7 爆弾小僧の挑戦! 麻布美紗子VS技原力彦!

 美紗子の発言の後はどちらも口を開かなかった。

 とてつもなく気まずい時間が延々と続く。

 それから三〇分ほど無為な時間が流れ、ようやく和代が旧校舎前に戻ってきた。


「お待たせいたしましたわ」


 なぜか服装が乱れて制服の至る所に赤黒い汚れが付着しているのが気になったが、和代はまったく意に介した様子もなく、晴れやかな表情をしていた。


「豪龍さん。件の女生徒の名前は芝碧しばみどりさんでよろしいですわよね」

「ああ、確かそんな名前だったかのう」

「無事に約束を取りつけましたわ。彼女には試合に出場してもらえることになりました」

「へえ……」


 まさかと思ったが、本当に出場を約束してもらえるとは。

 彼女の服の汚れは逃げる芝さんを追うために走って転んだから……だと思いたい。


「そうかい。じゃあ用が済んだようなので、ワシは帰らせてもらうよ」

「ご協力ありがとうございましたわ」

「お役に立てたようでなによりじゃ。ワシは参加せんが、試合とやらが何事もなく終わることを祈っておるよ。生徒たちの暴走を抑えるには適度なガス抜きも必要だろうしなあ」


 さっきの続きを話したいのだろうか。

 美紗子は文句を言ってやりたかったが、和代の前なので必死に気持ちを押し殺して睨むに留めておく。


「運動会自体は一般参加も受け付けていますわ。もし興味がわいたら顔を出してくださいませ」

「考えておくよ。それじゃあな、神田生徒会長に麻布生徒会長」


 豪龍はわざと名字で呼んで二人に背中を向けると、肩越しに手を振って去って行った。


「口だけのお山の大将かと思ってましたが、意外と話せる人物でしたわね。二人きりの時に何か話されましたか?」

「え、いえ。別になにも」

「ですわよね。美紗子さんと豪龍が仲良く喋っているところなんて想像もつきませんもの」


 だったら置いていかないで欲しかった。

 彼女の想像とは違うが、気まずい雰囲気だったのは間違いない。


「さて、帰りましょうか」

「はい」


 結局、美紗子はここに来て特に何もしなかった。

 学園に帰った後でほったらかしのままの書類作業が待っていると考えると憂鬱になる。




   ※


 二人は中庭を横切って校門へと向かった。

 会話もなく足を進める二人、その背に男が声を掛ける。


「待ちな」

「はい?」


 振り向くと金髪の髪を逆立てた学ラン姿の男が立っていた。

 まるで少年漫画の主人公のようなやつである。


「他所のモンが爆高に足を踏み入れて、何事もなく無事に帰れると思われちゃ困るんだよ。なあ水学と美女学の生徒会長さんよ」


 美紗子は溜息をついた。

 爆高は名を挙げることに躍起になっている生徒で溢れている。

 その中を堂々と歩けば、こういった手合いに絡まれるのは予想できたことだ。


 二人の生徒会長は最初期の能力者としても知られる。

 倒して名を上げるには魅力的な看板だろう。


「私たちは話し合いに来ただけです。もう用が済んで帰るところですから、どうぞご心配なく」

「そういうわけにはいかねえだろ。うちの生徒をさんざんボコってくれやがったくせによ」


 美紗子は何度か目をしばたかせて隣にいる和代を見た。

 彼女は何故かあさっての方向を眺めている。


 金髪男が言っている出来事の犯人は明白だ。


「和代さん……」

「仕方ないではありませんか。私が一人になったのをこれ幸いと突っかかって来るバカが大量にいたんですもの。丁寧にお相手をして差し上げただけですわ」


 やっぱり服の乱れは爆高生たちと争ったのが原因だったらしい。

 黒い汚れは敵の返り血のようだ。


「じゃあ、責任持ってこの人の相手もしてあげてください」

「いやですわ。私、もう疲れましたの。最後の一人くらい美紗子さんが対応してあげてくださいませ」


 どこまでもフリーダムな和代には本当にもう頭を抱えるしかない。


