8 舞い降りた翼! 赤坂綺VS荏原恋歌!

 なんだ、この女は?


 巨大な翼を背負って奇妙な所から現れた謎の女子生徒。

 恋歌は彼女をよく観察した。見覚えはない。


 あの翼はおそらくJOYによって具現化したものだろう。

 あんな派手な能力を持つ者が中央にいるなら噂の一つも耳に入ってくるはずだ。


 ならば表に出ない者……水瀬学園の生徒会役員か?

 いや、奴らは今ごろ虚偽の情報に踊らされ、フェアリーキャッツの本拠地に向かっているはずだ。

 仮に争いが回避されたとしても、この場所がわかるはずはない。


 とすれば、新しく能力を手にしたばかりの一年生か。


「あなたは何者かしら?」


 恋歌が問いかける。


「悪党に名乗る名前などないわ!」


 しかし、返ってきたのはバカらしい答えだった。


「貴女の仲間が私のクラスメイトを連れ去るのは空から見ていたわ。私は彼女を助けるためにやってきた、あえて言うなら悪を滅ぼす正義の使徒というところね!」

「……ふっ」


 苛立つ気分を抑え、口元で笑みを浮かべてみせる。

 どこの誰だろうと気にすることはない、口封じする相手が一人増えただけだ。


「くだらないごっこ遊びは他でやってちょうだい」


 こういうバカはさっさと眠ってもらうに限る。

 恋歌は翼の女に視線を向けたまま≪七星霊珠セブンジュエル≫の一つを彼女の後方に回り込ませた。


「赤坂さん、危ない!」


 人質の女がそれに気づいて叫んだが、もう遅い。


「首を突っ込んだこと、後悔なさい」


 光球は女の背後に移動すると、砲弾のように急加速した。

 

