4 生徒会長コンビ、爆撃高校へ行く

「えっと……」


 麻布美紗子は足を止めた。

 目の前に聳え立つ校舎を見上げ、それから同行者の和代を見る。


「なんで私はこんな所に連れて来られたんでしょうか?」

「ですから先ほども申し上げたではありませんか。武道大会の代表者を募るためです」

「初耳です。しかも今回の運動会に彼らは関係ないじゃないですか」


 美紗子は再び目の前の建物……

 爆撃高校の校舎を見上げた。


 外部との関わりを拒むかのような高い壁。

 その向こうに見えるコンクリートむき出しの灰色の校舎。

 窓ガラスはあちこちが割れ、落書きのされていない壁面は皆無である。


 耳をすませばどこからか男たちの怒声が聞こえてくる。

 学校というよりは監獄とでも言うべき雰囲気が漂う場所だった。


「合同というのはなにも水学と美女学だけの話ではありません。爆高に通う彼らもL.N.T.の一員なのですから、日々の鍛錬の成果を試すチャンスは当然与えてあげてしかるべきですわ」

「あれ、対校試合は美女学と水学だけの話だったんじゃなかったんですか?」

「細かいことは良いのです」


 多分、自校だけでは代表者が集まらなかったのだろう。

 大会を開催するためなら前提も曲げる。

 そんな和代に呆れつつも、その行動力と柔軟さには感心してしまう美紗子であった。


 しかし思いつきだけで立ち入るには、爆撃高校は非常に危険な場所である。


 この学校は他の二校とは明らかに違う。

 一番大きな違いは、常時JOYの使用制限が掛かっていないことだ。

 つまり、校内では夜のL.N.T.と同様の無法が二十四時間体制でまかり通っているのである。


 当然ながらまともな授業など行われているわけがない。

 どころか生徒たちによる血で血を洗う抗争が日々繰り広げられていると聞く。


 爆校の中途入学者は他の二校に比べて格段に多い。

 L.N.T.外であぶれた不良たちを定期的に呼び込んでいるからだ。

 言ってしまえば、社会に適応できない不良少年たちの掃き溜めなのである。


 その分『転校』する生徒の数も格段に多い。

 水瀬学園や美隷女学院と比べて明らかに異質な学校なのである。


「正直に言うと立ち入りたくありません」

「大会開催のためには仕方ありませんわ。さあ、行きますわよ」


 思い切って本心を打ち明けたのにまったく取り合ってくれなかった。

 彼女は美紗子を置いて何の迷いもなく爆高の敷地内に入って行ってしまう。

 彼女が開きっぱなしの校門を越えたところで、ようやく美紗子は観念して和代の後を追った。




   ※


「ひゅぅ、見慣れない顔だぜぇ!」

「そこのお嬢さん方。爆高に何の用だぁ?」


 校舎に足を踏み入れるなり、聞くに堪えない野次が飛んでくる。

 何をするでもなく廊下にたむろしている生徒たち。

 数十年前のヤンキースタイルよろしく、学生服を着崩し、派手な髪型をしている。

 そんな少年たちから一斉に注目を受けるのは非常に不快な気分だった。


 和代はそんな彼らを無視して我が物顔で廊下を歩く。

 むしろ周りを警戒しながら歩いている美紗子の方が怒られた。


「何をしていますの。あまりキョロキョロしては失礼ですわよ」

「いえ、だって……」


 当然ながら、この場所ではこちらもJOYを使うことができる。

 いざ暴力に訴えられたところで一般生徒など恐れるに足りない相手なのだが……


「いくらなんでも怖いですよ!」


 美紗子は和代だけに聞こえるよう小声で文句を言った。


「水学の生徒会長が何を弱気なことを。普段の貫録はどうしましたの? こんなやつら、あなたが本気を出せばまとめて一捻りでしょうに」


 勝てる勝てないの問題でない。

 こんなスラム然とした場所に来れば生理的な嫌悪感と恐怖が先立ってしまう。

 怖い者知らずなだけと言えばそれまでだが、和代が並大抵ではない胆力の持ち主と改めて思い知った。


「で、どこへ向っているんですか? まさか放送室を占拠して学校全体に運動会参加を呼びかけるとか言わないですよね?」

「あら、それも面白そうですわね」


 やばい、墓穴を掘った。


「しかし残念ですが違います。こういう時はまず代表者に話すのが筋というものでしょう?」

「代表……ですか?」


 爆校の代表者と言えば、校長である『あの人』だ。

 その姿を思い浮かべそうになって美紗子は慌てて頭を振った。


 今回の場合は違うだろう。

 いくら和代とはいえ、あの人を前にしてまともでいられるとは思えない。

