3 放送室に集まった面々
「すごかったわね、あの本所市さんって子」
ここは競技場の中二階にある放送室である。
一面がマジックミラーになっていて、ちょっとしたホールほどもある競技場の様子が見渡せる。
もちろん中央に設営されたリングもバッチリだ。
「けど、やっぱり花子ちゃんは流石だよ」
同意する水学の『穏やかな剣士』こと
彼女の試合は今日の最後なので、直前までここで一緒に見学をしている。
二人の他には赤坂綺をいた水学生徒会の面々も揃っていた。
この学校に放送委員は存在しない。
イベントでは自然と生徒会役員の誰かが放送係を引き受けことになる。
毎度ながら面倒な仕事を押し付けられているが、おかげでこうして一番いい場所に居座れるのだ。
それくらいは役得というものだろう。
コンコン。
誰かがドアをノックした。
「はーい」
「おじゃましまーす」
遠慮がちにドアが開かれ、隙間から見知った顔が覗く。
「えへへ。こんにちはー」
「香織さんじゃないですか。お久しぶりです」
小石川香織だ。
とある事情で留年したため学年は一つ下だが、美紗子や千尋とは中等部からの知り合いである。
「ごめんねー。試合参加は断ったのに、観戦だけおしかけちゃって」
「構いませんよ。こちらこそ無理を言ってごめんなさい……あら、後ろの方たちは?」
「友達なんだけど、一緒に見させてもらって大丈夫?」
「お邪魔します」
「こ、こんにちは……」
三人の生徒が香織に続いて部屋の中に入ってきた。
うち、二人は男子生徒である。
放送室は十分なスペースがあるので香織の友人なら美紗子としては断る理由もない。
「どうぞ、遠慮なくくつろいでくださいね……あら?」
「お久しぶりです。お邪魔します」
男子二人とは面識があった。
前にグラウンド使用の許可を取りにきた一年生だ。
その際に荷物運びも手伝ってもらっている。
確か名前は星野空人と内藤清次。
星野空人という少年は丁寧に頭を下げ、内藤清次は片手を上げて笑顔で軽い会釈をした。
ポニーテールの女子生徒は面識こそないものの顔と名前は知っている。
名前は本郷蜜、一年生の中ではかなり高位な能力を持っていると噂の生徒だ。
「でも遅かったですね。ちょうどいま第一試合が終わったところですよ」
「えーっ、終わっちゃたの? どっちが勝った?」
大袈裟に驚く香織。
その質問には千尋が答えた。
「花子ちゃんの勝ちだよ。懐に飛び込んで腹に銃口を突き付けたところで本所さんが降参した」
窓際に向けて並べられた長机の端側に香織たちは並んで腰かけた。
美紗子は手ずから紅茶を淹れて全員に振る舞う。
「……香織、会長さん相手にずいぶん馴れ馴れしいんだな」
星野君が香織に小声で耳打ちしたのが聞こえた。
「え? だって友だちだもん」
「香織ちゃんが前の大会に出ていたと聞いた時は驚きましたが、まさか生徒会長さんの友人だったとは……」
「やだな蜜ちゃんまで。別に私がすごいわけじゃないから」
香織や内藤君と違い、星野君と本郷さんはまだ緊張しているように見える。
ここは話しかけてリラックスさせてあげようと美紗子は思った。
「そういえば、星野さんは一年四十二組でしたよね」
「えっ? はっ、はい!」
「次の試合は赤坂さんが出場しますよ。もしかして応援に来てくれたとか?」
「はい、い、一応……」
「そちらの方は本郷蜜さんだったかしら」
「え、あ、はい。私のことをご存知で?」
美紗子は彼女に関するとある情報を聞いている。
本郷さんは以前に単独で二つのグループを壊滅に追い込んだという。
その評判からは想像できない大人しい性格という話だったが、どうやら報告どおりの人物のようだ。
もっとも能力の強さは性格や気性とは関係ないし、この街に住む能力者なら多少の裏表も持ち合わせているだろうが。
有力な能力者なら誼を通じておくに越したことはない。
探っていたと思われるのは印象がよくないので、知っていた理由は適当にごまかすことにした。
「これでも生徒会長ですから、全校生徒の名前は頭に入ってます」
「……嘘ばっかり」
隣で副会長の
香織たちからは見えないように軽く肘で小突いてやる。
力の加減を間違えて苦しげなうめき声が聞こえたが、とりあえず見ないふりだ。
「すみません。香織ちゃんの友だちというだけで厚かましく居座ってしまって」
「いいのよ、みんなうちの生徒なんだし。一緒に赤坂さんを応援してあげてね。彼女もこんな大舞台は初めてで緊張してると思うから」
※
空人は少しの間ボーっとしていた。
美紗子生徒会長の横顔に見とれていたのだ。
「生徒会長さん、素敵な方ですね」
「でしょ。美紗子ちゃんはとってもすごいんだから」
蜜と香織が隣でそんな話をしている。
確かにすごく美人だし、なぜか副会長さんに怒られて弁解している姿はとても可愛らしい。
わざわざ話しかけてくれたのも緊張をほぐそうとしてくれたんだと思う。
香織の有人とはいえ、突然やってきた空人たちに嫌な顔ひとつしない。
かなりの人格者でもあるのだろう。
「どした。赤坂さんから会長に乗り換えることにしたか」
「そんなんじゃねえよ馬鹿」
からかう清次にひじ打ちを浴びせて黙らせる。
そんなんじゃない。
こんな奇麗な人を見たら、男ならちょっとくらい見とれても仕方ないだろう。