 しかし生徒会長とは本来、これくらい自己主張が強くないと務まらないものなんだろう。

 今までの自分のやり方に疑問を持ち始める美紗子だったが、


「おい、いつまでくっちゃべってやがる。かかってこないならこっちから行くぜ」


 ゆっくりと考えているのを許してもらえる余裕はなさそうだ。

 金髪の少年はやる気まんまんの様子である。

 仕方なく美紗子は彼の前に出た。


「えっと……」

「技原だ。技原力彦わざはらりきひこ。お前を倒す男の名前をよく覚えておけ」


 どうして不良というのは、こういった血の気の多い人間ばかりなのだろう。

 豪龍のような姑息な男も厄介だが、この手のタイプも美紗子には到底理解できない。


 校門まではおよそ五〇〇メートルほど。

 走って逃げ切れない距離ではないが……


「いくぜ、うらあっ!」


 技原がダッシュで向かってきた。

 暴力で名を上げることにしか興味のない人種。

 女相手だから手加減するなんて紳士的な考えはないのだろう。


 技原の大降りのパンチが迫る。

 美紗子はステップで後ろに下がってそれを避けた。


「まだまだぁ!」


 続いて左パンチ。

 半回転からの後ろ回し蹴り。

 腰をかがめてのアッパーカット。


「うろちょろと逃げ回るんじゃねえ!」


 そのすべてを美紗子は完全に見切って紙一重で避けていた。

 反撃しようと思えばチャンスはいくらでもあるが、彼を腕力で打ち負かしても意味がない。

 むしろ後々の問題が増えるだけだ。


 どうしたものかと考えながら攻撃を避けていると、ついに制服の袖を掴まれた。


「つかまえたぜ」


 ニヤリ、と技原が口の端を歪めた。

 彼は右手を大きく振りかぶる。


「うらあっ!」


 一切の遠慮がない全力パンチ。

 渾身の力を込めたその攻撃を、しかし美紗子はあっさりと受け止めた。


「なっ!?」


 技原の拳はまっすぐ顔面を狙ってきた。

 美紗子はそれを片手で止めたのだ。


 美紗子は『剛力』のSHIP能力者であり、常人とは比べ物にならない腕力を持つ。

 彼女にとって不良のパンチを受け止めるなど、子供の投げたゴムボールをキャッチするよりも容易なのである。


「まだだ、くらいやがれっ!」


 技原の拳を掴んだ右手が震える。

 人の手ではありえない奇妙な衝撃。

 強烈な振動が腕を通して美紗子に伝わる。


「うおおおっ! ≪振動する拳バイブレーションフィスト≫っ!」


 激しい震えによって触れた相手に大きなダメージを与える。

 これはバイブレーションタイプと呼ばれる能力だ。


 和代や千尋と同タイプのJOYである。

 自らの拳で振動を起こす能力は始めて見た。

 だが、美紗子は動じない。


「ふっ!」


 右手に力を込める。

 技原の拳を握り潰さんばかりの力で押さえつける。

 振動は二人の足を伝わって地面に届き、足元に亀裂が入る。


「なっ……!」


 技原の顔が驚愕に染まった。

 きっとこの技で多くの強敵を打ち負かしてきたのだろう。

 力づくで押さえつけられた経験など、今まで一度もなかったに違いない。


「ガムシャラに突っ込むしか能がない人間じゃ、この街で長く生き抜くことは不可能よ」

「……!」


 拳を掴んだまま、美紗子は相手の体を持ち上げる。

 技原の足が地面から離れた。


「ま、マジか……ぐはっ!」


 そのまま勢いをつけて地面に叩きつける。

 綺のように相手の力を利用した投げ技ではない。

 完全なる力任せの乱暴な攻撃。

 そういう点では美紗子の戦い方も技原とは大差ない。


「こんな風に力を振りかざすだけでは誰もついてこないもの」


 軽蔑するように技原を見下し、勝負はもう終わったとばかりに美紗子は彼に背を向け、校門の方へと歩き出した。

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