7 女帝来襲
見張りをやっつけ周囲の安全を確認。
他に敵がいないことを確かめて空人たちは人質を解放した。
彼女たちを縛っていたロープは近くに落ちていたガラス片で切る。
「大丈夫?」
「あ、はい……あなたは、同じクラスの……?」
「星野。ほら、そっちの娘も」
全員を解放する。
どうやら誰も怪我はしていないようだ。
一安心したのち、空人たちは改めて拘束した見張り二人の方を見た。
「さて、彼女たちをどうしようか」
「殺しちゃった方がいいと思います」
人質の一人、中学生らしい女の子が言った。
その冷酷な物言いに空人はギクリとする。
「生かしておいたら荏原恋歌に報告されます。こいつらは人殺しもやってる夜の住人です。なら当然、自分たちもそうされる覚悟は――」
ごつり。空人は彼女の頭をグーで殴った。
「な、なんで殴るんですかっ」
「人を殺すとか簡単に言うんじゃない」
「でも、顔を見られているんですよ? 今夜は無事に逃げたとしても、次はあなた達が報復を受けるかもしれないじゃないですか!」
「それでも殺すほどのことじゃない。こいつらをやっつけたのは僕たちなんだから、どうするかは僕たちが決めるよ」
空人は真面目な顔で彼女を叱った。
若いうちはつい過激な意見に走りがちである。
だから年長者が諌めてあげなければ……と、そう思った。
「うう……わかりましたよ」
女子中学生は頬を膨らませてそっぽを向く。
しぶしぶだが納得してくれたようだ。
「ともかく、はやくお姉ちゃんに知らせないと」
「君のお姉さんって?」
「水学生徒会長の麻布美紗子です。どうやら荏原恋歌に狙われているみたいなんですよ。ここまで追って来たってことはアシがあるんですよね? せっかくなら最後まで付き合ってください」
図々しいというか神経が太いというか、さすがあの生徒会長の妹だけのことはある。
空人は生意気だと思うよりも彼女の逞しさに素直に感心してしまった。
人質を解放した時点で役目は終えたつもりだったが、どうやらもう一仕事しなきゃいけないようだ。
「清次、悪いな」
「仕方ないだろ。ここまで首を突っ込んだからには放っておけないさ」
怖いと思う反面、空人はわくわくしていた。
降ってきた災難と呼べなくもない。
だが、街の運命がこの手にかかっているのだ。
非日常に飛び込んだという高揚感は止められない。
足立美樹ともう一人の水学女子生徒には先に家へ帰らせる。
空人と清次、それから会長の妹の三人で千田中央駅に向かうことになった。
「よし、行くぞ。
清次が言った、その瞬間。
「その必要はないわ」
別の声が重なる。
場の全員が凍りついた。
その声は工場の入り口から聞こえてきた。
人が立っている。
この場にいるはずがない人物。
一足先に千田中央駅に向かったはずの、L.N.T.最強の能力者……
荏原恋歌がそこにいた。
※
美樹は生まれて初めて死を予感するほどの恐怖というものを知った。
さっきとはまるで違う、明確な殺意をもって向けられる視線。
物理的な圧力すら感じる気迫。
それはまるで暴風のように恋歌の体を中心に巻き起こっている。
「ど、どうしてここに……」
清次という少年が絞り出すように言った。
その声にさっきまでの余裕はない。
彼も美樹と同じ恐怖を感じているのだ。
「戻ってきたのよ。まさか二人がやられているとは思わなかったけれどね」
「最初からオレたちに気づいていたんだな」
「原付で尾行しておいて見つからないと思う方がどうかしているわ。てっきり生徒会の人間が放った密偵かと思っていたのだけれど、どうやら違うみたいね」
「そ、それじゃ」
人質の中学生、
「他の皆は先に中央に向かっているわ」
「くっ……」
「もちろん私もすぐに追いつく。ネズミ退治にたいした時間はかからないもの……ねっ!」
恋歌が猛スピードでこちらに向かってきた。
走っているのではない、彼女は宙に浮かぶ小さな光の球の上に乗っていた。
それは美樹たちの数メートル手前でピタリと停止した。
どうやらあの光の球が荏原恋歌のJOYらしい。
足元の二つ以外にも五つ、光の球は荏原恋歌の周囲に浮かんでいる。
「ふふ……」
恋歌は不敵な笑みを浮かべた。
「三人とも、僕の後ろに――」
少年が美樹たちを庇うように前に出る。
さっそうと現れ、敵をやっつけて自分たちを開放したクラスメイト星野空人。
美樹はその男らしい姿に思わずドキリとするが……
「うわーっ!」
直後、空人の体が吹き飛んだ。
白く輝く光球が凄まじい勢いで彼にぶつかったのだ。
「空人っ!」
「大丈夫だっ!」
そのまま倒れるかと思ったが、空人は地面に叩きつけられる直前でふわりと浮き上がった。
空中でくるりと回転し、両足で地面に着地する。
