第6話 風薫る秋の夜に
1 風薫る秋の夜に
「風よ!」
ジョイストーンを握りしめた腕を振り、下から舞い上がる風を呼び起こす。
空き缶は地面に落ちる直前で風に拾われ再び宙に舞い上がった。
その間に右から回り込むよう猛ダッシュ。
あらかじめ地面に印をしておいた場所で停止する。
ところが……
「うわっ」
勢いあまって前に倒れて膝をついてしまう。
その時にはもう空き缶は地面スレスレまで落ちていた。
「このっ、もう一度!」
ろくに狙いもつけずに能力で突風を放つ。
風は真横から空き缶に当たって公園の外まで吹き飛ばした。
「はあ……」
見えなくなった空き缶を拾いに行く気にもなれず、空人はその場に尻もちをついた。
※
荏原恋歌の事件から数日後。
まだ残暑が厳しい流瀬台の自宅近く公園で。
空人は今夜もひとりで能力の練習に励んでいた。
先の事件で≪
またあんな事件が起こったら?
今度こそ何もできないままなのは嫌だ。
だから空人は以前にも増して熱心に能力の練習をするようになったのである。
とは言っても、自分の能力が彼女たちと比べて明らかに戦闘に向いていないのは事実。
ならば、男らしく修行をして強くなろうと考えた。
ただ風を起こすだけでは弱い。
このJOYには≪
だったら体力をフルに使い、常に走り回りながら能力を併用したトリッキーな戦闘ができれば……
などと思っているのだが。
「なかなか上手くいかないよなぁ……」
風を扱うことには慣れてきたものの、有効な使い道が見当たらない。
やっぱり清次の言う通りにスカートめくりくらいの役にしかたたない力なんだろうか。
「はあっ」
大きく伸びをして、そのまま背中から地面に倒れる。
この空の下のどこかで、
最強のJOY使い荏原恋歌を倒した綺は、
空人と彼女との差はどんどん広がっていく。
このままじゃいつまで経っても綺につり合う男になんかなれそうもない。
空人は首を振って立ち上がった。
落ち込んでいてどうする。
そんな暇があったら能力の練習だ。
気持ちを切り替えろ。
妥協なんかしないと誓ったはずだ。
空き缶の代わりになるものを探しに空人は公園の外に出た。
その時。
「こんばんは」
女の子とすれ違った。
だぶだぶのジャージを着てメガネを掛けた、ショートヘアの女の子だった。
彼女は両手にペットボトルを持ち、片方を空人に差し出してくる。
「おつかれさま。いつも頑張ってるね」
「え、あの」
押し付けるようにペットボトルを渡して少女は二コリと微笑む。
「じゃあ、がんばってね」
そのまま手を振って走り去っていく。
もらった缶ジュースを手に、空人は固まったまま謎の少女の後姿を眺め続けていた。
※
「……で、何が言いたいわけ?」
翌日の学校である。
空人は昨晩の話題を振ったが、清次はあまり興味がない様子だった。
「だってほら、怪しいじゃん? あんな時間に女の子が一人でいることもだし、なにか目的があって僕に近づいたのかも」
「普段からよくお前を見てる女の子に応援してもらったってだけの話だろ。お前のそれは相談のフリした単なる自慢話だ」
「違っ」
……くもないかもしれない。
実際のところ、彼女がくれたのは普通のスポーツ飲料だった。
美味しく喉を潤した後、空いたペットボトルを使って練習を再開している内に、はじめて何かおかしいと気づいたくらいだ。
「要するに近所に住んでるお前のファンだ。いつもやかましく能力の練習をしているお前を気遣って差し入れしてくれたんだよ」
「ファンって……けど、やっぱりそうなのかな」
空人は椅子の背もたれに体を預けて昨日の娘の顔を思い出した。
野暮ったい格好の地味な女の子だったが、そこそこ可愛かったような気がする。
陰で努力する自分の姿を見て応援してくれていた?
そう考えると悪い気はしない。
「よかったな。じゃあ、これを機に報われない恋は諦めてその娘と付き合っちゃえよ。ほら、今だから言うけど、やっぱりお前に赤坂さんはちょっと不釣り合いだぜ」
「ばかやろっ」
空人は教科書を投げつけて清次を黙らせた。
それから教室の反対の端にいる赤坂綺の方を見る。
綺は友だちと始業前のおしゃべりを楽しんでいる。
どうやら清次の声は聞こえなかったようだ。
「冗談はともかくさ、好意を持たれて悪い気はしないだろ。わざわざ声までかけてくれたんだから脈ありとみたら乗り換えてみるのも一つの青春だぜ」
ぶつけられた教科書を拾いながら清次はニヤニヤ笑う。
「そういう清次は付き合いたい女の子とかいないのかよ」
「オレは自由気ままに青春を謳歌するだけさ」
そう言って彼はおどけたように肩をすくめる。
入学してから半年近い付き合いだが、空人はいまいち清次のことがわからない。
話し上手で会話の膨らませ方もうまい。
けど彼が特定の女の子と付き合っている様子はない。
「まさかお前、僕が狙いじゃないだろうな」
「バカ野郎」
今度は空人が教科書をぶつけられた。
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