3 如村弾妃美女学理事長

「失礼しますわ」


 和代はドアを三回ノックをすると、返事を待たずに重い木の扉を開いた。


 美女学の職員室の隣にあるやたらだだっ広い部屋。

 たった一人のために作られたにも関わらず、四十人以上が務める職員室と同等の空間がある。


 ここは美隷女学院の理事長室である。


 部屋の主である理事長はこの部屋ををほとんど私物化していた。

 その証拠にあちこちで読み掛けの本や食べかけのお菓子の袋が散らかっている。

 淑女を育成するための学院の長は、どうやら自分が率先して生徒の見本になるつもりはないらしい。


 正面の机はもぬけのから。

 和代を呼びつけた部屋の主は部屋の隅の巨大なソファに腰掛けてテレビを見ていた。


「失礼します。神田和代があなたの呼び出しに応じてわざわざやってきてさしあげましたわ」


 目の前の人物に対する敬意がないわけではない。

 あえて慇懃無礼な言い方をしたのは、相手の出方次第でこれから一戦交える覚悟があるからだ。


 部屋の主は美隷女学院理事長、如村弾妃じょそんだんひ

 彼女は低俗なバラエティ番組を移していたテレビを消して和代の方を向いた。


「おう。待ってたよ」


 歳の頃は三十前後。

 赤い派手なスーツを身に着け、紫色に染めた長い髪を後ろで束ねている。

 一見すると、やり手のキャリアウーマン風の女性である。


 しかしその瞳に宿った眼力は凄まじく、並の生徒なら睨まれただけで竦んでしまうだろう。

 弾妃はゆっくりと重い腰をあげ、やや高い位置から和代を見下ろしながら言った。


「合同運動会とやらを開催して能力者同士の試合を行うらしいな」


 迫力のあるハスキーボイス。

 和代は怯むことなくハッキリと受け答えた。


「ええ。学校行事については私に一任されておりますし、問題はないはずでしょう?」


 実に四年ぶり。

 二回目の大イベントである。

 この試合の結果次第で学園の優劣がはっきりと証明されてしまう。

 美紗子にはああ言ったが、生徒たちにとっては目の前の結果が全てである。

 いくら言い訳を用意したところで、どちらが優れているか決めつけたがる生徒は出るだろう。


 軽率なことを提案した自覚はある。

 だが、そもそも面倒事をすべて生徒会に押し付けている弾妃が悪い。

 月に一度の野外授業や地区センターを使っての文化発表会だって、和代が考えて運営委員を設置し、その都度成功させてきた。

 いまさら少しばかり気に食わないことをしたからって文句を言われる筋合いはない。


 弾妃が手を振り上げた。

 和代は反射的に胸元のジョイストーンに手を伸ばす。

 が、それより早く弾妃の手が和代の肩を力いっぱい叩いた。


「よくやった! 応援するからしっかりやれ!」

「は?」


 和代はヒリヒリする肩の痛みに耐えながら聞き返す。


「今度こそあのエイミーにひと泡吹かせてやれ。いいな、絶対に負けるんじゃないぞ!」


 弾妃の眼鏡の奥にある瞳は少女のようにキラキラと輝いていた。

 どうやら本気で期待をされているようである。


 弾妃と水学学園長のエイミー=レインは犬猿の仲で有名である。

 最近はどちらも表舞台に出ることが少ないため顔を合せる機会そのものが少ないのだが、以前は事あるごとに生徒たちの前で子供じみたケンカを繰り広げていたのを覚えている。


 二人はそれぞれ学園の長である。

 弾妃にとって、ハッキリと優劣をつけるのはむしろ望むところなのだろう。

 もちろん負けるつもりは微塵もないに違いない。


 和代としては弾妃のプライド保持に付き合ってやる義理など微塵もないが、せっかく開催を認めてくれているようなので、おそらくは彼女が期待しているであろう自信満々な言葉を返してやった。