 和代が水学ではまず美紗子に提案したように、これは生徒たちの代表のことを言っているのだ。


 爆高に生徒会はない。

 元々が抗争しかしていない荒んだ学校だ。

 生徒をまとめるための学生機関など育つはずもなかった。


 じゃあ誰に……と考えて、ある男の顔が脳裏に浮かんだ。

 その考えを裏付けるように和代は上階へと向っていく。


 途中で殴り合いをしていた男子生徒を見かけたが、彼らは美紗子たちの姿を見るなりケンカを止め、そそくさとどこかへ去って行ってしまった。


 気性の荒さに比べて爆高にはまともな能力者が極端に少ない。

 JOYを使える生徒やSHIP能力を持つ生徒はそれだけでグループリーダーになれる資質がある。

 そのくせみんな自己顕示欲が強く、人の下につくのを良しとしない生徒ばかりなので、爆高は自然といくつもの小集団がひしめき合うようになるのだ。


 その中でもひときわ巨大な、最大派閥と呼べるグループが存在する。


「失礼しますわ」


 和代は四階にある教室のドアを遠慮なしに開け放った。

 中は仕切りの壁を取り払って三教室分ぶちぬいた広い部屋になっている。

 入口には格闘技の道場のように木の看板がかけられ、そこには大きく墨で『豪龍組』と書いてあった。


 教室に入ると即座に三〇人以上の殺気のこもった視線が集中する。


「なんじゃ、おどれはぁ!?」

「雑魚に用はありません。豪龍さんをお出しなさいな」


 いきなり突っかかってきた男子生徒を視線すら向けずに追い払う和代。

 男は顔を真っ赤にして今にも跳びかかって来そうな雰囲気だったが、奥から聞こえてきた「やめろ」という声にびくりと体を震わせ踏み留まった。


「美女学と水学の両生徒会長様がご来客じゃあ! お前ら丁重にもてなせい!」


 唾を吐いて後ろに下がった男子生徒に代わり、奥から身長二メートル近い巨漢の男が現れた。

 豪龍組の棟梁、豪龍爆太郎ごうりゅうばくたろうである。


 豪龍組は爆高のみならず夜の中央でもフェアリーキャッツに次ぐ第二位の勢力を築いている。

 その頂点に立つこの男は、名実ともに爆撃高校で最も強い影響力を持っている生徒と言えるだろう。


「安心せい。あんたらの方にやる気がなけりゃあ、コイツラに手は出させん」

「そう願いたいですわね。運動にもならない無用な争いは時間の無駄ですから」


 部屋を包む殺気が一段と増した。

 美紗子はハラハラしながら和代の背中を見る。

 お願いだから、これ以上彼らを挑発しないでください。


「で、何の用じゃあ」

「水瀬学園で能力者同士の対校試合を開催します。その大会には爆撃高校からも参加者を募ろうと思っていますの」

「ほう……?」


 教室の空気が変わった。

 というよりも豪龍の態度がわずかに変化し、それを敏感に感じ取った生徒たちの気が張り詰めたと言うべきか。


 あと試合を水瀬学園で行うというのは初めて聞いた。


「能力者同士の代表戦を行い三校にハッキリと優劣をつけると?」

「そうではありませんわ。これはあくまで余興。日頃鍛えた力を存分に試しつつ、観客のみなさんに楽しんでもらうのが一番の目的です」

「どう言い繕ったところで生徒たちはそうは取らん。万が一大衆の前で不様な敗北を晒してみぃ。その代表選手の街での評判はどうなる?」


 代表になった時点でその人物は生徒たちの期待を背負って戦うことになる。

 もし試合で無様な敗北をすれば、学校そのものが負けたと取られかねない。


 ましてや三校はそれぞれが別のカリキュラムで能力者を育成している。

 廃校はないにしても、来年以降の入学希望者数に大きく偏りが出る可能性は十分にある。

 それらを意識した代表選手にかかる重圧は相当なものだろう。


 豪龍の懸念は美紗子と同じだ。

 一定以上の規模の組織を纏める者としては当然の考慮と言える。が、


「地に落ちたところでまた這い上がればよろしいじゃありませんの。現に私はこうして、今も美女学の代表を務めておりますわ」


 かつて和代は学園の存亡をかけた戦いに挑み、敗北した。

 結果的に美女学は存続できたとはいえ、その時に彼女個人が味わった絶望と屈辱は想像を絶する。


 自らの才覚とたゆまぬ努力によって生徒たちの信頼を再び勝ち得ることに成功し、今の美女学生徒会長である神田和代がある。


 彼女を前に弱音を吐くことは自分が臆病者であると認めるに等しかった。

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