第8話 合同運動会・後編

1 合同運動会開催!

 グラウンドに空砲の音が響く。

 雲ひとつない秋空に灰色い煙が流れていく。

 白線で作られた楕円形の外側を真っ白な体操着を来て必死に走る若者たちがいる。


「がんばって~!」

「負けんなー!」


 黄色い歓声がとぶ。

 青春の汗が太陽の光にキラキラと輝く。

 走者たちは大きく腕を振ってスパートをかける。


 星野空人ほしのそらとは楕円のトラックの内側にいた。

 次の順番を待つ列で中腰になって並んでいる。


 彼の目は走者たちに向いていない。

 トップを独走する美女学の女生徒にも、思いっきりすっ転んで他の走者に大きく離された水学の男子生徒にも興味はない。

 ただ茫然とグラウンドの空を切り取るように横断する万国旗を眺めながら「失敗したな……」などと思っていた。


 本日は水瀬学園と美隷女学院の合同運動会の日である。

 会場はここ水瀬学園だが、プログラムは大きく分けて三か所同時に進行されていた。


 ここはそのうちの一つ、第一グラウンドである。

 第一グラウンドでは主に運動部に入っていない生徒が、それぞれ自由な種目を選んで参加する、陸上を中心とした競技が行われている。

 いわゆる普通にイメージされる運動会や体育祭に最も近い雰囲気だ。


 ここから少し離れた場所にある第二グラウンドでは、運動部の生徒たちによるスポーツ対校戦が行われている。

 サッカー部や野球部などが普段の練習成果を見せつける場だ。

 選手たちも段違いに気合が入っている。


 三か所目は競技場で、主に室内系の運動部であるバスケ部やバレー部、剣道部などが試合をやっている。

 そこではすべての競技が終わった後に本日のメインイベントが待っていた。


 空人のように部活に入っていない生徒は最低でもひとつ、第一グラウンドで行われる陸上競技に参加しなければならない。

 走ったりするのが得意でない空人は、楽そうだからという理由で一〇〇メートル走を選んだのだが、どうやら同じことを考えていた生徒はかなり多かったらしい。


 列に並ぶ参加者は軽く二〇〇人を超えていた。


 一度に走れるのは五人ずつ。

 しかも一々ゴールテープを張り直しているものだから、走る順番が後ろの方の生徒は、数十分もこんな疲れる体勢のまま待たされる羽目になる。


 午前中はクラスメイトの応援のため競技場でバスケの試合を見学したり、棒倒しなどの華やかな競技に飛び入り参加したりしてそれなりに楽しんでいたのだが、さすがに午後になるとやる気も薄れてくる。


