4 この街の異常さについて

「ところで空人くんは何か目標があるの?」

「えっ?」


 空人が清子という人物について質問しようとすると香織は唐突に話を変えた。

 数秒前までの憂いを少しも感じさせない無邪気な表情で問いかけてくる。


 そんな香織に思わずドキッとしてしまい、思わず赤くなった顔を隠すようにジュースを飲んで視線を逸しつつ、空人は質問に答えた。


「まあ、目標って言えば目標かな。早くJ授業の第三段階に進みたいんだ」

「どうして?」


 首をかしげる仕草もどこか幼い子どもっぽい。

 綺とは全く違い、思わず守ってやりたくなるタイプだ。


 いかんいかん、僕は綺ひとすじなんだ。

 空人は首を振って香織の質問への答えを考えた。

 しかし「早く綺に追いつきたい」ではあまり格好が良くない。

 女の子が理由で努力してるなんて言ったら軽蔑されないだろうか。


 なにか別にそれらしい理由はないだろうかと考えていると、香織は空人の答えを待たずに心持ちトーンを落とし、まったく別のことを喋り始めた。


「空人くんはさ、この街の夜に何が起こっているか知ってる?」


 夜と言うと能力者たちの争いのことを言っているのだろうか。


「一応はね。千田中央駅のあたりとかヤバイって聞いてる。まあ、若気の至りってやつだろうけど」


 L.N.T.には街全体に特殊な電磁波が流れており、一部の教室を除いて異能力JOYジュエルオブユースの使用ができないようになっている。


 個人の力であらゆる現象を起こすJOYは使い様に寄っては危険な力だ。

 制限を設けるのは当然の処置だろう。


 しかし、夜の間だけはその制限が解除され、能力者たちは好き放題にJOYを使えるようになる。

 特に血気盛んな能力者たちは夜の街で争いを続け、覇権を競っている。


 そんな能力者たちが特に集まるのが千田中央駅周辺だ。

 空人も以前、第二段階に進んだ記念に遊びに行ってみたことがある。

 その時は繁華街に入る直前あたりで爆撃高校の生徒に絡まれ死にそうな目にあった。

 偶然通りかかった有名な女性能力者に助けられて何とか事なきを得たのだが……


 夜の制限解除のおかげで空人もこうして自主練習ができる。

 だが、本当はここだって危ないのだ。

 初めて夜間外出した時に爆高生に絡まれたのも、ここからそう遠くない住宅街である。

 だから万が一の時を想定して常に逃走経路は頭に入れてあった。


「若気の至りなんかじゃない。みんな利用されているだけなんだよ」


 香織の強い声に空人はぎょっとした。

 横顔を覗き込むと、暗い表情で足もとに視線を落としている。

 彼女は靴で地面を掘るように蹴りながら、ぼつぼつと呟くように話を続けた。


「授業だけじゃ能力の成果を見るには足りない。だけど、学校であまり危険なことはできないじゃない? だからラバースは……この街の大人たちはわざと夜中に能力制限を解いて、生徒たちを自主的に争わせているんだよ」

「それは、いくらなんでも考えすぎじゃないのかな」


 L.N.T.を造成し運営しているラバース社は世界に名だたる大企業である。

 この街がジョイストーンによって引き出されるJOYやSHIP能力と言った特殊な力を研究するための実験都市であることは誰もが承知しているはずだ。


 それでもあくまで生徒たちは「モニター」である。

 夜中に争っているのも避けられない能力空白時間を利用したモラトリアムの範疇。

 ……じゃないのだろうか?


