7 小石川香織の目標

 空人は今までと違った能力の使い方を練習している。

 風を攻撃の手段として使うのではなく、その性能を把握して応用しているのだ。


 昨日、古大路が言っていた通りだ。

 空人は≪悠久の涼風エターナルヴィント≫を機動力強化のために使うことにした。

 廃工場の戦いで見せた綺や荏原恋歌の戦い方なども参考にしつつ、自分なりの方法を編み出したつもりである。


 その結果、これまでとは見違えるような世界が開けた。

 きっかけが古大路の言葉だったというのが癪ではあるが……

 攻撃力のまるでない風を武器にするより、ずっと自分に合っていると思う。


 今なら、その辺の半端な不良たちにも後れを取らないはずだ。

 このスピードに追いつける能力者はそう多くないだろう。


「よっと」


 空人は勢いをつけて立ち上がる。

 機動力強化に成功したとはいえ、綺みたい自由自在に空を飛べるほどではない。


 それに已然として攻撃力は皆無である。

 逆を言えば、まだまだ改善の余地はあるということだ。

 空人は再び修行に戻ろうとしたが……


「星野さん!」


 公園の外から女の子の声が聞こえてきた。

 息を切らせながら走って来るポニーテールの少女。


「えっと……本郷さん、だっけ?」


 学校で香織といつも一緒にいる本郷蜜ほんごうみつである。

 彼女の様子からはただ事ではない何かがあったと空人に想像させた。


「えっと、あの、その」

「だ、大丈夫? ちょっと落ち着いて」

「香織ちゃんを見ませんでしたか!?」


 こちらの言葉を無視し、蜜は切実な叫び声をあげた。


「い、いや。見てないけど」

「どこにも姿が見当たらないんです。今日はうちで一緒に宿題をする約束をしてたのに。最近、ここでよく空人さんに会っているって聞いたから、もしかしたらと思ったんですが……」

「うーん、もう少し経てば返ってくるんじゃない?」


 昨晩、香織がこれからはサボらずに頑張ると言ったことを思い出す。


「つい約束を忘れていつも通りにランニングをしている最中とか」

「今夜に限っては何も言わずに出ていくはずがないんです。香織ちゃん、次に宿題を忘れたらレポート五十枚提出だって先生から言われてるから」


 それは大変だ。

 そこまでの罰を与えられるなんて、普段どれだけ宿題を忘れているのだろう。

 ともかく、蜜が本気で香織の行方を心配しているなら、放っておくわけにもいかないだろう。


「わかった、僕も一緒に探すよ。彼女が行きそうな場所に心当たりはある?」

「あ、ありがとうございます!」


 少しだけ柔らかさを取り戻した蜜の笑顔を見て安心する。

 空人は香織を探すため彼女と一緒に夜の住宅街を駆け回った。




   ※


「いい加減、首を縦に振ったらどうなの?」


 上から覗き込むように顔を近づける山形千房やまがたちぶさから顔をそむけ、香織は「ふらない」とはっきり言葉にして拒絶の意思を見せた。


「ちっ……まあいい、時間はたっぷりあるんだ。あんたの気が変わるまで一晩中でも説得を続けさせてもらうよ」

「べー」


 無理やりさらっておいて、なにが説得よ。

 後ろ手に縛られた縄の感触を不快に感じながら、せめてもの抵抗に舌を突き出してやった。


 香織が千房に拉致されたのは、ノートを持って蜜の家に出かけようとした矢先のことだった。

 家の門の両脇から出てきた人間に口と手を封じられて近くの公園に連れ去られてしまった。

 まだ能力制限時間前だったこともあって、このような事態は想定していなかったのだ。


「いいかい。誰か来たらすぐに知らせるんだよ」


 千房がグループメンバーに命令を下す。

 この公園は香織たちの住む住宅街の一角にある。

 香織の家からは少し離れているが決して人気のない場所ではない。

 こんな中央から離れた場所に集まっているのは、千房たちのグループが夜の街でたいした勢力を持っていないからだろう。


「なあ、考えてもみなよ。あんたのそのJOYは眠らせておくには惜しい激レア能力なんだよ。あんたがあたしたちと組めばすぐにでも中央で大きな顔ができるんだぜ。あの最強の女帝がいなくなった今が絶好のチャンスなんだよ」


 香織が知ったのは昨日のことだが、荏原恋歌が投獄されたという噂はすでにL.N.T.中に広がっているらしかった。


 少数精鋭でありながらトップ勢力の一翼を担っていた荏原恋歌。

 彼女がいなくなったことで夜の千田中央駅の勢力図もにわかに変わり始めている。

 千房のように新勢力を盛りたてようと考える生徒が出てくるのは実に自然なことであった。


 千房は香織のクラスメイトで、つい先週ようやく第三段階に進んだばかりだ。

 それからほどなく彼女はかつて恋歌に敗れて壊滅したグループのメンバーに声をかけ、自分の手で新たなグループを作った。


 もちろん、中央で頭角を現すにはまだまだ戦力が足りない。

 そこでさらなる戦力補強案として、香織の加入を求めているのだ。


 実は昼間に学校でも誘われたのだがその時はやんわりと断わっていた。

 千房は諦めないと言い残して去っていったが、こんな強硬手段に出るとは……


「あんたが荏原恋歌を越えるため必死の努力を続けていたことは知ってる。けどな、もうあいつは過去の人間になったんだ。いつまでも古い因縁に捉われてるより代わりの目標が欲しいとは思わないか?」