それよりも綺が生徒会で上手くやってるみたいで一安心だ。
一年生の途中で会長の推薦を受け、異例の生徒会入りという微妙な立場。
だけど、この人が面倒を見てくれるなら大丈夫に違いない。
競技場が湧いた。
次の選手が舞台に上がったようだ。
向って右側にいるのは綺だった。
初めての大舞台なのにさすがに堂々としている。
遠くて表情までは見えないが会長さんの言うように緊張しているようには見えない。
そんな綺を誇らしく思う反面、一抹の寂しさも胸を過った。
「なんか、ずいぶん遠くに行っちゃった気がするな」
「仕方ないさ。あの荏原恋歌に勝ったって噂はすでに学園中に知れ渡ってんだから。噂の人物を間近で見れるんだから盛り上がるのも当然だろ」
清次の言う通りだ。
単に学園の代表を応援するというだけの雰囲気ではない。
その証拠に、水学のみならず美女学の生徒たちも多いに盛り上がっていた。
ちなみに対戦相手は美女学の生徒ではない。
代表選手の穴埋めという名目で爆撃高校から参加した、ぱっと見は地味で小柄な少女である。
彼女のいるコーナーには
「爆高って女子もいるんだな」
「共学だからな。オレも初めて見たけど……ん? どうした香織」
香織が真剣な表情でリングを見ていた。
清次が呼びかけても聞こえない様子で、ただジッと一点を見つめている。
その視線の先にいるのは爆高の女子生徒だ。
様子がおかしいのは香織だけではなかった。
四谷千尋さんや美紗子生徒会長、生徒会役員の他の面々も同じようにその選手を見ていた。
なんだなんだ。
あの女の子がどうした。
「ねえ、美紗子さん……あの人って、もしかして」
「ちゃーっす!」
いきなり勢いよくドアが開いて激しい音を立てた。
空人は思わず飛び上がりそうになった。
部屋中の視線が一斉に入口に向く。
「へっへー、おつかれ!」
「あ、花子さん。お疲れ様でした」
さっきまでリングの上で激戦を繰り広げていた深川花子である。
その隣には対戦相手だった本所市もいる。
「ねえねえみさっち。あたしたちも特等席で見させてよ。この子も一緒にさー」
「それはいいですけど、みさっちって呼ばないでください」
「申し訳ありませんがお邪魔をさせていただきます」
「ああ、本所さんですね。遠慮なさらずどうぞ……って、席が足りませんね」
美紗子は椅子を譲ろうとするが、花子がそれを止めた。
「いいっていいって、適当に立って見るから。お、ちーちゃんちーっす」
「ちーちゃん?」
花子がハイタッチの構えをする
千尋はそれに応えず半笑いで軽く手を振った。
一人でスカッと手を空振らせると、花子は何事もなかったかのようにくるりと反転する。
「あ、お茶だけもらうよん」
勝手に戸棚を探ってカップ二つ取り出す。
彼女は自分と市の二人分の紅茶を注いで近くの壁にもたれかかった。
実にフリーダムな人物である。
「なあ、僕たちどいた方がいいかな」
「き、気にすることないんじゃね。あっちも一応部外者なんだし」
空人は非常に気まずい思いだった。
なんといってもあの少女は夜のL.N.T.最強グループのリーダーなのだ。
ますます場違いな気分になっていると、花子が香織に目を留めてこっちにやってくる。
「かおりんじゃん! 久々!」
「か、かおりん?」
「うわー、久しぶり。留年したって聞いて心配してたけど、元気そうでよかったー」
「あはは……ごめんね、心配かけて」
「かおりんって頭良かったよね。なんでダブっちゃったの?」
「ちょっと出席日数が足りなくて」
「そんなのみさっちに頼んでちょちょいと誤魔化してもらえばよかったのに」
「みさっちって呼ばないでください。いくら私でも出席日数までは手を出せませんから。花子さんの成績を落第しない程度に改ざんするのだってかなり綱渡りだったんですよ」
「えへへ……その節はお世話になりました」
何か聞いちゃいけないことが聞こえた気がするけど、たぶん気のせいだろう。
それにしても、夜の街の最大勢力のリーダーはずいぶんと気さくな人物のようだ。
彼女が現れただけで場の空気が良い意味で一変してしまっている。
ただし、空人たちや生徒会長以外の生徒会役員は彼女の視界に入っていない。
さり気なく背中で押される形になった蜜はかなり居づらそうにしている。
「あ……私、紅茶のお代りを注いで来ますね」
そう言って蜜が立ち上がると、花子は当然のように空いた席に座った。
紅茶を運んで戻ってきた蜜は無言で花子の背中を睨んでいる。
「み、蜜師匠、よかったら僕の席を」
「いいえ、適当に立って見るからけっこうです」
その言葉は空人に対する返事というよりは花子に対する皮肉のようである。
あいにく彼女の耳には届いていないようだったが。
代わりに市が困り顔で謝罪する。
「申し訳ありません。ハナちゃんは夢中になると、ちょっと周りが見えなくなってしまう方でして」
「いいえ。お気になさらず」
「っていうか前の試合の参加者が勢ぞろいしてんじゃん。懐かしいなー、もう四年前になるんだっけ?」
「うん、そうだね……」
花子の言葉に頷き、香織は遠くを見るような目つきで眼下の舞台を見下ろした。
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