 縦横無尽緩急自在の光の球。

 恋歌の前に立ち塞がる者すべてを排除する最強のJOY。

 この≪七星霊珠セブンジュエル≫に狙われたが最後、逃れられた人間はいない。


 ――はずだった。


 バチン。

 乾いた衝撃音が響く。

 翼の女は一歩も動いていない。

 無事な姿でさっきと同じ位置に立っていた。


「そんな見え透いた不意打ちが通用するとは思わないことね!」


 ……バカな。


 恋歌は驚愕した。

 この光球は当たればDリングの守りすら粉砕する。

 麻布美紗子のように一撃で倒せなかった相手は過去にもいたが、直撃を受けてまともに立っていた者などこれまで皆無である。


 それを――この女は、背中の翼で完全に防ぎ切った。


「あなたは何者かしら」


 もう一度、恋歌は問いかける。

 今度は純粋に相手の正体に興味があった。


「人に名前を尋ねる前に、自分から名乗ることね!」


 ……そうか、知らないというのか。

 この荏原恋歌を。


 やはり、この女は夜の住人ではない。

 ならば自分がどれほど身の程知らずなのかを教えてやろう。


「私は美隷女学院二年、荏原恋……」

「水瀬学園一年、赤坂綺よ!」


 間髪入れず、奇妙に胸を張って名乗りをあげる翼の女。

 本当はこちらの名など興味もなかったのだろう。

 むしろ早く名乗りたくてウズウズしていたのかもしれない。


 数分後には自らの軽率な行動を後悔する羽目になるとも知らないで。


「ふっ……」


 苛立ちを堪えつつ恋歌は考察する。

 どうやらあの翼は防御に特化した能力のようだ。

 光球を防がれたのは驚いたが奇妙な形の盾だとでも思えばいい。

 実戦経験もない新入生が、夜の女王と呼ばれたこの私にかなうものか。


「だめだ、綺! 逃げるんだ!」


 空人とかいう男が翼の女を見上げて叫んだ。


「こいつはその辺の不良たちとは違うんだ! 僕が時間を稼ぐから、人質の娘たちを連れて早く逃げろ!」


 目障りな男だ。

 時間稼ぎなどできもしないくせに。

 弱いのに正義ぶる男は恋歌の一番嫌いなタイプだ。


「あなたは寝ていなさい」


 周囲に滞空していた≪七星霊珠セブンジュエル≫を空人に向かわせる。

 こいつのJOYがそよ風を起こす程度の威力だというのは確認済み。

 もう一度攻撃を当てれば二度と立ち上がることはできないだろう。


 恋歌は光球を男に向かって撃ち出した。

 しかし、攻撃は当たらなかった。


「危ない!」


 凄まじい速度で降りてきた赤坂綺が光球の軌道に割り込む。

 地面に降り立った彼女が翼を広げて男を庇った。


「大丈夫、空人君!?」

「あ、ああ……いや、綺の方こそ大丈夫か?」

「私は大丈夫よ、この程度の攻撃じゃビクともしないわ」


 この程度、だと?


「ほざくわね、一年の分際で」


 さすがにこれ以上は怒りを抑える自信がない。

 二度も攻撃を防がれた上、最強と自負するこの能力を侮辱されては。


 あの翼が高い防御力に加えて機動力も備えているのには驚いたが、どうせ数分後には地べたに這いつくばるという結果は変わらない。


「そんなに死にたいなら望み通り殺してあげるわ!」

「許せないのはこっちよ。罪もない生徒を誘拐したうえ、空人君をこんな目に合わせるなんて!」


 赤坂綺は怯むどころかまっすぐな目で睨み返してくる。

 思えばここ一、二年はまともに自分と向き合ってくる者もいなかった。


 良い度胸だ。

 今夜は久しぶりに楽しめそうじゃないか。

 この荏原恋歌を侮ったこと、死ぬほど後悔させてから息の根を止めてやる。


 赤坂綺の熱い瞳。

 荏原恋歌の冷酷な瞳。

 二つの視線が宙で交差した。




   ※


 翼を広げて迫ってくる赤坂綺。

 恋歌はそれを≪七星霊珠セブンジュエル≫で迎え撃つ。


 攻撃は翼によって阻まれたが、突進するの威力は弱まった。

 足元に二つの光球を配置。

 その上に乗って恋歌は宙に舞い上がる。


 赤坂綺が急上昇し追ってくる。

 そのスピードは恋歌に勝るとも劣らない。

 だが直線で向かってくる敵など格好の的でしかない。


「喰らいなさい!」


 周囲の光球のうち三つを一箇所に集める。

 その場で互いを追うように高速で回転させる。

 円軌道を描く三つの光はやがて一つに重り射出される。


 必殺、『三連星』


 流石に脅威と見たか、赤坂綺は突っ込んでくるのを止めた。

 その場で停止し赤い翼を前面で交差させ防御の姿勢をつくる。


 無駄よ!


