8 代表決定
「こ、のっ!」
気力を振り絞って立ち上がる技原。
歩き去って行く美紗子の後ろ姿を追いかけようとする。
その瞬間、校庭に一陣の風が吹いた。
「まあ待て技原! もう終わりにしておけ!」
「速海!? なぜ止める!」
さっそうと登場した
速海は技原の友人であるが彼とタイプは違い、暑苦しさのないアイドルのような優男である。
「勝負はついたんだ。あの人はお前が勝てるような相手じゃない」
「うるせえ! ってか、いつもいつも突然現れるならたまには手を貸せよ! 先制で一発ぶちかましてやればそれで終わってただろうが!」
技原がわめいている間にも水学の生徒会長は遠ざかっていく。
敗者には興味がないと言いたげなその背中が逆に技原の怒りをかき立ててた。
しかし速海は技腹を離さない。
「あの人はオレに気づいてた。奇襲なんて無理だったよ」
「なんだと?」
速海の言う通り、麻布美紗子は少し前から彼の接近に気づいていた。
速海はフェアリーキャッツの深川花子と似た機動力に特化したSHIP能力者である。
奇襲を行うにはもってこいの能力者だが、それでも不意打ちなどは不可能だったであろう。
なにせ彼女とすれ違う時、確かに速海は麻布美紗子と目が合ったのだから。
技原を倒した直後の事である。
目の前の敵を排除し、さらなる脅威を視線だけで牽制する。
とんでもない胆力……いや、あれは確かな修羅場を乗り越えた経験を持つ女だ。
「この街の底はオレたちが思っているより遥かに深い。今は耐えるんだ技原。てっぺんを取りたいならmもっともっと強くなれ。それこそ誰にも負けないようにな」
「その通りですわ!」
速海と技原は同時に横を向いた。
麻布美紗子と一緒に去ったと思っていた美女学生徒会長の神田和代。
彼女は彼らのすぐ傍で腕を組んで仁王立ちになっていた。
「愚かなあなたは自分が命拾いしたことにすら気付いていませんのね」
「うるせえ! 馬鹿力だけが能の女になんか負けるか! もう一度やれば必ず勝つ!」
「その発言こそが何もわかっていない証拠だと言っていますの。もし美紗子さんが本気を出していたら……JOYを使っていたら、あなたは今頃この世にはいなかったんですのよ」
「な……!?」
技原は絶句した。
水学生徒会長が強力なSHIP能力者であることは有名である。
その腕力だけでも夜の猛者たちを黙らせるほど圧倒的な実力者であることも。
だが彼女がJOY使いであるという話なんて、噂にも聞いたことがない。
麻布美紗子があの深川花子と同じ『ハイブリット能力者』だとでも言うのか。
もし、それが事実なら……
手加減されたどころではない。
まともに相手すらされていなかった。
彼我の実力差を思い知った技原は途端に大人しくなった。
そんな彼に向けて神田和代は一枚の紙を差し出す。
「そのあり余っている元気、発散させる機会を欲しているのでしたら、どうぞ合同運動会に参加なさってくださいませ。一般部門では能力の使用は認められておりませんが、全力で駆け回れば少しは鬱憤も晴れることでしょう」
それだけ言うと和代は踵を返して麻布美紗子の後を追って行った。
たいして速く走っているようにも見えないのに、彼女の後姿はみるみる遠ざかっていく。
「……本当に深いな、速海」
「ああ」
後に残されたのは二人の男と『合同運動会開催のお知らせ』と書かれた一枚のチラシ。
恐怖の無法地帯、爆撃高校を恐れることなく乗り込んできた二人の生徒会長たちは、かすり傷一つ負うことなく自らの日常へと帰って行った。
※
「みさっち! あたしも対校試合に参加するよ!」
生徒会室に戻ると、なぜか
他の役員たちとババ抜きをしながら勝手にお茶を飲み、美紗子の姿を見るなりそんなことを言う。
「何ですかその呼び方……じゃなくて、どうしていきなり心変わりを?」
「えっとね、友だちが美女学の代表として出場することになったから、あたしも出なきゃって思って」
