5 それぞれの憧れ
「それって、どんな人?」
「すごい人だよ。私なんかじゃ全然敵わないくらい」
なんだか面白そうな話だ。
空人は急に香織に対する親近感がわいてきた。
誰かにあこがれを抱いて頑張るなんて自分と同じじゃないか。
「それってひょっとして、生徒会長の美紗子さん?」
生徒会長の麻布美紗子はすごい人だ。
噂はいくつも耳に入ってくるし、力の一端をこの目で見ている。
さっき香織の口から会長の名前が出たので、空人はてっきり彼女のことを言っていると思ったのだが。
「はずれ。美紗子ちゃんもすごいけど、私が憧れてるのは違う人」
「気になるなぁ、有名な人?」
「有名だと思うよ。うちの学校の人じゃないんだけど……」
「名前は?」
「えっと……」
香織はなぜか逃げるようにそっぽを向いた。
「ひ、ひみつ」
「はぁ?」
思わずまぬけな声を出してしまった。
「なんか、私なんかが簡単に名前を口に出して良いような人じゃないっていうか」
「えっと……もしかして、好きな男とか?」
「違う違う! 女の人だよ! 別に好きとかそういうのじゃないし」
「逆に気になるよ。いったい誰なの?」
「こんど清次君にでも聞いてみてよ」
口に出すのも憚られるような女性……
いったい誰なんだろうか、想像もつかない。
というかそもそも知らない人物の可能性も高いだろう。
「でも、尊敬してるって知られて恥ずかしいような人じゃないよ。本当にすごい人なんだから」
「具体的にどんなところを尊敬してるの?」
「それも秘密。清次君にきいてね!」
香織はその人のことを思い出しているのか、斜め上を向いてほんのりと頬を染めている。
さっきから見ていると彼女は表情がコロコロ変わって面白い。
「でもやっぱり、その人に追いつくのは無理かなぁって思うんだ。ランニングだって特に何を鍛えようと思ってやってるわけでもないし。とりあえず何かを頑張らなきゃって焦ってばっかりでさ」
「そんなことないよ。必死に努力すればいつか憧れの人に追いつける日が来るよ」
根拠のない励ましは自分自身に対しての言い聞かせでもあった。
同じような思いを抱えている香織にもぜひ頑張っていて欲しいと思う。
「どうかな、私は空人君と違ってサボり気味だから」
「じゃあ今日から頑張ろうよ。俺も香織さんを応援するからさ」
空人は手を差し出して香織に握手を求めた。
頑張っている誰かを応援することで、自分もより頑張ろうという気になれる。
「ありがとう」
香織の手が空人の手に重なる。
自分が恥ずかしいセリフを言ったことに気づいて照れくさくなった
繋いだ掌から伝わる彼女の体温は、夏の夜の空気とは違った心地よい暖かさだった。
「私ももっとがんばってみるよ。空人くんと一緒にね」
「僕でよければいつでも力になるからね」
「うん。その時はよろしく」
香織が立ち上がる。
彼女が肩にかけたパーカーがふわりと夜風にはためいた。
「さ。夜も遅いし、そろそろ帰ろうよ」
「そうだね」
※
「そこの二人、夜中に外を出歩くのは校則違反よ!」
空人がベンチから腰をあげた瞬間、聞き覚えのある声が上空から聞こえてきた。
街灯の上、真っ赤な翼を背負った見覚えのあるシルエットがあった。
その人物……赤坂綺はなぜかさらにジャンプすると、翼をひろげてふわりと地面に着地する。
「って、あれ? 空人君じゃない」
「よお綺」
綺は空人と香織を交互に見比べて頬を赤くする。
「その、えっと、恋人同士の逢引は別に構わないんだけど、夜の街でそういうことされると私も立場上は取り締まらなきゃいけないから、できれば屋内でやってもらえると……」
「違うよ!」
空人は慌てて否定した。
なんでそう思ったのか。
「香織さんは清次の友だちだよ。散歩中に偶然会ったから少し喋ってただけ」
偶然は嘘だが変な誤解はされたくないし、能力の練習をしていることも内緒にしておきたい。
幸いにも綺はあっさりと信じてくれた。
「ああそう、清次君の友だちなんだ」
「はじめまして。一年一組の小石川香織です」
「一年四十二組の赤坂綺です。よろしくね」
綺と香織は互いに丁寧なお辞儀をした。
なんだかほほ笑ましい光景だ。
「じゃあ私は行くけど、あんまり遅くならないうちに家に戻ってね」
「ああ。綺も見周りごくろうさま」
綺はしゅたっと手を上げると、真っ赤な翼を翻して夜の空へと飛び立っていった。
生徒会に入ってからは毎夜街の治安を守るため見周りをしているらしい。
大変そうだが前にも増して充実した日々を送っているようだ。
「一年生なのに生徒会役員なんて、すごい人だね」
「まあな」
「空人くんが憧れる人って赤坂さんだったんだね」
「まあな……って、えっ!?」
「彼女と話している時の空人くんを見てたらわかるよ。あの人のこと好きなんだよね? 赤坂さんは気付いてないっぽいけど」
空人は慌てた。
そんなにわかりやすい態度をしてただろうか?
