6 技の応用
「ところで香織さんが憧れてる人って誰だか知ってるか?」
空人は話題を変えることにした。
昨日、香織が何故か教えてくれなかったこと。
清次なら何か知ってるんじゃないかと思って尋ねてみる。
しかし。
「小石川の憧れ? なんだそりゃ」
「あれ?」
どうやら清次も知らないようだ。
昨日の言葉は単なるその場の誤魔化しだったのだろうか?
「あ、いや、もしかしてアレかな」
と思ったら清次は急に何かを思いついたようだ。
「アレ?」
「いや、オレも本人から聞いたわけじゃないんだけどな」
「なんだよ、もったいぶるなよ」
「三年半……いや、もう四年前か。以前に水学と美女学の試合があったってのは知ってるか?」
「聞いたことはあるぞ。学校対抗の模擬戦みたいなのだろ」
小耳に挟んだ程度で詳しく知っているわけではないが、四年前に両校から代表を選出して、能力者同士の試合があったというのを聞いたことがある。
というか教えてくれたのは清次だ。
「模擬戦なんて生易しいもんじゃないぜ。なにせ学校の存亡を賭けた試合だったからな」
「穏やかじゃないな。どういうことだよ」
「当時はL.N.T.の入植がはじまったばっかりで、街の規模を考えても二つも学校はいらないって話になったらしくて、どっちを潰すべきか決めるための試合を行ったんだ」
「へえ……って、それが香織の憧れの人とどう関係あるんだよ」
「最後まで聞けよ。その時の美女学側の一番手が――」
「過度のおしゃべりは教室の雰囲気を弛緩させる。せめてもう少し声量を絞ってくれないか」
いつの間にか二人の後ろに古大路が立っていた。
彼の苛立ちを含んだ声が清次の言葉を中断させる。
「んだよ。自習時間なんだから、別にいいじゃねーか」
「良い悪いの問題ではない。くだらない話を大声でいつまでも続けられたら周りが不愉快になる。いい加減にお喋りを止めろと注意しているのがわからないか?」
「なんだとぉ?」
清次が立ち上がって古大路を睨みつける。
「おいよせよ、一応授業中だぞ」
「止めるな空人。おい古大路、この際ハッキリ言うけど、オレは前からオマエのことがが気に入らなかったんだ。いい機会だからここでギャフンと言わせてやるぜ」
「何かあるとすぐ暴力に訴えるか。思考がまるっきり幼稚だな」
「へっ、誰が暴力で解決するなんて言ったよ?」
清次は空人が持っていたコントローラーを奪い、それを古大路に突きつけた。
「ゲームで勝負だ!」
※
「嘘……だろ?」
愕然とする清次。
彼が見つめるのは、画面に映る『2P WIN』の文字。
そしてガッツポーズを決める古大路の操作キャラと地面に倒れ伏す清次のキャラだった。
古大路家の一人息子にケンカを売るなんてまさか清次も本気で考えてはいなかった。
何でもいいから古大路に敗北を味あわせたい。
なので手近なところで得意な格闘ゲームで勝負を挑んだのである。
くだらないと言われたら「逃げるのか?」と挑発する気でいた。
しかし、意外にも古大路は勝負の申し出を快諾する。
プレイは初めてと言っていた。
三分ほどプラクティスモードで操作に慣れさせ、いざ対戦。
その頃には二クラス分の二段階の男子のほとんどが集まってギャラリーになっていた。
普段からスカしている古大路を清次がギャフンと言わせてやることを誰もが期待していたことだろう。
しかし結果はこの通り惨敗である。
清次のプレイヤーキャラが倒れた時、古大路のキャラはまだライフゲージが半分以上も残っていた。
「お前、初めてだっていったじゃねーか!」
「本当に初めてだが?」
「嘘つくな、初めてやる奴が『飛連脚』を大ジャンプ移動になんて使うかよ! あんなのオレだって攻略サイトを見るまで知らなかったぞ!」
「技の性能を把握して応用したに過ぎん。攻撃といえば相手に当てることしか考えつかないような凡人には思いつかないことかもしれんがな」
「ぐぬぬ……」
反論したいのは山々だが、ここまで見事に敗北した以上なにを言っても負け犬の遠吠えだ。
自分の得意な勝負を持ち掛けておいてこのザマでは何も言い返すことができない。
「くだらない遊びに付き合ってしまった。悪いがこれで失礼する」
古大路はコントローラーを置くと、前の方にある自分の座席に戻っていった。
集まっていたギャラリーたちも三々五々と解散していく。
席に着いた古大路は読書モードに入った。
いったい何しに来たんだ、あいつは?
「くぅっ……空人、すまねえ。このオレとしたことが、こんな不様な醜態を」
清次は悔恨の思いで空人を振り向いた。
しかし空人はそんな清次を顧みず、ひとり考え事をしていた。
「技の性能を把握して、応用……」
「おい、空人? 空人!」
「わっ、な、なんだ?」
「ボーッとしてたぞ。どうした?」
「い、いや。なんでも」
「よくわからんが、まあいい。次こそは古大路をギャフンと言わせてやるぞ! オマエも手伝え!」
「あ、うん」
強い決意を秘める清次。
それを尻目に、空人はそわそわしていた。
早く学校が終わって欲しい。
今は夜がやってくるのが待ち遠しい。
※
目をつぶって一つ深呼吸。
手にした空き缶を軽く放り投げる。
握りしめたジョイストーンから力を引き出し、風を発生させる。
缶は下からの風に吹かれて空高く舞い上がった。
空人は眼を開いて一歩を踏み出した。
それと同時に背中側から追い風を作る。
風に押された体が勢いをつけて加速する。
空を飛んでいるような浮遊感が全身を包む。
猛烈なスピードで空人の体が前へ進んでいく。
地面に印をつけた位置までたどり着くと、今度は向かい風を発生。
「くっ……!」
二方向からの突風に挟まれて体が軋む。
しかし空人が予定位置に着いた時、空き缶はまだはるか上空にあった。
今度は斜め方向に向かってジャンプ。
同時に下からの風を起こす。
バランスが難しいが、上手く前進で風を受け止める。
空人は空へと舞い上がった。
今度は本当に空を飛んでいる。
そのまま空中で空き缶をキャッチ。
体が落下していく。
内臓が浮き上がるような気持ち悪さだ。
だが気を抜いたら大変なことになるので、必死になって意識を保つ。
着地のタイミングに合わせ、下方向への風で衝撃を中和。
「うおっ!」
わずかにタイミングがズレた。
バランスを失ってしりもちをつく。
「……ふへへ」
だが、人気のない公園で座り込む空人の顔は笑っていた。
最後は決まらなかったが、ほぼ成功したと言っていいだろう。
これまでにない練習の成果が出たことに空人はとても満足をしていた。
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