4 第二試合、赤坂綺VS芝碧

 試合開始のゴングが鳴った。

 歓声が競技場を包む。

 赤坂綺あかさかあや芝碧しばみどりによる第二試合の開始である。


 綺は真っ赤な翼のJOY≪|魔天使の翼(デビルウイング)≫を広げ、競技場の屋根近くまで舞い上がった。

 空人たちがいる中二階の放送室からもさらに見上げる形になる。


「うお、飛んでる、すっげー。あれがみさっちお気に入りの一年生かー」

「みさっちって呼ばないでください」

「でもなんであんな高くまで飛ぶんだろ。あれだけ素早く動けるなら、一気に攻めた方が確実だと思うんだけど」

「相手の能力を確認するためだろうね。安全な距離をとって先に相手に能力を使わせる気なんだろう。彼女はかなり慎重な戦い方をする人みたいだね」


 四谷千尋さんは深川花子の疑問に対してそんな解説をした。

 けれど空人はそれが間違っていると知っていた。


 綺はきっと、ただ目立ちたくて高く飛んだだけである。

 その証拠に相手の攻撃なんか待たず急降下で突撃していった。


 瞬く間に距離をゼロに詰める。

 そこからお得意の投げ技を仕掛けるいつもの戦法だ。


 リングから落ちたら負けというルールがあるので、一撃で勝敗が決してしまう……

 ようなことにはならなかった。


 二人の距離が縮まった瞬間。

 何があったのかはここからでは良くわからない。

 だが綺は芝碧を投げることも掴むこともできず、再び空中へと舞い上がっていった。


「慎重策を取ると見せかけて速攻の奇襲とは大胆な一年生だね。あれは私でも騙されるよ。さすが美紗子さんのお気に入りだ」


 推測を外した千尋だったが、かえって感心したようにうんうんと頷いていた。

 美紗子はなぜか誇らしげに答える。


「赤坂さんはああいう人ですから。けど芝さんも凄いですね。あの速度からの投げ技を外すなんて、なかなかできることじゃありませんよ」

「っていうかあの相手の女って元四組の子じゃね?」

「あ、やっぱり花子ちゃんもそう思う?」


 花子が呟き、香織もその言葉に同意する。


「そりゃ第一期生ならみんなお世話になったしね。みさっちあんな子どっから連れてきたの?」

「みさっちって呼ばないでください。彼女は爆撃高校に在籍していたんですよ。試合に参加するよう口説いたのは神田さんですけどね。私もエントリー表を見るまでは元四組だとは気づきませんでした」

「ふーん。四組の人たちって、みんな『あの人』の下で働いてるとばっかり思ってたよ」


 その『四組』というのはいったいなんのことだろう。

 空人は気になったが、第一期生同士の会話に入っていく度胸はない。

 後で香織にでも聞いてみるか、それか清次なら何か知ってるかもしれない。


「オレは知らないぞ。途中入学組が入った直後にクラス再編されたからな」


 清次の方をちらりと見ると質問するより先に答えられた。


「途中入学組?」

「同じ初年度入学でも四月からいた純粋な第一期生って実はあんまり多くないんだよ。ほとんどが俺みたいに一年目の途中で転校してきた生徒なんだ」


 なるほど、てっきり第一期生と呼ばれる人はみんな最初からこの街にいるものだと思っていた。

 最初からいた成都と途中入学組の間には微妙にラインが存在するようである。


 清次が会長たちの会話に参加しようとしないのはそういうわけか。

 花子も清次に興味はないらしくほとんど無視同然の扱いである。


 彼らが喋っている間にも、リングの上では戦闘が続けられていた。

 綺は再度急降下からの攻撃を行う。

 二人の距離が近づく。

 芝碧が良くわからない動作ですり抜け、綺は再び宙に戻っていく。


 空を飛んでいる限り芝碧に反撃の術はないようだ。

 だが、綺の攻撃手段も体を使った格闘術(主に投げ技)のみである。

 これではいつまで経っても決定打を与えることはできないし、観客も満足しない。

 何より綺自身が痺れを切らせるだろう。


 綺は翼をひろげてゆっくりとリングに降り立った。

 そして拳法の構えのようなポーズを取る。

 芝碧の能力は未知数だが、相手に合わせて接近戦で戦うつもりらしい。


「芝さんって人はたぶんSHIP能力者だよね」

「んだね。それも結構高度なやつだよ」


 香織と花子が対戦相手の分析を行っていた。

 この二人、意外と仲が良さそうである。


「あたしなら距離を取ったまま戦うけどね。未知のSHIP能力者相手に殴り合いとか怖くてできないよ」

「ふふ、それが赤坂さんの凄いところなんですよ」


 またしても自慢そうに綺を褒める美紗子。

 花子は心持ちトーンを落として尋ねた。


「……みさっちは、未練とかないの?」

「みさっちって呼ばないでください。未練って何がですか?」

「かおりんやちーちゃんもさ。あたしたちって前の試合以来、ずっとアイツを目標にしてきたじゃない。それなのに数か月前にL.N.T.にやってきたばかりの新入生に先を越されちゃうなんてさ」