「私も赤坂さんの名前は知ってるよ。一学期の中間と期末どっちも学年トップだったし」
「あ、ああ。やっぱり有名なんだ……」
「それにあの翼……あんなJOY初めて見たよ」
「そうだね。なんといっても、あの
綺のJOYの特性は高機動単独飛翔能力とDリングを上回る絶対的な防御力である。
それを最初のJ授業で発現させたのだから、ずば抜けた才能の持ち主と言う他ない。
「いまなんて?」
「え、何?」
「勝ったって言った? あの荏原恋歌さんに?」
「う、うん……って言っても、途中で生徒会の人たちが乱入してきたから、完全な勝利とは言えないかもしれないけど。少なくとも一度は完全にノックアウトしたよ」
「うそ、あの恋歌さんが……!?」
香織も最強のJOY使いと言われている荏原恋歌のことは知っているのだろう。
彼女は地面に視線を落とし、驚きに目を見開きながら、小さな声で何事かを呟いていた。
※
「清次」
はさいだん! はさいだん!
「なんだ」
りゅうろうけん!
「
しん・りゅうろうけん!
清次の手が止まった。
画面の中の彼の操作キャラも動きを停止する。
その隙に空人が超必殺技を決め、相手のゲージを大幅に奪う。
清次はすでに画面を見ていなかった。
「小石川か? 小石川から聞いたのか?」
今にも掴みかからん勢いで顔を寄せてくる。
何かしら反応はあるかと思ったが、これは予想以上である。
「どこまで聞いたんだ?」
「い、いや、詳しくは何も聞いてないよ」
空人と清次は現在、視聴覚室のパソコンで格闘ゲームの対戦プレイで遊んでいる。
本来この単位はJ授業二段階の時間だったのだが、職員側の都合で急遽自習になったのである。
「まあ、いつまでも隠せるとは思ってなかったけど……」
清次は椅子の背もたれに寄りながら語り始める。
「清子さんはオレがL.N.T.に来る時に面接をしてくれた人で学園創設者の一人だよ」
「え、生徒じゃないのか?」
「ああ。今は街の中学で先生をやってる」
「へえー」
意外と言えば意外だが、それなら清次があまり女の子に関心を持たないのも頷ける。
「きれいな人だぜ。容姿は大人びてるのに、意外と子供っぽいところもあってさ」
「清次が操を立てるのはその人のことを忘れられないからなのか」
「気色悪い言い方するな。そんなんじゃねえよ」
そうは言うものの、その人のことを話す清次はちょっと見たことないくらい嬉しそうだ。
「つーか今も二週間に一度くらいは会ってるよ。まあ、あっちは働いているし、頻繁に相手してもらうわけにもいかないからさ」
「付き合ってるのか?」
「どうだろうな……気にかけてくれてるのは確かだけど、やっぱ歳の差があるからなぁ」
憂いを帯びた瞳で語る清次。
その横顔は自分よりずっと大人びて見えた。
もし弱みになるようならからかうネタにしてやろうかと思ったが、やめておこう。
清次が本気でその人のことを好きなのは空人にもよくわかったから。
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