 さらにマズイことに、第一グラウンドのプログラムはずいぶんと時間が押しているようなのである。

 次の騎馬戦が最終種目だが、このままじゃメインイベントの開始時刻に間に合わない。

 さらに面倒なことに清次がその騎馬戦に参加するのだ。


「はぁ。あいつはほっといて、一人で先に行っちゃおうかな」


 思わずため息を吐きながら呟く空人。

 もちろんそんな薄情なことをするつもりはない。

 だがこれほど無意味に待たされ続ければ、グチの一つも言ってみたい気分になってしまう。


「よう、どうしたんだ。シケたツラして」


 隣に座っている男に声を掛けられた。

 空人はギョッとしてそちらを振り向く。

 疲労のもう一つの理由……それは、さっきからずっと隣にいるこの男のせいでもある。


 別に何かをされているわけではない。

 が、横にいられるだけで非常に緊張するタイプの人間なのだ。


 髪の色は真っ金キン。

 しかもそれを少年漫画の登場人物のように逆立ている。

 髑髏の柄のタンクトップから飛び出した筋骨隆々な腕には入れ墨らしきモノも見える。


 どう見ても超一流の不良である。

 ハッキリ言って関わり合いになりたくない。


「い、いえ。別になんでもありません」

「そっかよ。ならいいけど、お前たぶん俺と走ることになりそうだからよ。気の抜けた走りなんてするんじゃねえぞ」


 とんでもない約束を一方的にされてしまった。

 ちなみに断じて彼とは初対面である。


 こんな目立つ人間を学内で見かたことがあれば絶対に忘れない。

 おそらく、自由参加枠で参加した爆撃高校の生徒だろう。


 あの恐怖の不良校に通う生徒に一般常識は通用しない。

 むしろこの場でカツアゲされなくて済んでよかったと思うべきか。


 空人は何度も自分の列と隣の列の前に並ぶ人数を数え比べたり、途中で欠員がでることを祈り続けたりしていたが、願い虚しく自分の走番がやってきた時に隣に立っていたのは金髪逆毛の爆高生徒だった。