「本当に安全に気を配るならジョイストーンを生徒に預けたままにしないよね。普段は学校で保管しておいて授業の時だけ返せばいいんだし」

「そ、それは一応、生徒たちを信頼して……」

「毎月何人も死者が出てるのに?」


 空人は何も言えなかった。


 生徒たちは夜中に出歩かないように厳しく言われている。

 が、逆を言えば学校がやっている対処はその程度のことである。

 外に出ない限りは危険な目にあうこともないとはいえ、この間の荏原恋歌の一件のように、無関係の人間が巻き込まれる可能性もゼロではない。


 綺たちみたいな生徒会役員が監視の目を光らせているのもおかしな話だ。

 運営が本気で取り組めばもっと簡単に治安は保てるはずなのに。


 香織の言ったように授業が終わり次第ジョイストーンを回収してもいい。

 ちゃんと訓練を受けたプロの警備の人に見回りをさせてもいいと思う。


 なのに実際には治安維持を行っているのは学生組織である生徒会だけ。

 それだってある意味では学園という後ろ盾を持った学生グループの一つと言えるだろう。


 何よりも、たくさんの死人が出ているというのに誰もが平然としているこの街は、やはりどこか異常なのかもしれない。


 中学までは外で暮らしていた空人もそれくらいはわかっていたはずだ。

 だけどいつしかL.N.T.の常識に染まり、疑問を持たなくなっていた。


「第三段階はね、資質のある夜の住人の増やすための授業なんだよ」


 ショックを受けている空人の目をまっすぐ見ながら香織はさらに言葉を続ける。


「その段階になるとそれぞれ個別に専門の指導員がつくの。生徒の能力を見極めてその人に合った相応しいを教えているんだ。単なる能力の使い方じゃない、戦闘のための技術をね」

「戦闘のための、技術……」

「それだけじゃないよ。第三段階では夜の街の情勢を基礎知識として教わるし、グループリーダーになったり、大きなグループの幹部になることも勧められる。力の弱い第二段階以下の生徒を守る……っていうか、都合よく利用するための大義名分も立つからね」


 荏原恋歌と戦った時の綺を思い出す。

 元から運動神経は良かったが、あれは普通の高校生の戦い方じゃない。


 彼女は習っていたのだろうか?

 敵を倒すための、戦闘の技術を言うやつを。


「夜の街を制すれば手に入らない物はない。それでなくても強いグループに所属すれば、それだけで仲間内じゃ好き勝手に振舞えるんだ。興味本位で夜の街に来ている弱い能力者を導いてやるのは使命だとか、第三段階のJ授業では、そんな危険な考え方を押し付けられるんだよ」


 気づけば香織は空人を見ておらず、諦観のまなざしで遠くを眺めていた。

 その方角には今夜も誰かが争っているかもしれない千田中央駅がある。


 夜の中央では怪我をして傷つく人もいれば命を落とす者もいる。

 死亡した生徒は『転校』という誤魔化しの言葉で片付けられ、この世から永遠に姿を消してしまう。


 そうなるのが嫌なら家に閉じこもってひたすら朝を待てばいい。

 なのに夜の街に繰り出す生徒たちは後を絶たない。

 それがどれほど異常なことなのか、誰もが当たり前のように振舞い過ぎていて気づけない。

 いや、本当はこの街が狂っていることなんてみんなわかっているはずだ。


 気づいていて黙っている。

 狂ったまま欲望のままに争い続けるか。

 何も知らないフリをして安全な場所に留まるか。

 ただそれだけの違いしかないのだ。


 だが空人の考えは少し違った。


「それを聞いちゃ、なおさら第三段階に進まなきゃな」

「え?」


 空人がそう言うと、香織は不思議そうな眼を向けてくる。


「クラスメイトに第三段階に進んだ娘がいるんだけど、彼女はそういうグループには属さないで、争いを止めるために能力を使っているんだ。生徒会もそうだけど好き勝手な暴力を嫌っている人は多いと思う」

「うん、そういう人もいるよね。美紗子さんとか本当に頑張ってると思う」


 けど、そういう人は絶対的に数が少ない。

 今のままでは流れを変えることなんてできない。


「僕はそういう人たちを助けるために、力が欲しい」


 だからこそ空人は狂った常識に反抗する人たちを強く応援したいと思う。

 たとえどんな思想を強要されようと、自分を強く持っていれば力の使い方を間違えることはない。


 本当はもっと個人的な理由もあるが、これもけっして偽りの気持ちではないのだ。

 第三段階になって綺に追いつくことは彼女と肩を並べて戦えるようになるということだから。


 好きな子と同じ道を歩むことができる。

 そんな想いが空人に毎晩の訓練をする力を与えてくれている。


「そっか、そういう考え方もあるんだね」

「まあ、まだ思ってるだけだけどね」


 香織は首を横に振り、心底から嬉しそうな笑顔を浮かべて言った。


「ううん。すごいよ空人くんは。そう言う風に割り切って頑張れる人ってなかなかいないと思う」

「いやあ」


 まだ何もなしていないのに感心されると逆に気恥しい。

 だが、まんざら悪い気分でもない。


「そう言う香織さんだってがんばってるじゃない」

「え?」

「夜中のランニング。部活のための体力作りでやってるの?」

「あ、いや、私は。あはは」


 なぜか照れたように顔を赤くして香織は笑ってごまかした。


「うん、まあ、ね。けど部活のためじゃないの」

「健康のため?」

「ちょっと違うけど、空人くんみたいな立派な理由じゃないよ。もっと個人的な理由」


 少しの沈黙の後で彼女は呟くように答えた。


「……どうしても、追いつきたい人がいるんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー