2 第一試合、深川花子VS本所市

 ようやく騎馬戦が終わった時には、すでにメインイベント開催の時間になっていた。

 

 長引いたのはいつまでも逃げ回る相手チームの騎馬がいたせいである。

 制限時間による終了という概念がなかったのがその最大の原因だった。


 この辺のルールをきちんと決めておかない運営はやはり杜撰としか言いようがない。

 おかげで終わると同時に全生徒たちが競技場に向かって猛ダッシュをする羽目になってた。


 みんなメインイベントの試合を見たいのだ。

 当然ながら他の生徒達はもうとっくに競技場に向かっている。

 観客もほとんど残っていない中、無意味な追いかけっこを続けていた騎馬戦の参加生徒たちは非常に滑稽であった。


「急げば第一試合に間に合うぞ!」


 空人たちの横を走り過ぎながら一人の生徒が言う。

 同じく騎馬戦に(騎馬の左後ろ役として)参加した清次は、最後まで追いかけっこをしていたためか、クタクタで走る気力もないようだ。


「な、なあ、第一試合は、諦めて、ゆっくり行こうぜ」

「あ、ああ」


 空人としても見たいのは綺の出る第二試合だけなので、無理に急ごうとは思わなかった。

 そりゃ、学園を代表するほどの能力者の試合を見てみたいという気持ちもある。

 だが別に汗だくになってまでどうしても見たいというほどではない。


「あれ、空人くんと清次くん?」

「あ、香織かおりじゃん。それにみつ師匠も」

「おはようございます。師匠は恥ずかしいので止めてくれると嬉しいですが」


 袴姿に弓道の胸当てをつけたままのメガネ少女小石川香織こいしかわかおり

 それとポニーテールがトレードマークの本郷蜜ほんごうみつが別方向から走ってきた。

 この二人は確か第二グラウンドで部活の対校戦に出場していたはずだ。


「二人ともこれから競技場に?」

「ええ、ちょっと後片付けが手間取ってしまいまして……」

「だから片付けは後でいいっていったのにっ! もう試合始まっちゃってるよ!」


 どうやら二人も競技場に向かう途中だったらしい。

 香織は出場こそ断ったが、観戦自体は楽しみにしているようだ。


「焦らなくてもいいじゃないですか。せっかく四谷さんのご厚意で特等席を用意してもらえるんですし」

「あ、そうそう。空人くんたちもよかったら一緒に来ない? 千尋さんが放送室で試合を見せてくれるって。生徒会の人たちもいるんだよ」


 放送室は競技場の中二階にあり、来賓室よろしく透明な窓で仕切られ場内が一望できる部屋である。

 試合を観戦するならこれ以上の場所はないだろう。


「いいの?」

「二人くらい増えても大丈夫だよ。今から一般席に行ったって何も見えないよ」


 そういえば場所取りのことを失念していた。

 出遅れた空人たちにとってそれは非常にありがたい誘いであった。

 生徒会の人たちとご一緒させてもらうのは恐れ多い気もしたが、綺の活躍は最良の場所で見たい。


 遠慮なく誘いを受けることにした。




   ※


 競技場の混雑ぶりは予想をはるかに超えていた。

 ちょっとしたスタジアムほどもある水学の第一競技場だが、さすがに両校の生徒に加え一般の人々まで見学に来たとあって、完全にキャパオーバーを起こしている。


 下手をしたら三、四〇〇〇〇人ほどの観客がいるのではないだろうか?

 屋外には三か所に巨大モニターが置かれており、外からでも試合の様子は見られる。

 それでも生で能力者同士の戦いを見学したい観客たちは多いらしく、一般席は立錐の余地もない。


「うわー、すごい人だね……って、どうしたの空人くん?」


 香織から声をかけられた空人の目は近くのモニターに釘付けだった。


「なんだあれ……何が起こってるんだ?」


 モニターは第一試合の様子を映していた。

 視点は一か所に固定され、テレビ中継のように気の利いたカメラワークなどはない。


 リングの上で着物姿の女性が舞いを踊っていた。

 競技前のデモンストレーション……

 ってわけじゃなさそうだ。


「あの方は美女学の本所市ほんじょいちさんじゃないでしょうか」

「あ、本当だ。部活の交流会で何度か会ったね」


 蜜と香織は着物姿の女性を知っているようだ。


「どういう人なんだ?」

「美女学の弓道部は部員が四人しかいないので、交流会ではいつも部外の方が参加しているんです。本所さんは助っ人として何度か試合に参加しているのを見たことがあります」


 弓道といえばかなり技術が必要な気がするが、素人の助っ人がいきなり参加できるものなのか?

 通常ではありえないだろうが、モニターの中で優雅に舞う彼女なら可能なように思える。


「本当の達人ってやつは傍から見てるだけじゃ能力の内容なんてわからないって見本だな。オレが見ても踊ってるようにしか見えないぜ」


 清次がそんな感想を言う。

 だが、カメラが移しているのは能力者同士の試合なのである。

 試合前の座興として舞を披露するなんて話は聞いていない。


 あれは今、まさに戦っている最中なのだ。

 だが、何者と?


 市の動きがわずかに止まった。

 それに同調して、競技場の中から大きなざわめき声が聞こえてくる。


 モニターの中にはさっきまで見られなかったもう一人の選手がいた。

 手にはリボルバー式の拳銃を持ち、その銃身で市の持つ短い棒のようなものと鍔迫り合いを繰り広げている。


「あれが深川花子ふかがわはなこさんですか」


 蜜が呟いた。

 深川花子は夜の中央で最大勢力を誇るグループ『フェアリーキャッツ』のリーダーである。

 その名前は空人でも知っているくらいに有名だ。


 目にも止まらない速度で動き回るSHIP能力者だとは聞いていたが、まさかこれほどとは……


 モニターで見ている限り、突然現れたようにしか見えなかった。

 彼女は停止する直前までリングの上を縦横無尽に動き回っていたのだ。

 市が踊っているように見えたのは四方八方から迫る花子の攻撃をさばいていたのだろう。


「なあ清次。第三段階の能力者って、みんなあんなすごいのか?」


 J《ジョイ》授業で能力を発現させたものは第二段階に移行する。

 その中でも特に戦闘に長けた能力者は第三段階に進む。

 当然ながら花子は第三段階の能力者だ。


「まさか、あの女は特別だよ。この街でも五指に入る達人だぜ。って言っても今回の試合に出てる選手はみんなそのレベルなんだろうけどな」


 そんな中に綺が混じって試合なんて……


 たしかに綺の能力は凄い。

 あのおっかない荏原恋歌にひと泡吹かせるほど強いのもわかっている。

 けれどこうして目の前でトップクラスの能力者の戦いを見てしまうと、やはり空人は心配であった。


「空人君、内藤君、こっちこっち!」


 いつの間にか香織たちがモニターから離れた場所で手招きしていた。


「そっちからじゃ入れないから、裏口にいくよ。テレビよりも生で見た方が迫力あるからさ」


 確かに入口は人で塞がっていて割り込む隙間もない。

 空人たちは香織に誘われるまま競技場の裏手へと向かった。

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