「おーし。いっちょ俺の脚力を見せつけてやるかぁ!」


 ありえない。

 徒競走の前に絶叫とか小学生かこいつは。

 空人は走り終わった後に因縁を付けられないよう、大きく離されない程度に彼の後ろを走ろうと決めた。


「位置について。よーい……」


 一緒に走る走者は空人と金髪を含めて五人いる。

 うち二人は仲良さげな女子小学生である。


「がんばろーね」

「うん。完走かんそーをめざそうね」


 彼女たちは勝敗など二の次と言った様子で楽しそうにおしゃべりをしていた。


「ちっ……何で俺がこんな面倒な事……ちっ」


 最後の一人に至っては、傍にいるだけで陰気さが伝線するような根暗男子。

 おそらく空人と同じような理由で短距離走を選んだのだろう。

 さっきから一人でブツブツと文句を並べては周囲にも不快感をまき散らしている。


 このメンバーの中で金髪が相手にする可能性があるのは空人くらいしかいないだろう。

 いくら一般参加がアリとはいえ、走者の調整くらいはやっておけと運営委員に言ってやりたかった。


「ドン!」

「うおらああああっ!」


 空砲が鳴ると同時に金髪が猛ダッシュした。

 仕方なく空人も必死に追いかけるが、変な体勢で待ち続けたせいで筋肉が硬くなっている。

 それを差し引いても、とてもじゃないが金髪の走る速度は空人が張り合えるようなスピードではない。


 案の定、出遅れた他の三名を振り返る余裕もなく、空人はがむしゃらに地面を蹴り続けた。


 金髪が断トツの一位でゴールする。

 遅れること数秒、空人はゴールテープの切れたラインの上を駆け抜けた。

 肩で息をしながら振り返ると、女子小学生コンビと根暗男子はまだ半分ほども走っていなかった。


「はぁ、はぁ……」

「勝負にもなりゃしねえな。なあおい、真面目にやってんのか?」


 空人がゆっくりと歩きながら呼吸を整えていると金髪男が突っかかってきた。


「い、いや。これでも全力で……」


 面倒なので無視したかったが、全力疾走の後じゃ逃げ切れそうにない。

 それにしてもこの金髪、息ひとつ切らしていない。

 いったいどんな化け物なんだ。


「おい技原、あんまり他校生に絡むなよ」


 不意に聞こえた別の声に顔を上げてみると、金髪の横に別の男が立っていた。

 こちらは学ランを着たジャニーズ系の青年である。


「わかってるけどよ、どいつもこいつも張り合いがなさすぎるんだよ。こんなことじゃいくらやってもあの女には届きやしねえ!」

「っていうか一般生徒に勝ったって意味ないって気づけよ。生徒会はこんなところに来ないし。お前、美女学の生徒会長に騙されたんだよ」

「なん……だと……」


 学ラン男の顔はどこかで見たことあるような気がするが思い出せない。

 ともかく二人は空人を無視して仲間内で会話を始めたので、この隙に立ち去ろう。


「おーい、空人!」


 間の悪いことに、向こうから清次が空人の名を呼びながら駆け寄ってきた。

 空人が黙るよう人差し指を立てて呼びかけるが、時すでに遅し。

 清次の声は金髪とジャニ系の注目を集めてしまう。


 金髪の眉がぴくりとつり上がる。

 ドシドシと地面を踏み鳴らしながら清次の方に近づくと、


「よお、太田おおた君!」


 別人のようにさわやかな声でそう言った。

 太田? 清次を誰かと勘違いしているのかと思ってもう一度視線を戻す。

 清次の後ろにのっしのっしと歩いてくる巨漢の男がいた。


「な、内藤氏……急に走るな、なノ」


 巨漢と言っても体積のほとんどは膨れた腹で構成されたふくよかDEBUな男である。

 一度見たら忘れられないその姿に、空人の記憶は呼び覚まされた。


「あ、以前に……」


 改めてジャニ系の男を見る。

 見覚えがあると思えば、かつてバスの中で空人たちに絡んできた爆校のSHIP能力者だ。

 とするとこの金髪は……


「太田君、そいつは知り合いか?」

「パソ部の友人の内藤氏なノ。さっきそこで偶然会って、つい話し込んでしまったノ。それより技原はなにやってるノ。まさか一般ピープルに絡んでたんじゃないだろうな、なノ」

「別に絡んでないよ。一緒に走ったライバルと健闘を称えあってたんだ」

「おい、いつ誰が――」


 あからさまな捏造に突っ込もうとすると、清次に袖を思いっきり引っ張られた。


「なんだよ」

「バカ、お前なんてやつと一緒にいやがるんだ」

「なんてって、徒競走で同じグループだっただけだよ」

「すぐ逃げるぞ。こんな危険人物と関わってたら命がいくつあっても足りねえ」


 別に空人だって好きで関わったわけではない。

 むしろ清次が来なければとっくに逃げ出していたのだ。

 しかし外見がヤバげなのはわかるが、そんなに危ないやつなのか?


「安心しなよ。技原は太田君の知り合いに手を出すようなことは絶対にないからさ」


 速海がニコニコしながら二人の逃げ道を塞ぐように立つ。


「技原だって見境なく誰にでもケンカを吹っ掛けてるわけじゃないさ。今回は頭に血が昇っている事情があってな、オレが代わりに謝るよ」


 思い出した。

 この金髪は入学早々爆撃高校のトップにケンカを売った技原力彦とかいうやつだ。

 空人も『四中の爆弾小僧』の噂は聞いたことがあるが、そんなやつに絡まれていたと知って、今さらながらゾッとする。


「さあ技原、そろそろ帰るノ」

「待ってくれよ、まだ騎馬戦が残ってるんだ」

「一体何種目出れば気が済むノ。ボキはいい加減に疲れたノ。早く帰ってクーラーの利いた部屋でゲームの続きをやりたいノ」

「付き合わせたのは悪かったよ。けど頼む、あと一種目だけ!」

「あれ、技原って障害物競走と棒高跳びにも出てたよな? 一般参加者が自由枠で出れるのは三種目までってパンフレットに書いてあるぞ」

「なん……だと……」


 速海に指摘されると技原はこの世の終わりのような顔で立ちすくんだ。

 そんなに騎馬戦に出たかったのか。


「さ、それじゃ帰るノ。良かったら内藤氏も一緒に来ないか、なノ」

「い、いや。悪いけどオレは騎馬戦に参加しなきゃならないらさ」


 額に汗を浮かべてふくよかな男の誘いを断る清次。

 友人だという彼ともかく、速海や技原と一緒なんて息が詰まるなんてもんじゃない。


「おいコラお前。太田君の誘いを断るとはどういう――ごはっ!」


 腕を鳴らして清次を脅そうとした技原は背後からの容赦ない殴打を食らってその場に蹲った。


「ボキの友人を脅すんじゃないノ。内藤氏、それじゃまた今度一緒に遊ぼうなノ」

「ああ。またな」

「ほら技原、立てなノ」

「いってえ……ひでえよ、太田君」

「ははは。それじゃまたな、お二人さん」


 技原の肩を両側から抱えるように引きずりながら、嵐のような三人組はグラウンドから去って行った。


「……なあ清次。あいつって爆高でも有名な危ないやつなんだよな」

「おう。オレも会うのは初めてだけど、ちょっとお近づきにはなりたくないな」

「そんなやつにあんな偉そうな態度ができる、お前の友達はいったい何者なんだ……?」

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