 なんとなくだが、彼女たちが何のことを話しているのか空人にもわかった。


「荏原恋歌、か」


 清次が花子たちに聞こえない程度の小声で呟いた。


「ありゃメチャクチャだったもんな。そりゃ恨みもあるわ」

「そんなに凄かったのか?」

「直接対戦した香織は何もできずに一発KO。他の三人は全体の勝敗が決した途端、例の光球のJOYでまとめてボコボコさ。最後の試合を終えたばっかりの深川は後頭部に一撃を食らってダウン。見学してた四谷さんや生徒会長もほとんど何もできずにやられちまってた」

「おっとー、そこの男子生徒くん。人の不愉快な過去を気軽に人に語らないでくんない?」


 声は抑えていたつもりだったが、どうやら花子には聞こえていたらしい。

 口元は笑っているが、殺気のこもった眼で清次を睨みつける。

 どう見てもただの女子高生が出せる迫力ではない。


 二人の間にいる空人は背筋が凍るような気分だった。

 これには清次もビビったようで、何か言い訳をしようと口をパクパクさせていたが、


「ま、事実なんだけどね」


 意外にも花子はすぐに元の調子に戻った。

 別に怒っていたわけではないようだ。


「だからあたしらは強くなろうとした。それぞれのやり方でね。辛いこともあったけど後悔はしてない。みんなだってそうだろ?」

「わ、私は別にそんな……」

「花子さんのやり方は私たち生徒会にとってはかなり迷惑なんですけど」

「部活に打ち込む理由はそれだけじゃないけどね」

「あらら」


 三人からの賛同が得られずに花子は苦笑いを浮かべる。

 と、目を逸らしていた間にリング上で何か動きがあったらしい。


 競技場内が歓声で湧いた。

 リングの上にはすでに誰もいない。

 綺と芝碧の二人は互いにもつれ合うように場外に落下していた。


「うわっ、決着の瞬間を見逃しちゃったよ」

「私はちゃんと赤坂さんの勇士を見てましたよ」

「赤坂さんは接近戦での打撃技から投げに持っていこうとした。掴まれた芝さんもとっさに投げ返そうとしたけど、互いに踏ん張りが利かず、一緒になって場外に落下しちゃったって感じだったね」


 千尋さんが丁寧に解説してくれる。

 不覚にも見逃していた空人にはありがたかった。


「SHIP能力者相手に格闘戦で引き分けかよ。マジでやばいねあの一年」

「JOYもすごいけど体術も相当なものだね。あの短い距離で翼を急加速に使っての打撃なんて、並の相手じゃ避けられっこないよ。むしろ今の試合は芝さんの健闘を称えるべきだと思う」


 花子と千尋がそれぞれ今の試合の感想を述べる。

 穏やかな剣士の目から見ても綺は相当にすごい試合をしたらしい。


「荏原恋歌に勝った新入生と、それに引き分ける元四組かぁ……まだまだL.N.T.にはとんでもないやつがいるもんだね。あたしももっと頑張んなきゃ」

「いえ、花子さんはもうちょっと大人しくしてください。お願いですから」


 ともあれ、綺の試合は引き分けという形で幕を閉じた。

 すぐに起き上がれたところを見ると、どちらもたいした怪我はないらしい。

 わざわざ対戦相手の手を引いてリングに戻って改めて握手をするなんてパフォーマンスもしていた。


「さて、次は私の番だね」


 千尋が立ち上がる。


「おー、ちーちゃんガンバ!」

「頑張ってくださいね」

「怪我しないようにね」


 第一期生の仲間や生徒会役員たちからのエールを受け、千尋は力強くガッツポーズをしてから放送室を出て行った。


「カッコいいよな、あの人」

「そりゃ水学の『穏やかな剣士』と言えば表の最強だからな」


 清次の言う『表』とは夜の抗争を『裏』と見ての例えだろう。

 空人は運動部に所属していないが、剣道部主将の四谷千尋の噂は色んな所で耳にしている。


「部活の対抗試合を蹴ってこちらの試合に臨むらしいですよ。四谷さん抜きでもうちの剣道部がストレート勝ちしてましたけど」


 空人たちの後ろで立ちっぱなしのままの蜜が言った。

 そんなすごい人が率いる部活なら、他の部員もかなりのレベルなのだろう。


「あ、っていうかごめん蜜師匠。座ってよ」


 空人は立ち上がって蜜に席を譲る。

 ゆっくりと座っている場合じゃない。


「どちらへ?」

「いや、ちょっとね……あ、生徒会長。お邪魔させてもらってありがとうございます」


 空人は会長に軽く頭を下げる。

 美紗子生徒会長は振り向いて笑顔を返してくれた。


「彼女にお疲れ様でしたって伝えてあげてくださいね」


 どうやら綺に会いに行こうしているのはバレバレのようである。

 空人は清次と目を合わせて確認を取ると、放送室を出てリングのある競技場へと向かった。

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