6 空人と清次の人質救出作戦
足立美樹は両手両足を縛られて身動きのできない状態で床に転がされていた。
自分以外にも二人、水瀬学園の生徒と中学生らしい小柄な女の子も一緒だ。
「大人しくしていれば無事に帰してあげる。もう少し辛抱していなさいな」
冷たい表情の女が美樹たちを見下ろしている。
美樹は初めて見る顔だが、他の仲間から「恋歌さん」と呼ばれていたのを聞いた。
どこかの工場のようだ。
L.N.T.にこんな場所があるなんて美樹は今まで知らなかった。
車で連れて来られたので、流瀬台の住宅地からはかなり離れていると推測できる。
なぜ、このような状況になったのか美樹は考えた。
今日の夕方にひとりで下校していた時に知らない女性に声を掛けられたのだ。
「突然ですが、動物はお好きですか? L.N.T.は愛玩ペットの個人所有が禁止されているのはご存知ですよね。私たちはそれに反対する団体です。今夜、大人たちに内緒で会合を開くことになっていますので、よければご一緒に参加しませんか?」
いま思えば怪しいことこの上ない。
しかし、美樹は彼女たちの物腰の柔らかさについ警戒心を緩め、ついルールを破って夜間の外出をしてしまったのだ。
案内された場所にはペットと同じく個人所有が禁止されているはずの車が停車していた。
不審に思って逃げようとすると彼女たちは態度を豹変させ、無理やり車に押し込まれて、気づいたらここに連れて来られていたのだった。
「こんなことして……お姉ちゃんたちが許さないんだから!」
隣に転がされている中学生の女の子が、恋歌という女性をまっすぐ睨みつけながら叫んだ。
「ええ、望むところよ。私たちはこれからあなたのお姉さんを殺しに行くんだから」
「……っ、そんなことっ!」
「私が動くまでもなくフェアリーキャッツと潰し合いをしているかもしれないけどね」
恋歌はクスリともせず中学生の子を見下ろし吐き捨てた。
ゾッとするほど冷たい印象の女である。
「これから中央へ向うわ。最優先目標は水学生徒会長の麻布美紗子。彼女だけは確実に始末するのよ」
「くっ……」
「あなたはここですべてが終わるのを待っていなさい」
恋歌は女の子を挑発すると、仲間を連れて工場から出て行った。
ただし見張りのためか二人だけは工場の入り口に残っている。
「しかし、ついにこの時が来たという感じですね」
「恋歌さんも上手いこと考えましたよね。真っ先に水学生徒会を潰すなんて」
「人員の多いフェアリーキャッツを敵に回すのは面倒ですものね。ところで、終わったらこの人質たちはどうする気かしら?」
「かわいそうだけど『転校』してもらうことになるでしょう」
短く「ひっ」と悲鳴をあげたのは一緒に捕らわれた別の水学女子生徒だ。
小柄な美樹や中学生の子と比べてもさらに背が低い。
制服を着て居なければ水学生だとは思わなかっただろう。
たぶん、自分と同じように水学生徒の中から適当に選ばれたのだ。
今の話を聞いたらわかるが、恋歌たちは最後には美樹たちを殺すつもりである。
「大丈夫。きっと誰かが助けにきてくれるよ」
美樹は見張りに聞こえないよう彼女に囁いた。
正直言えば自分も怖いけど、今にも泣きそうな彼女を見ていたら、自分が弱気になっていてはいけないと思った。
「……誰か、アテがあるんですか」
隣の中学生が不安そうな眼で美樹の顔をのぞき込む。
強がっていてもまだ中学生なのだ。
自分がしっかりしなければ。
なんの力もないけれど、信じて強く振る舞わなければ。
そう、こんな時は誰かが助けに来てくれるに決まってる。
美樹の大好きなマンガや小説では必ずそうなっているんだから。
非現実的だとはわかっていても、何かに縋ってでも、そう信じなきゃいけない。
だから美樹はそれを声に出して、彼女に語りかけるフリをしながら、自分自身に言い聞かせる。
「うん……きっと来てくれるよ。素敵なヒーローが――」
※
「おい、どうするんだよ!」
「静かにしろバカ、聞こえるだろ!」
工場わきの草むらにひっそりと身を隠して口論する空人と清次がいた。
見知らぬ人物に連れていかれたクラスメイトの足立美樹。
彼女を乗せた車を、清次が隠し持っていた原付バイクで追いかけてここまでやってきた。
二人乗りの後部とは言え初めてバイクに乗った空人はまだ興奮が続いている。
たどり着いたのはL.N.T.南端。
街の造成時にはフル稼働していた大小さまざまな工場群も、今はほとんどが廃墟になっており、立ち入る者はめったにいない。
