5 アリスの校舎

「くっくっく。こいつは一本取られたな……」


 豪龍は和代の挑発に対して怒るでもなく、おかしそうに口元を抑えて笑った。


「そんであんたがここに来たのは、ワシを爆校の代表として試合に参加させようということか?」

「そうではありません。できれば代表は女生徒が良いと思っていますので」

「女生徒ぉ?」


 和代の言葉は彼にとって予想外だったらしい。

 豪龍は睨むように顔をしかめた。


「ええ、爆校にも女生徒はいらっしゃるでしょう? ですが校外に出てくることはほとんどありません。接する機会がなければ交渉もできませんから、貴方にはその橋渡しをお願いしたいんですの」

「うむ……」


 豪龍は腕を組んでどっしりとソファの背もたれに体重をかけた。

 そのまましばらく天井を見上げていたが、やがて立ち上がって和代に視線を戻した。


「百聞は一見にしかずじゃあ。説明するより実際に見てもらった方が早いなぁ」


 豪龍はついて来いとばかりに顎をしゃくる。

 そのまま教室の入り口へ向って歩いた。


「ご、豪龍さん。俺らも一緒に――」

「じゃかあしい!」


 部屋中が振動するかのような大音量の一喝。

 叱責を受けた豪龍組のメンバーたちは一斉に竦み上がった。


 正直にいえば美紗子もかなりびっくりしたが、和代はうるさそうに顔をしかめただけで、その姿勢は揺るぎもしない。


「水学と美女学の生徒会長さんがお供もつけずにわざわざやって来てくださってるんじゃ。ワシだけ部下を引き連れてゾロゾロと歩くなんぞ、他のチームのいい笑いもんじゃあ!」

「で、ですけど、豪龍さんに万が一のことがあったら俺たちは……」

「……おう、心して答えんかい」


 なおも食い下がろうとしたメンバーを、豪龍はその巨体で威圧するよう上から問いかけた。


「お前はワシが女二人の罠に嵌められて、不様にやられるような間抜けな男に思えるんかい。お前の所属する豪龍組の頭領っちゅうんは、そんな愚かで弱い男だと本気で思ってるんかい! あぁあ!?」

「ひ、ひぃっ!」


 あまりの迫力に威圧された部下は尻餅をついてしまう。

 他のメンバーたちは何も言えずにその場で突っ立っていた。


「お前らは自分のチームの統領を信じんかい」

 