「もちろんですわ。美女学生のメンツにかけて、水瀬学園に一歩も引けを取らない美しい試合を見せて差し上げます」

「一歩も引かないだけじゃだめだ。背中すら見えなくなるほど突き離せ。別に美しくなくてもいいから徹底的にな。いいか、お前たちならできる。なにせ誇り高き我が美隷女学院の生徒なんだからな」


 自分は生徒たちに何も教えていないくせに。

 この女の自信は一体どこから来るのか。


 これ以上話していると頭が痛くなりそうなので、和代は一礼をして理事長室を退出した。




   ※


 しかし、実は根本的な問題が一つ残っている。


「神田さん」


 生徒会室のドアの前にて。

 ちょうど向こうから歩いてきた愛理に声を掛けられた。


「ごくろうさまです。どうでしたか?」

「その……今のところ、立候補者は誰もいません」


 和代は愛理の報告を聞き、がっくりと肩を落とした。


 公式に行われる能力者同士の対決。

 それも学園の威信をかけての対校戦である。

 代表の責任は極めて重く、気軽にやりたがる人間が多くないことは予想していた。


 しかし、まさか立候補者がゼロとは……

 現在のところ美女学の代表で決定しているのは和代ただ一人だけ。

 試合は三対三の団体戦を予定しているので、最低でもあと二人は候補者が必要である。


「最後は投票で代表を決めるつもりでしたが、そもそも立候補者がいないのではどうにもなりませんわね」

「神田さんほどの能力者は他にこの学園にはいませんから。それに……」

「荏原恋歌さんのことですわね」

「はい」


 先日の事件で拘束中の荏原恋歌。

 現在は拘束中であるため代表として出ることはできない

 彼女を差し置いて我こそは美女学の代表だなどと思える生徒がいるだろうか?

 いるわけなかった。


 和代でさえ一対一の試合という形式で荏原恋歌に勝つ自信はない。

 このL.N.T.で絶対に戦いたくない相手のうちの一人である。


「以前の代表者の残り二名はどうなっていますの」


 四年前の対校戦では和代と荏原恋歌、そして二人のSHIP能力者が代表として参加した。

 期待できるとしたらその二人だと思ったのだが……


「一人は私と同じクラスなのでそれとなく呼びかけてみましたが、何度お願いしても絶対に嫌だの一点張り。取りつく島もありませんでした」

「たしか美紗子さんと対戦した方でしたわよね……まあ、無理もありませんわ」


 水学生徒会長の麻布美紗子。

 最強レベルのSHIP能力者で、彼女も決して戦いたくない人物の一人である。

 いろいろと理由をつけて彼女の出場を禁じたのも、正直に言えば生徒会長同士の戦いになる可能性を確実に潰しておきたかったからである。


 悔しいが、水瀬学園の層の厚さは美女学や爆高と比べても群を抜いている。


「もう一人の方は?」

「それが、すでに『転校』しているようです」


 美女学を含めたこの町の学校には現在、学籍の移動という概念はない。

 もちろん退学もなく、卒業までL.N.T.から出ることは認められない。

 この場合の『転校』とはある状態になったことを示す隠語である。


「そうですか。それはお気の毒に」


 すなわち死亡の言い換え。

 多くの場合、夜のL.N.T.での抗争に巻き込まれ命を落としたことを指す。

 これまで何人もの同期生が亡くなっているし、現在でも月に数名のペースで『転校』する生徒は後を絶たない。


 その数を少しでも減らすために行っているのが生徒会による夜間の見回りだ。

 しかし、未だに月間の転校生徒がゼロになった試しはない。


「このままでは試合の開催自体も怪しくなってしまいますよ」

「わかりました、こちらも色々と手は打ってみます。愛理はもう少し生徒たちへの声かけを続けて。二年生だけでなく一年生も視野に入れてみてくださいな」


 沈んだ気持ちを隠しつつ、和代たちは肩を並べて生徒会室に入って行った。

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