2 弓道部の二人組
空人と清次は第二校舎へ向っていた。
第二校舎は
普段は第十一校舎から出ることはないが、J授業だけは別校舎になるので移動が必要なのだ。
「あっ」
広場の木の下を歩いている二人組がいた。
その片方に空人は見覚えがあった。
昨日のメガネの女の子だ。
あちらも空人に気づいたらしく、こちらを見て手を振っている。
「あの子だよ、昨日の夜に声をかけてくれた子」
「あ、おい」
清次が何か言おうとしたが空人は構わず小走りで彼女に近寄った。
声の届く距離に近づくと向こうから挨拶をしてくる。
「こんにちはっ」
「こんにちは。昨日はどうもありがとう」
「ううん、ついでだったから」
とりあえず言いそびれていた礼が言えてよかった。
「
隣の女の子が彼女に尋ねた。
短めポニーテールの美人な子だ。
「ほら、このまえ喋ってた人。ランニングの途中でいつも見かけるJOYの練習をしてる男の子だよ。昨日ちょっとお話をしたんだ」
彼女は香織という名前なのか。
かわいらしくて似合っていると空人は思った。
「えっと、僕があの公園にいるの、いつも見てたの?」
「いつもじゃないけど、よく通りかかる時に目にするから」
「香織ちゃんは夜中にランニングするのが趣味なんですよ」
ポニーテールの女の子がニコニコしながら言う。
大人しそうというか、丁寧な物腰の子である。
「やだ
「ランニングが趣味なのはいいと思うけど、わざわざ夜中に?」
第二校舎の方から歩いて来たということは、彼女たちも第二段階のJOY使いなのだろう。
ならばL.N.T.の夜の危険さはよく知っているはずだ。
「あ、うん。けど明るいうちは人目もあって恥ずかしいし部活もあるから」
「私たち弓道部なんです」
なるほど、見た目からしてタイプの違う二人だがそれならどちらにも似合っている気がする。
「よく考えたら昨日はいきなりだったね。あらためまして、
「僕は星野空人。よろしく」
屈託のない笑顔を向けられて空人は少し照れてしまう。
こんな風に女の子と知り合いになるのも初々しくていいものだ。
「で、こっちが
「新設の部で上級生がいないから仕方なくやってるだけですよ。よろしく、星野さん」
本郷さんは丁寧にはお辞儀をする所作にも品が感じられる。
おっと、見とれてないでこっちの連れも紹介しないとな。
「清次。お前も来いよ」
何故か清次は少し離れた所で突っ立っていた。
彼はまっすぐ香織の方を見ている。
「よお、小石川」
「あ……内藤くん」
清次が気軽に挨拶すると、香織は少し戸惑ったような顔を見せた。
「知り合いなのか?」
「ん、まあ。昔のクラスメイト」
「昔の……っていうことは」
空人は言いかけた言葉を喉に詰まらせた。
逆に当人である清次はあっさりとその言葉を口にする。
「そ、小石川もオレと同じ留年組」
清次は空人より一つ年上なのである。
訳あって留年しているらしいが、理由は聞いていない。
別に気にしていなかったし、いちいち詮索する必要もないと思っていたからだ。
ただ、彼の他にも留年した生徒がいるというのは初耳だ。
「あの、内藤くん……あの時は本当に、その」
「もうやめてくれよ、そういうの。オレは全然気にしてないからさ」
なにやら深い事情がありそうだ。
藪を突いたような気まずい気分だったが、清次は平然と話を切り上げる。
「もうすぐ授業が始まるな。行こうぜ」
強引に腕を引かれながら空人は香織を見た。
まずいことをしたと言いたげな憂い顔をしている。
何か言った方がいいか?