そこにいたのは、やはりあの荏原恋歌だった。
L.N.T.で最強のJOY使いと言われている恐怖の女王。
空人たちは彼女が恐るべき計画を立てているのを聞いてしまった。
「生徒会長を闇討ちするなんて、正気の沙汰とは思えないぜ。あいつらペナルティが怖くないのかよ」
「なあ清次、なんとか説得して止めさせられないのかな」
「生徒を誘拐までしてるんだぜ。後には引けない覚悟でやってんだろ」
どっちにせよ話が通じる相手ではない。
空人たちがのこの顔を出したところで、人質に追加されるか、口封じされるだけだ。
「まったく、女王サマの考えることはわからないぜ」
「しっ。誰か出てくる」
空人たちは草むらに身を沈めて息を殺した。
荏原恋歌を中心とする美女学の生徒たちが廃工場の中から出てくる。
その数は恋歌を含めて六人。
彼女たちは車に乗り込むと、すぐに街道の方へ向って走り出していった。
「おい清次、チャンスだぞ」
「なにがだよ。まさか後を追うのか?」
「追いかけて何ができるって言うんだよ。今のうちに人質を助け出すんだよ」
車に乗ったのは美女学の生徒だけだった。
つまり人質は倉庫の中に閉じ込めたままなのだろう。
今が救出のチャンスだと空人は考えたが、清次はなぜか乗り気ではないようだ。
「本気で言ってるのか? たぶん見張りくらいは残ってるぜ」
もちろん、ただの見張りではないだろう。
おそらくは能力者、しかも恋歌の側近である高位の使い手が残っているはずだ。
「やるなら今しかない」
空人は覚悟を決めていた。
今なら見なかったフリをして逃げ出すこともできる。
けれど彼の中の正義の心は、クラスメイトを見殺しになんてしたくないと叫んでいた。
「やれやれ」
清次は首を振った。
しかし改めて空人に視線を向けた時には、彼の顔にもやる気の表情が浮かんでいた。
「まあ、たまにはヒーローごっこも悪くないかな」
空人と清次は拳を突き合わせた。
そのままゆっくりと工場の入り口に近づく。
足音を消し、物陰からこっそりと建物の中を覗いてみる。
床に転がされた人質が三人、傍で立ち話をしている見張りらしき美女学生が二人。
空人たちは中の様子を確認すると一旦顔を引っ込めた。
「よし、これならいけるぞ」
「どうするんだ?」
「そうだな、まずは……」
清次が即座に作戦を立案し空人に説明する。
見張り二人はまだこちらに気づいていない。
上手くやれば救出できる可能性は高そうだ。
説明が終わった後は、もう一度手順を確認し合う。
空人と清次はジョイストーンを握りしめて戦闘態勢に入った。
今こそ特訓の成果を見せてやる。
※
清次が落ちていた空き缶を拾い、工場の反対側めがけて思いっきり投げる。
建物の中に乾いた音が響く。
見張りがそちらに注意を向けた。
その時には空人はすでに走り出している。
見張りの美女学生めがけて全力疾走。
彼女たちはすぐに接近する空人に気づいた。
が、すでに敵は空人の能力の射程圏内にあった。
「≪
突き出した掌から突風が巻き起こる。
二人のスカートがめくれ上がった。
「きゃあ!」
美女学生たちは反射的に手でスカートを抑えた。
その隙に空人は片方の女生徒に体当たりを食らわせる。
女子相手に暴力を振るうことにためらいはあったが、能力を使われたらこっちの負けだ。
倒れた女の手から素早くジョイストーンとDリングを奪い取る。
空人はそれを力の限り遠くへ投げ捨てた。
「お前、何者だっ!?」
もう片方の女がジョイストーンを取り出した。
それと同時に清次が大声を上げながら駆けてくる。
「ヘイヘイ、こっちだぜ!」
女はとっさに清次の方を向いた。
二人の視線が交差する。
「なっ、なんだこれっ?」
彼女の動きが止まった。
目の前に何かが見えているかのようにあたふたと手を伸ばす。
空人はその隙を見逃さない。
無防備になった女に足払いをかけて転ばせた。
倒れた女からジョイストーンとDリングを奪って、やはり遠くへ投げ捨てる。
こうなれば彼女たちはただの女子高生に過ぎない。
ケンカ慣れしていなくても、Dリングで体を守っている空人たちの方がずっと強い。
一人ずつ二人掛かりで組み伏せて外に落ちていたロープで手足を縛る。
「上手くいったな」
「女の子相手にカッコ悪かったけどな」
制圧完了。
空人と清次は握った拳をこつんと合わせた。
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