 千房の説得は続くが、香織は聞く耳を持たない。


 誰よりも特異な能力を持ちながら、四年前の対校試合では荏原恋歌を相手に戦い、指一本触れられずに敗北したという苦い過去。


 それ以降ずっと、彼女に届くために己を磨いていた。

 復讐心からではなく、文字通り足元にも及ばなかった彼女に少しでも追いつくために。


「あたしとあんたが組めばこの街に敵なんていない。深川花子も、爆撃高校の男共も……きっとあの荏原恋歌だって倒せていたはずだ」

「無理だよ」


 香織はハッキリと断言した。


「荏原さんは千房ちゃんが考えてるよりずっとすごい人だよ。今の私たちが手を組んだって、一〇〇回挑んでも勝てっこないよ」


 たち、の部分を香織はあえて強調した。

 荏原恋歌の恐ろしさはかつて敗れた香織が最もよく知っている。

 それがたった三年半の努力程度で簡単に覆るようなものじゃないということも。


 確かに香織と千房の能力が合わされば必中必倒の奇襲も可能だろう。

 しかし、荏原恋歌はそれだけで勝てるような甘い相手ではない。

 香織自身は未だあの頃の恋歌にすら遠く及ばないのだ。


 本当は千房もわかっているはずだ。

 勝てると思うのなら何故恋歌が倒れるまで動こうとしなかったのか。

 答えは決まっている、恋歌のことが怖いからだ。


「……そうかい。だが事実として、荏原恋歌はもう中央にはいないんだ。他の有象無象どもが相手ならあたしたちでも十分にのし上がれるチャンスがある。そう思わないか?」

「目立たないだけですごい人は他にいくらでもいるよ」

「だから、そいつらをあたしとあんたで潰していくんだよ」


 香織は黙りこんだ。

 千房はトップクラスの能力者と相対したことがないのだろう。

 現実を知らない人間にこれ以上何を語っても無駄だ。


「いいか、甘い顔してやってるからっていつまでもいい気になってるんじゃないよ。もし意地でも協力しないって言い張るんなら、あんたの大事な――」

「香織ちゃん!」


 聞き覚えのある声と複数の足音が聞こえてきた。

 公園の外、見張りの生徒たちの向こうに本郷蜜と星野空人の姿が見えた。




   ※


 空人は予期せぬ出来事に戸惑っていた。

 道端に香織の物らしいハンカチを見つけ、付近を探しまわること十数分。

 公園に集合する十数人の生徒と、その中心に捕らわれている香織の姿を発見した。


 こいつらはいったい何者だ?

 正体はわからないが、能力者であることは間違いない。


 香織が危機的な状況であることも明白だ。

 問題はどうやって香織を助け出すかだが……


「香織ちゃん!」


 蜜がもう一度友人の名を叫んで公園に入ろうとした。

 入口で見張りをしていたらしい生徒が二人掛かりで彼女を取り押さえる。


「おっと、小石川はうちのリーダーと大事な話をしてる最中だ。部外者は帰ってくれよ」

「なにが話ですか。どう見ても脅されているようにしか見えません!」


 両腕を左右から掴む生徒たちにも怯まず、蜜は強気で言い返した。


「……あ? 人が平和的に済ましてやろうとしてるのに、その態度はなんなんだよ?」


 さらに奥からも数人の生徒がやってきた。

 蜜は半円状に周囲を囲まれる形になってしまう。


「早まっちゃダメ、はやく逃げて!」


 公園の奥で香織の悲痛な叫び声が聞こえた。

 蜜は突き飛ばされ空人のところに戻ってくる。


「だ、大丈夫?」

「ええ……」


 蜜はメンバーたちの向こうにいる香織を心配そうな顔で見ていた。

 彼女の側にはリーダーらしき女生徒がおり、腕を組んで偉そうに立っている。


 グループを率いているということは少なくとも三段階に達している能力者だろう。

 しかもあっちは全部で十数人という、圧倒的な人数差もある。

 まともにやり合えばまず勝ち目がない。


 ふと、空人はひらめいた。

 何も全員の相手をする必要はない。

 要は香織を連れて逃げればそれで済む話だ。


 空人は蜜の腕を引いてそっと耳打ちした。


「僕が香織さんを助け出す。合図を出すから、蜜さんは逃げて」

「え……?」

「じゃあ、いくよ!」

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