8 空気使い本郷蜜

 空人は飛んだ。

 誇張ではなく文字通りに空を飛翔した。


 下から発生させた風に乗り、公園入り口を塞ぐメンバーたちを飛び越える。


 足元に視線を向けると集団に囲まれた香織の姿が見えた。

 空人は体を縮め間後ろから発生させた突風で方向転換を行う。


 香織の所に向かって急加速!

 しかし、抱きかかえて飛び立つような器用な真似はできない。

 ならば着地の衝撃緩和を兼ねて、敵リーダーを思いっきり吹き飛ばしてやる!


 リーダーが倒されれば集団の統制も乱れる。

 逃げる隙ための隙もできるだろう。

 それが空人の考えた作戦だ。

 しかし、


「えっ!?」


 着地の瞬間、眼前にいたはずの敵リーダーの姿が書き消えた。

 空人はなんとか着地に成功したが、目標を見失ったわずかな隙が命取りになった。


 頭に強い衝撃。

 空人はたまらずその場で倒れてしまう。

 Dリングの守りを展開し忘れていたと気づいたのは、地面に顔面を打ち付けた後だった。

 


「どうした? あたしの≪幻の恋人ミラージュステイ≫で作った虚像は、抱きつきたくなるほど魅力的だったかい?」


 虚像……?

