合内容で観客を大いに沸かせてやった。

 能力者としては無名の市は花子相手に善戦したことをむしろ讃えられるだろう。

 八百長とは言えバレなければ誰からも文句は出ない。


「和代さんの考えは私にもわかりません。イベントを通じて両校の交流を図るのは良いことだと思いますが、なぜこんなにリスクの高い方法を選んだのか……」

「復讐、じゃないかな」


 美紗子の疑問に対して香織がぼそりと呟いて答えた。

 全員の視線が彼女が集中すると、香織は慌てて顔の前で手を振った。


「あ、復讐って言っても、そんな大層な意味じゃなくってさ。前の雪辱を晴らしたいとか、そういう健全な理由でね。ほら、負けたままじゃ悔しいじゃない?」

「リスクが大きすぎますよ。いくらなんでも、それだけのためにこんな大掛かりなこと……」

「そんなリスクを背負ってでもリベンジ果たしたいって思ってるとしたら相当な恨みだね。きっと」


 花子が苦笑いした。


 果たしてそうなのだろうか?

 少なくとも表面上はそうは見えなかった。

 合同見回りの時、和代は千尋が一緒と知っても動揺を見せなかった。


 迂闊にも二人の関係を失念していた美紗子は、千尋に声をかけた後で気づいて慌てたが、幸いにもあの日は特に何事もなく終わった。

 元生徒会副会長の蒲田の暴走という事件はあったが、和代と千尋が協力してそれを止めてくれたとも聞いている。


 その後も和代は千尋と一緒に自主的な夜の見回りを続けているはずだ。

 てっきり昔の事は水に流し、良好な関係を取り戻したのだと思っていたのだが……


 それすらも復讐のためのカモフラージュだとしたら?


「まさか、全部この日のために……?」

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