花子は夜の中央で絶大な影響力を持つ巨大グループのリーダーである。
その配下には水学だけでなく美女学や爆校の生徒もいる。
公式行事に出て万が一にも醜態を晒せばグループの瓦解は待ったなし。
そんな理由で一度は断られたはずだが、なんとも軽い理由で引き受けてくれたものだ。
「それはありがたいことです。でもみさっちって呼び方はやめて下さい、恥ずかしいので」
「えー。あたしとみさっちの仲じゃん。みさっちもあたしをハナちゃんって呼んでいいからさ」
確かに中学時代はそれなりに仲も良かったが、現在の互いの立場を考えればあまり人前で慣れ合うわけにもいかないだろう。
花子は一応、生徒会が取り締まるべき要注意人物の一人なのだから。
「ともあれ、これで残る代表枠は一人だけですね」
副会長の中野聡美が言った。
花子を咎めるでもなく一緒にトランプに興じていた彼女はあとでちょっと叱っておかなきゃ。
「そうね、美女学側の代表は出揃ったみたいですし」
爆高から代表参加を確約できた少女は美女学側の代表として出場することになったらしい。
花子の友人という人物が参加を表明したのなら、あちらの代表者は全員決定したわけだ。
「っていうか、本気で私が爆高まで付き合った意味がないような……」
思わず愚痴がこぼれる。
結局、今日は和代に振り回されただけだった。
やりたくもないケンカに巻き込まれたし、本当に散々な一日であった。
「あ、あの。美紗子さん」
落ち込んでいる美紗子の様子をおずおず窺ってくる少女がいる。
少し前に生徒会入りしたばかりの一年生、赤坂綺である。
美紗子は無理やり笑顔を作って彼女に向き直った。
後輩の前でみっともない姿は見せられない。
「なんでしょう、赤坂さん?」
「もしよければですけど……私が代表に立候補しても良いでしょうか?」
一瞬、生徒会室の中が静寂に包まれた。
綺は失言と思ったのか、口をつぐんで後ずさる。
「ご、ごめんなさい。ダメですよね、美紗子さんが出場しないのに私なんかが」
「いえ、そんなことはありませんが……」
顔の前で両手を合わせて縮こまる綺。
美紗子は彼女の体を上から下までじっくり眺めた。
豪龍は言っていた。
荏原恋歌やアリスと並んで『三帝』と称されるのは、この赤坂綺であると。
あの荏原恋歌に勝った実力は偽物ではない。
ある意味でこれは好都合かもしれなかった。
荏原恋歌を倒した生徒が水学生徒会にいる。
これを機に彼女の名前と実績を知らしめておけば、今後の治安維持活動にも役立つだろう。
「いいわ。ぜひやってください、赤坂さん」
「え……いいんですか?」
「むしろ大歓迎よ。あっちは神田さんが出場するし、本当は生徒会からも一人くらい出場者を出さなきゃと思っていたの」
美紗子の言葉は代表を拒否した他の役員たちに対するさりげない非難でもあった。
それに気づいた聡美たちは一斉にあらぬ方角を向いて、口笛を吹いたり爪の手入れなんかを始める。
「でも、いいんでしょうか。一年生なのに先輩を差し置いて……」
「いいんじゃん? あたしの友だちも一年だし」
意外にも花子が後押しをしてくれた。
彼女は椅子に背もたれを預けたまま、ニヤリと笑って綺を見上げている。
「あの荏原恋歌に勝った『三帝』の力ってやつ、あたしも見てみたいしさ」
やはり夜の住人だけあって、彼女はすでにその単語を知っているようだ。。
綺は意味が良くわかっていないようだが、好意的に推薦してくれたと思ったらしい。
「わかりました……じゃあ、代表に立候補させてもらいます」
それぞれの学校から代表者は各三名ずつ。
水学からは深川花子、四谷千尋……そして赤坂綺。
美女学からは神田和代、花子の友人、爆高で見つけた女生徒。
この瞬間、合同運動会の目玉である学園対校試合の代表がすべて決定したのだった。
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