 幻を見せるJOYか。

 清次と一緒……


「空人くんっ!」


 香織の悲痛な叫びが耳を打つ。

 それが空人の身を案じる声だというのが情けなかった。

 助けに来たつもりが、相手を侮ったばかりに無様なピンチに陥ってしまった。


「このっ、動くなっ!」


 敵リーダーが香織の肩を掴む。

 後ろ手を縛られた香織はバランスを崩し、背中から地面に倒れてしまう。


「きゃっ!」

「香織さんっ!」


 事故にせよ目の前で女の子が乱暴を振われた。

 許せない行為への怒りに空人は即座に跳び起きる。


 立ち上がったところで戦う手段がないのは百も承知である。

 それでも、こんな姿を見て黙っていられるほど空人は無神経ではない。

 そして。


「よくも香織ちゃんをっ!」


 怒りを爆発させたのは空人だけではなかった。




   ※


 気付いた時には二人の生徒が吹き飛ばされていた。

 香織は顔を起こして公園の入り口の方を見る。

 蜜の体から強い暴風が巻き起こっていた。


「香織ちゃんに乱暴をした罪、あなたたち全員に償ってもらいます!」


 ポニーテールが解け、長い髪がふわりと拡がる。

 蜜は目の前に立ち塞がる敵の一人に近づいた。


 足を強く踏み込み、掌底を叩きつける。


「ぐぼぉっ!?」


 動き自体は決して派手ではない。

 しかし攻撃を食らった女生徒は腹を押さえて悶絶する。


「な、なにをしたっ?」


 別の生徒が戸惑いの声を上げた。

 蜜はくるりと体を半回転させ、その生徒の脇腹に掌底を叩き込んだ。

 攻撃を食らった女生徒はやはりその場で崩れ落ちて、苦しそうに地面をのたうち回る。


 圧縮した空気を衝撃に変え、相手の体に直接叩き込む。


 蜜のJOYは≪透明なる支配者エアマスター≫と言う。

 彼女が作り出した空気の塊を乗せた掌底は相手の内臓を容赦なく攪拌する。


 蜜は体をひねって宙に浮いた。

 その跳躍力は先ほどの空人には及ばないが、確実に敵の頭上を取っている。


 空中で腕を指揮者のように素早く動かす。

 真下にいる生徒たちの衣服がズタズタに破ける。


「いたい、いたいっ!」

「なんだこれ、うわああっ!」

「ひぃっ、化け物っ!」


 出血こそ酷くないものの、切り裂かれた衣服の下の肉は割け、真っ赤な傷口が覗く。

 蜜が作り出した見えない空気の刃による攻撃だった。


「すぐに治療をすれば痕は残りません。細菌感染でも起こせば話は別ですが」


 冷たく言い放って蜜は着地地点にいた生徒二人を同時に掌底で倒した。


「な、なんなんだよあいつはっ!?」


 怯えた表情を浮かべる千房。

 香織は淡々と説明をした。


「蜜ちゃんは空気を操る能力者なの。普段は大人しいけど、怒るとすごく怖いんだよ。以前も夜の中央で私に絡んで来たグループを一つ全滅させちゃってるんだから」

「知らない、そんな話は知らないぞっ! なんで、そんなやつが夜の街に出て来ることもなく……っ!」

「言ったでしょ。目立たないだけですごい人はいくらでもいるって」


 蜜は友達思いの優しい少女である。

 だが、一度キレると手がつけられない一面も持っている。

 自分の能力を正しく把握し、それを戦闘で発揮できるセンスも持っている。

 侮ってDリングの守りを展開していなかった時点で千房たちの敗北は免れなかったのである。


「このっ……奈美なみ! そんなやつさっさと片付けてしまえっ!」


 最後に残ったメンバーの一人が蜜の前に立ちふさがる。

 身長一八〇センチはあろうかという大女で、四肢は丸太ほどもある。

 仲間たちが蜜に倒されても慌てずに両腕を組んで眺めていた達人の物腰を纏う女。


 千房からのの彼女に対する信頼を見るに、おそらくは第三段階のJOY使いなのだろう。

 奈美はDリングの守りを展開して油断なく身構え、蜜と相対する。


「小娘。お前が相当な使い手なのはわかった。だが、上には上がいることを――」


 蜜は彼女の言葉を最後まで聞かなかった。

 ふわりと宙に舞い、回転しながら彼女の直上を通り過ぎる。


「――『dream hold!』」


 いくつもの風の刃が大女の周囲を取り巻いた。

 目で見えるほどの空気の流れになってロープのように敵の動きを拘束する。

 逆さまになった蜜の顔が不敵な笑みを浮かべていたのを、香織ははっきりとその目で見た。


「ぐじょおおおおおおっっっ!」


 女のものとは思えない絶叫をあげて大女の肉体が締め上げられる。

 Dリングの守りを破る乾いた音が響き、大女の巨体はうつ伏せに倒れた。


「少しやりすぎましたが……朝までには目を覚ますでしょう。たぶん」


 ビクビクと体を痙攣させる奈美を一瞥し、蜜はゆっくりと香織たちの方へ歩いてくる。

 これはヤバいと直感した香織は即座に自らを縛っていたロープを切った。

 先程から隠し持っていたペーパーナイフで削っていたのだ。


 千房は香織が自由を取り戻したことに気付いていない。

 恐怖に震えながら迫りくる蜜を見ていた千房は、


「≪天河ブロウクン――」


 背後から近づいた香織の、


虹霓レインボー≫っ!」


 虹色に光る拳を食らって昏倒した。




   ※


 よくわからないうちに敵が全滅していた。

 それが一部始終を見ていた空人の感想である。


 大人しい少女という印象しかなかった蜜が、瞬く間に敵の大半をやっつけてしまった。

 しかも捕らわれていたはずの香織が自らの手で敵のボスを倒した。

 結局、空人は何もしていない。


「よかった、香織ちゃん。無事でほんとうによかったっ」

「蜜ちゃんこそ、あんまり無茶しちゃダメだよっ」


 二人の少女が抱き合って無事を喜び合っている。

 これが自分の奮闘による結果ならともかく、まったくの部外者という現実は悲しいものがある。


 しかし今の戦いを見ていた空人には一つ思いついたことがあった。


「あのっ」


 空人は思い切って二人に声をかけた。

 数秒の後、顔をあげた蜜と視線が交わる。


「あ、空人くんも助けに来てくれてありがとうねっ」

「ありがとうございます。空人さんが協力してくださったおかげで無事に香織ちゃんを救出できました」


 非常に虚しいフォローだったが、この際それはいい。


「蜜さんは風を使う能力者なんですか?」

「え、ええ。私の場合は風というより『空気使い』ですが」


 まあ、どちらでも似たようなものだろう。

 蜜のJOYは空人の能力と非常に良く似ている。


 そして彼女は空人よりもずっと強い。

 ならばやることは一つだけだ。


「お願いがあります、僕にJOYの上手い扱い方を教えてもらえませんか!?」


 二人分の「え?」という声が返ってくる。

 同じタイプの能力者でありながら、こうも自由自在に風の技を操る蜜。

 それは天性の才能と呼べるものだろうが、自分が戦い方を学ぶとしたら彼女しかいないと思った。


「そんな、私は教えるほどの事はなにも……」

「もし忙しいようだったら、アドバイスをもらえるだけでいいんです。ぜひ!」


 空人は頭を下げた。

 彼女と出会えた幸運を逃したくはない。

 蜜に師事できるなら頭を下げるくらい安いものだと本気で思う。


「……わかりました。そこまでお願いされては断れませんね」

「じゃあ!」


 空人は喜んで顔をあげた。

 目の前には二人の少女の笑顔。

 純粋に祝福をしてくれる香織の笑顔。

 そして、やや邪悪な影を持った蜜の薄笑い。


「その代わり私は甘くありませんよ。まずは基礎体力作りからです。明日から一緒にランニングを始めましょうね」

「よかったね空人くん。これからみんなでがんばろう!」

「うっ……は、はい。ありがとうございます」


 早くも少しだけ後悔しながら、空人と香織、そして蜜の夜は過ぎていく。

 通り過ぎる風はほんの少しだけ秋の色に変わっていた。

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