 三連星が命中する。

 赤坂綺の体が吹き飛んだ。

 そのまま遥か下の地面に叩きつける。


 恋歌とて自らの能力に慢心しているわけではない。

 JOYの使い方についても日々研鑽しているのだ。


 この『三連星』を編み出した時、恋歌は美女学裏手の森で巨木を七本同時になぎ倒した。

 人間に向かって放つのはもちろんこれが初めての経験だ。

 単発の攻撃には耐えてもこれは防ぎきれまい。


 恋歌は光球に乗ってゆっくりと高度を下げていく。

 おそらくはすでに生きていないであろう赤坂綺の前に降り立ち――


「やあっ!」

「っ!」


 赤坂綺の拳が恋歌の前髪を掠めた。

 恋歌が地面に降り立つと同時に、起き上がって攻撃をしてきたのだ。


 攻撃自体は紙一重でかわしたが、この間合いでの攻撃を受けたのは、恋歌の記憶にある限りL.N.T.に来てから初めての経験だった。


 光球に飛び乗り再び距離を離す。

 やはり三連星が効いているのだろう。

 赤坂綺は肩を押さえたまま呼吸を荒げる。


「ふふ、油断大敵ね。まんまと直撃を食らったわ」


 余裕そうな言葉とは裏腹に、赤坂綺が負ったダメージは大きいはずだ。

 しかし恋歌の受けたショックはそれ以上だった。


 三連星ですら倒せない。

 さっきまでは名すら知らなかった女。

 こんな新入生が、このL.N.T.にいたなんて。


「今度はこっちの番ね!」


 赤坂綺が再び翼を広げて飛んでくる。

 まるで馬鹿の一つ覚えだ。

 恋歌は後ろに下がりつつ足元のとは別の光球で迎撃をした。


 慌てることはない。

 さっきの攻撃だって効いていないわけじゃないのだ。

 もう一度直撃させれば、今度こそ立ってはいられないだろう。

 それでも立ち上がるのなら倒れるまで何度でも光球をぶつけてやる。


 五つの光球が次々と赤坂を襲う。

 赤坂は逃げ回りつつ翼でガードするがや、はり動きは鈍い。

 肉体の疲労は精神力を削り、JOYのコントロールにも影響を与えるのだ。


 恋歌は遠隔操作で二つの光球を交互に赤坂の翼に撃ち込んだ。

 そうやって牽制しながら残る三つを一箇所に集める。


 赤坂の動きが止まった。

 恋歌が再度必殺の一撃を放とうとしている事に気がついたようだ。


 標的が大きければ狙いやすくもある。

 その邪魔な翼ごと今度こそ破壊してやる。


「死ね」


 高速で回転する三つの光球。

 もはや避けることはできまい。


 意外と手こずらせてくれたが、これで終幕だ。


「はあああっ!」


 ところが、赤坂綺は信じられない行動に出た。


 こちらに向かって飛びつつ体をひねって半回転。

 彼女の背から赤い翼が消失する。


 三連星は宙で仰向けになった赤坂綺の背中スレスレを掠めていった。

 攻撃をかわした赤坂綺は再び翼を発現する。


「くっ!」


 地面に降り立ち、足場に使っていた光球を撃ち出して迎撃。

 それも真っ赤な翼に阻まれて赤坂綺の体には届かない。


 恋歌は驚愕していた。


 この女は今、絶対的防御力を持つJOYを自ら解除したのだ。

 翼を消すことで攻撃に当たる的を小さくするために。


 正気とは思えない。

 三連星を生身で食らえば、体がバラバラにはじけ飛んでもおかしくないんだぞ。


「この――」


 こうなれば背後からもう一度光球を呼び戻……そうとして、恋歌は躊躇った。

 この位置関係で撃てば自分の攻撃に当たる恐れがある。


 一瞬の迷いが赤坂綺の攻撃を避ける機会を失わせた。


「くっ!」


 赤坂がくるりと体を縦回転させる。

 遠心力をたっぷり込めた踵落とし。

 強烈な蹴撃が恋歌の肩に突き刺さる。


 Dリングの防御があるため致命傷にはならないが、恋歌は初めて地面に膝をついた。


「この――っ」


 煮えたぎるような怒り。

 突き動かされるよう恋歌は立ち上がる。

 反撃に移る前に目の前の赤坂綺が恋歌に仕掛けてきた。


「てやぁ! たあっ!」


 腹に拳。

 腰に回し蹴りの二連撃。


 どちらも大した威力ではない。

 しかし恋歌はJOYを得て以来、他者に体を触られた記憶など皆無である。

 そんな彼女にとって、このような殴打蹴撃を食らうのは、この上のない屈辱であった。


「貴様あぁぁぁっ!」


 怒りの咆哮を上げ、一番近くにあった光の球を呼び戻す。

 調子に乗ってさらに攻撃を繰り返そうとする赤坂綺。

 その無防備な背中に後ろから光球が襲いかかる。


 次の瞬間、恋歌は浮遊感の中にいた。


 腕を取られ、投げられたと気づいたのは、上下逆さまに映った赤坂の勝利を確信した表情を見た時。


「ぐぶっ!」


 自ら放った光球が背中に突き刺さる。

 恋歌は悶絶して意識を失った。

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