あれは風を操っているのか。
「おまえ、いつの間にそんな……」
「勝てなくってもいい、みんなが逃げるまでの時間を稼ぐぞ!」
驚く清次を叱咤して空人は戦闘態勢に入る。
腰を低く落として地面を蹴り、右手を突き出しながら荏原恋歌に向かっていく。
「≪
掌から放たれる風の衝撃。
それは突風となって荏原恋歌を襲う。
しかし。
「煩いわね」
恋歌は首を振った。
その途端、光球が弾丸のように加速。
光球は正面から吹きつける突風をものともせず突っ込んでいく。
「ぐっ!?」
光の球が空人の腹部に突き刺さった。
さっきとは桁違いの威力に、今度は踏ん張るだけの余裕もない。
空人はまるで車に跳ねられてしまったように工場の反対側の壁まで吹き飛ばされた。
「が、はっ……」
「手加減されていたこともわからないで、調子づくんじゃないわよ。小蝿が」
「この野郎っ!」
清次が駆ける。
恋歌はそちら向いてさっと手を払った。
一瞬、恋歌の動きが止まる。
「面白い能力ね」
清次は途中で向きを変えて大きく迂回しながら恋歌に迫る。
しかし、彼が恋歌の元まで辿り着くことはできなかった。
背後から襲いかかった光球が清次の背中を打ったからだ。
「うっがあっ!」
清次が地面へ叩きつけられる。
数度ビクビクと痙攣した後、動かなくなった。
どうやら気を失ったようだ。
「けど脆弱ね。この≪
まるで悪夢だった。
空人と清次の能力は確かに戦闘向きではない。
しかし、二人は確かにDリングを装備していたはずなのだ。
Dリングを装着した者は、あらゆる衝撃から身を守る薄い防御膜に覆われる。
その守りは実際の道具に例えれば防弾チョッキ並の衝撃吸収力がある。
だが、荏原恋歌の光球はそれを容易く撃ち抜いたのだ。
これが荏原恋歌。
これが最強のJOY使い。
「何者かは知らないけれど、悪戯をした罰は受けてもらうわよ」
恋歌が倒れたまま動かない清次に迫る。
美樹は声をあげることができなかった。
他の人質二人も同じである。
逆らえば次は自分が殺される。
あまりの恐ろしさに黙って見ていることしかできない。
「待てっ!」
静止の声と共に突風が吹いた。
恋歌は足を止めて髪を押さえながら振り返る。
視線の先には空人の姿。
ボロボロになりながらも彼は再び立ち上がっていた。
「タフな男ね。かつての麻布美紗子でさえ二発は持たなかったというのに」
「清次に手を出すな」
しかし空人はもうフラフラだった。
今の突風も最後の力を振り絞ったのだろう。
攻撃力など無く、恋歌の髪を乱すことしかできなかったが……
「そんな脆弱なJOYでは私に歯向かうことなどできはしない。いい加減に理解しなさい」
「わかってるよ、そんなことは」
「ならばなぜ立ち上がる? 気絶したフリをしていれば、万が一にも助かったかもしれないのに」
「親友が殺されそうなのに黙って見てられるか。それに……」
空人はちらり、と美樹たちの方を見た。
「誓ったんだ。この命に代えても、女の子たちは無事に逃がしてみせるって!」
きゅ。
締め付けられるような痛みが、美樹の胸に走った。
いけない、そんな場合じゃないのに。
事態はなにも好転していないのに。
「星野くん……」
※
決死の覚悟をした空人だったが、
「あははははっ」
そんな彼の必死な姿をバカにするように恋歌は笑う。
「この期に及んで虚勢を張れるのはたいしたものね。だけど無意味よ。もう一度私のJOYを受ければ、あなたは今度こそ確実に死ぬ。そして今決めたわ。次はその女たちを殺す」
「くっ……」
確かに恋歌の言うとおりだった。
空人はもう戦えない。
一矢報いるどころか、足止めすらできそうもない。
悔しいが、恋歌の前では空人のJOYなど涼風同然だ。
残された武器はこのボロボロの体のみ。
こうなったら玉砕覚悟でやってやる!
「うおおおおおおっ!」
拳を握りしめ、がむしゃらに向かっていく。
「そんな不様な姿を晒して、カッコ悪いとは思わないの? 男なら素直に負けを認めなさ――」
「いいえ、それでこそ男の子よ! 空人君!」
恋歌の嘲笑を上から降って来た声がかき消した。
その声はあり得ないところから聞こえてくる。
工場の中二階、キャットウォークの手摺のところから。
人がいた。
窓から覗く月明かりをバックに立つ影が。
大きな翼をその背に背負って。
それは誰もが待ち望んでいたヒーローの姿。
空人は知っている、彼女のことを。
文武両道、才色兼備、憧れのクラスメイト。
空人は叫ぶ。
彼女の名を。
「
「後は私に任せなさい! てやぁっ!」
真っ赤な翼を広げた正義の魔天使――赤坂綺が舞い降りた。
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