 と思いきや、豪龍のその一言で一気に湧きたった。


「うおおおっ!」

「さすが豪龍さんだぜ、俺らの統領はハンパねえ!」

「ふっ、よせやい……おっと待たせたな、お嬢さん方。案内するからついて来んさい」

「豪龍組、万歳ー! 豪龍さん、万歳ー!」

「豪龍組、万歳ー! 豪龍さん、万歳ー!」


 仲間たちの声援を受けながら、豪龍は颯爽と学ランの裾を翻して教室から出て行く。


「……付き合ってられませんわ」


 口には出さないが、美紗子も和代と同意見だった。

 古臭い不良の世界なんてどう好意的に解釈しても受け容れ難い。

 美紗子はこういう雰囲気が好きそうな女子を一人だけ知っているけれど。




   ※


「悪く思わんでくれい。頭の悪いやつらを纏め上げるためにゃあ、芝居や建前も必要なんじゃ」


 廊下を先導する豪龍は振り向きもせずに言った。


「別に気にしてませんわ。それよりどこへ案内するつもりですの?」

「すくそこじゃあ……」


 階段で一階まで降りて、裏口と思しき小さなドアから外に出る。

 校舎の外周をなぞるように狭い裏庭を通って校庭に向かう。


 廊下の隅から中庭の藪の中まで、至る所に男子生徒が潜んでいる。

 友人同士で駄弁っているのがほとんどだが、近づくとこれ見よがしに睨んでくる者もいる。


「安心せい。ワシがいるのに突っかかって来るバカはおらん」

「彼らはあんなところで何をしていますの?」

「弱小グループのたまり場なんじゃ。豪龍組のように教室を占拠できるグループは爆高でも一部に限られとるからのう」

「どさくさに紛れて陣地の広さ自慢ですか。子供じみていて共感できませんね」

「爆高のルールと現状を説明しただけじゃ。それに、この学校で一番多くの陣地を占領しているのは豪龍組じゃあない……着いたぞ」


 いつの間にか校庭を横切り、目の前には蔦の絡まった古い木造の校舎があった。

 その校舎を見上げたとたん美紗子の背筋が冷たく凍りついた。


「こ、これは……?」


 どうやら和代も同じものを感じたらしい。

 さっきまでの余裕は消え失せ、額に汗を浮かべながら校舎の二階窓を見上げている。


「なんですの、ここは」

「旧校舎じゃ。この建物は女生徒どもが占領している」

「占領……?」

「お前らも感じとるじゃろう。この中には女生徒たちの核となる女……アリスがいるんじゃ」


 アリス。

 あの荏原恋歌と並び、L.N.T.で最も恐ろしいと言われる女子生徒。


 彼女が街で暴れたという話は聞かない。

 どのような能力を持っているのかすら誰も知らない。

 時々街に現れては異常な存在感を見せつけ、得体の知れない恐怖を振りまく謎の女生徒。


「こんな学校だからのう。力の弱い女子どもはバラバラに行動してはすぐに飲み込まれてしまう。だからアリスを中心に団結しとるんじゃ。やつの伝説は二方も聞いたことはあるじゃろう?」

「四年前の爆撃高校……当時は爆撃中学でしたか。設立者たちが学校を私物化し、生徒に狼藉を働こうとしたところ、第一期生だったアリスさんが力づくで排除した……そんな荒唐無稽な与太話なら」

「与太話でもなんでもない。本当の話じゃ」


 豪龍の口元が引き攣ったように歪んだ。


「そう、四年前。水学と美女学の学園対抗試合があったあの日、華々しい舞台の裏でアリスは爆撃中学の設立者どもをひとり残らず皆殺しにした。能力者養成を建前に女生徒たちを手籠にしようとしていた、正真正銘のクズ共をな」


 和代も美紗子も何も言えなかった。

 この街の過去を考えれば、当時そのようなことがあったと言われても素直に頷けてしまう。


 あの頃はとにかくすべてが狂っていた。

 異能力というまったく新しい概念に、大人たちすべてが躍起になっていた。

 その混乱に乗じて下卑た我欲を満たそうとする人間がいたとしても不思議には思わない。


「飼い犬に手を噛まれたと……マヌケな話ですわね」

「それ以来アリスはこの旧校舎に居座ってな。新しい校舎が落成し爆撃高校が新設されてからも、ここだけは立ち入り不可のままじゃ。外に出て勢力を広げることはないが、女は拒まず男は排除というアリスの方針から、ここは自然と女生徒どもにとっての安全地帯になったんじゃあ」

「では、女である私たちなら入っても大丈夫ですわね」

「他校生が入ったという話は聞かんからなんとも言えん。殺されなかったとしても、アリスや他の女生徒たちは運動会なんぞに興味を示すまい。出て来られんと言ったほうが正しいかのぅ」

「どういうことですの?」

「女生徒どもはアリスの庇護を受けてるのを良いことに好き勝手に振る舞っとる。やつらに対する爆校男子生徒の恨みは根強いんじゃあ。ノコノコと出て来たら最後、とっ捕まって人生の終わりじゃ」


 和代は黙ってしまった。

 豪龍の話はおそらく作り話ではない。

 それはこの旧校舎から溢れ出る謎の威圧感が雄弁に物語っている。


 遊び半分で介入してはならない。

 迂闊に踏み入れば命を落とす。

 ここは、そんな場所だった。


「むむ……いや……けれどここまで来て」


 スラム街のような爆撃高校の中でもさらに異質なアリスの旧校舎。

 さすがの和代も足を踏み入れるのを躊躇っているようだ。

 足を前に出しては引っ込めてを繰り返している。


「怯えていてもしかたありませんわ。やはり……」

「そういえば、女生徒ならここ以外にもいたなぁ」


 意を決して校舎に入ろうとした和代だったが、豪龍の言葉を聞いて足を止める。


「なんですって?」

「爆高内に一人だけ、アリスの庇護下にない女生徒がおるんじゃ。いっつも決まった場所に現れては何をするでもなく校内をうろついとる奇妙な女じゃ」


 爆撃高校女子生徒のたったひとりの例外。

 それもまた怪しい存在であるが、旧校舎に足を踏み入れるよりはマシか。


「その方は現在どちらに?」

「今の時間なら第四校舎の図書室跡におるはずじゃ。だが、行っても会えるとは限らんぞ。弱小グループの中にはあの女を狙っている輩もいるが、一度として捕らえたという話は聞かん」

「それなりに秀でた能力者というわけですね。ならば私の方から会いに行って差し上げましょう。第四校舎というのはどちらでしょうか」

「向こうに給水タンクが見えるじゃろ。あの下が第四校舎じゃ」

「ご協力感謝いたしますわ……美紗子さん」

「あ、はい」

「申し訳ありませんが、少しこちらで待っていてくださいな。すぐに戻って参りますので」

「えっ、ちょ」

「では行ってまいります!」

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