「あの、またね!」
迷った末、空人の口から出たのは単純な再開を約束する言葉だった。
香織は口元だけうっすらと笑みを浮かべ、手を振って返事をしてくれた。
※
「なあ、何があったんだよ。あの子と」
第二校舎に入っても清次が黙ったままなので、空人は思い切って尋ねてみた。
「なにがって?」
「とぼけるなよ。知り合いにしてはずいぶんとよそよそよそしかったじゃんか」
「たいしたことじゃねーよ。自分のせいでオレが留年したんだって思ってるんだ、あいつは」
思いもよらない言葉だった。
空人は足を止め、それに気づいた清次も教室の前で停止する。
「それって、どういうことだ?」
「話すほどのことじゃないって」
これまで空人は清次が留年した理由を、病気かサボりで出席日数が足りなくなっただけだろうと当たりをつけていた。
しかしそんな単純な理由ではない、なにか深い事情があるみたいだ。
「……そうか。なんか悪かったな」
気にならないと言えば嘘になる。
だが清次が話したがらないのなら、無理矢理聞き出すようなマネはしたくない。
それで彼との友情にヒビが入るのは嫌だ。
「もしさ、また夜にでも小石川に会うことがあったら、お前から言っておいてくれよ」
「何をだ?」
「小石川のことは本当に恨んでない。オレは何にも後悔してないからな、って」
よくわからないが、香織のことを悪く思っていないのは確かなようだ。
それで丸く収まるなら彼の言うとおりにしよう。
「わかった。伝えておくよ」
「頼むぜ。それとな、前にも言ったけど、オレはむしろ留年してよかったと思ってるんだぜ……お前みたいな友だちもできたしな」
にかっと笑う清次はとても爽やかで、その言葉に嘘はないと空人は思った。
しかし、その爽やかさが逆に嫌な想像をかきたてる。
「おまえ、やっぱり僕のことを……」
「違うって言ってんだろ!」
かなり本気でど突かれた。
空人は壁際に突き飛ばされながらも安堵していた。
やっぱりこいつはいいやつだ。
過去に何があろうと、友達であることに変わりはない。
そんな風に二人がじゃれ合っていると、
「教室に入るなら邪魔だからさっさとしてくれないか」
突然、冷淡な声が浴びせかけられた。
隣のクラスの
「あ、ああ。悪い」
「ふざけ合うのは結構だが場所と時間を考えろ。周りの迷惑になっている自覚は持って欲しいものだ」
古大路はわざと清次の肩にぶつかるようして二人の横を通り過ぎる。
「なんだ、このヤロウっ」
「おい、よせよ」
古大路に喰ってかかろうとする清次を空人は慌てて止めに入った。
「あいつにはちょっかい出さない方がいいって。前にお前が自分で言ってただろ」
「へっ、スカしたオールバック野郎が」
清次は古大路の背中に向かって中指を立てる。
「どいてくれ、くらい言えってんだ。地主の一人息子だからってお高くとまりやがって」
清次の罵声は聞こえているはずだが古大路は無視して教室に入っていく。
古大路家はL.N.T.造成前からこの辺り一帯の土地を所有していた大地主である。
その一人息子に逆らったら、SPに秘密裏に抹殺されるなんて噂もあった。
この街の実情を考えるとあながち嘘とも言い切れないのが怖い。
しかしそんな噂とは裏腹に、古大路偉樹は非常に目立たない存在だった。
長身痩躯でモデル然とした甘いマスク。
容姿だけなら十分に人目を引くにも関わらずだ。
何といえばいいのか……
本人に全く覇気が見られないのだ。
権力を笠に着ることもなければ、大衆に媚びるようなこともない。
ただ、超然とそこに存在しているだけ。
成績もよくJ授業も二段階に進んでいる。
というのに、家柄と容姿以外は取り立てて語るようなところは見られない。
休憩時間中もずっと一人で読書をしているような不思議な男であった。
唯一、彼が目立った動きを見せたのは、クラス対抗で行われたイベントの時くらいだ。
試合自体は彼の祖父である
あの試合以降、古大路偉樹は嘘のように目立たなくなってしまった。
まあ、あいつの身に何があろうと、空人たち一般人には関係のない話なのだが。
チャイムが鳴った。
「ほら、僕たちも行こうぜ」
空人はまだイライラしている清次の腕を掴み、J授業二段階の講義を行う教室へと入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。