7 爆弾小僧、技原力彦

「あんたが技原力彦わざはらりきひこ?」

「そうだ」


 技原はテーブルの前に立ち、物怖じせずにニヤリと口元を歪めてみせた。


「そういうあんたが深川花子か。最大のグループのリーダーだって言うから、もっとプロレスラーみたいなゴツイ女を想像してたんだがな。案外可愛い顔してるじゃねえか」


 フェアリーキャッツのメンバーたちが気色ばむ。

 空気が一気に重さを増したが、技原は少しも動じていない。

 花子は今にも飛びかかりそうな仲間たちを制して単刀直入に用件を告げた。


「最近、あんたのところのグループがうちと揉めてるみたいなんだけどさ。あたしとしては早々に解決したいわけよ」

「おう、そんで?」

「あんたがこの場で土下座してきっちりと詫びを入れるのと、グループ全員二度と逆らう気が起きなくなるよう教育されるのと、どっちがいいと思う?」


 やや強めに脅してみせる。

 これで素直に謝罪してもらえれば解決……

 なのだが、やはりそう上手くはいかなかった。


「どっちもイヤだね。俺もあんたに頭に来てんだ、黙って従うくらいなら死ぬ気でやり合ってやるさ」

「チームの規模を考えてからモノを言えば? あんたのとこみたいな弱小チームが歯向かったって、速攻で潰されるだけだってわかんない?」

「単純な意味での戦力差ならそうかもな。だが街のルールを思い出してみろよ。潰されると決めつけるのは早いだろうが」

「どういう意味?」

「俺がこの場であんたをブッ倒せば、こっちの勝ちだ」


 メンバーたちが椅子を蹴倒して立ちあがった。

 その拍子にテーブルの上の飲み物が入ったコップが倒れる。

 今度は花子も彼女らを止める気はなかった。


「お前、誰にものを言ってるのかわかってんのか」

「生きて帰れると思うなよ」


 メンバーたちはみなポケットに手を入れている。

 いつでも能力を使えるようジョイストーンの感触を確かめているのだ。


 花子が号令をかければ一斉に技原に襲い掛かるだろう。

 それでも技原は彼女たちに一瞥もくれない。

 ただ花子だけを睨み、挑発を続ける。


「あんたはチームの威光を笠に着て威張っているだけだ。周りより少しだけ強い能力に恵まれて、ほんの少し台頭するのが早かったってだけでな。豪龍もそうだ。チームが大きくなれば守りに入って数の力で勢力を拡大するだけの臆病者だ」

「花子さんを豪龍なんかと一緒にするんじゃねえ!」


 通路側にいたメンバーが花子の命令を待たずに技原に跳びかかった。

 しかし、技原は表情一つ変えることなく彼女の腕を掴んで止める。

 そのまま蠅を振り払うかの如く無造作に放り投げた。


「うわあっ!?」


 投げられたメンバーは別のテーブルに背中から着地し派手な音を立てる。

 恨めしげな視線を技原の背に向けたのも一瞬、彼女は白目をむいて気絶した。


「ほらな、雑魚の集まりだ。自分が弱いことを隠すためさらに弱いやつらを従える。本当に強い奴は決して群れない。たとえばあのアリスや、美女学の荏原恋歌えばられんかみたいな――」


 飛んできたコーヒーカップを打ち払い、技原はニヤリと笑う。

 カップを投げた花子は夜叉のごとき獰猛な笑みを浮かべて技原を睨みつけた。


「そこまで言うなら確かめてみればいいさ。教えてやるよ。あたしがお山の大将なのか、あんたが世間知らずのカエル野郎なのかをね」

「上等だ。いまこの場でやるか?」

「一人で来たあんたを数に任せてボコったって意味ないだろ。明日だ。そっちもメンバーを連れてこい。仲間たちにあんたが這いつくばる姿を見させてやるよ」

「わかった、場所はそっちで指定していい。できるだけギャラリーを集めておいてくれよ。歴史の証人は多いほうが良いからな」


 安い挑発には乗るまいと思っていたが、あいつの名前を出されては頭に血が上るのを止められない。

 どちらにせよ、ここまで言われて黙っていたらグループの沽券に係わる。


 店から出ていく技原の背中に鉛玉を撃ちこみたい衝動を抑え、花子は隣の席に座るメンバーからレモンティーをひったくり、シュガーポットの中身をぶちまけた。


 砂糖の味しかしないレモンティーを流し込んでも、喉の奥に溜まった苦みは消えなかった。




   ※


 翌日の深夜。

 花子は十名ほどの仲間を引き連れ、菜森地域の一角にある中学校の校庭にいた。


 技原にはグループ内の爆高生を使って昼間のうちに知らせてある。

 中央を避けてわざと少ない人数しか連れて来なかったのは、事を大きくしないための配慮である。


 先日の大規模抗争に加え両生徒会による警告があったばかりなのだ。

 これ以上運営に目をつけられるようなことはしたくない。


 今日は完全なリーダー同士のタイマン勝負である。

 花子が技原の挑発に乗せられた形になったが負けるつもりは全くない。

 集めた仲間たちも相手が妙なマネをしないよう、監視させておくだけの人垣のようなものだ。


「よう」


 技原がやってきた。

 流石に今日は仲間を引き連れている。

 しかし数は十人足らずで、どこから見ても有象無象の弱小グループである。


「遅かったね」

「なんだよ、ずいぶんと少ないじゃねえか」


 相変わらず物怖じしない男だ。

 花子は昨日の愚を繰り返さないよう落ち着いて挑発を返す。


「あんたらに合わせてやったんだよ。数にビビって全力を出せなかったなんて言い訳されちゃたまんないからさ」

「なんでもいいや。さっさとやろうぜ」


 技原は上着を脱ぎ捨てファイティングポーズを取った。

 ジョイストーンを取り出した様子はない。

 このまま戦うつもりだろうか。


 ……いや。

 まさかこいつもSHIP能力者か?


「いくぜっ!」


 技原が駆けた。

 身構える仲間たちを制し、花子はジョイストーンを取り出す。


「うおおおおおおおおっ!」


 相手は目を見張るような脚力で一気に間合いを詰めてきた。

 校庭の端まで届くような気合いの声と共に拳を突き出す。


 次の瞬間には花子の姿は消えていた。

 常人以上の身体能力を持つのがSHIP能力者の特徴。

 特に花子の場合は敏捷性に特化している。

 あんな大ぶりの拳をかわすことなどわけもない。


 後ろに飛びのきつつ、≪大英雄の短銃センチメンタルヒーロー≫の引き金を引く。

 正面から撃たれた弾丸を避けられるはずもなく、あっさりと勝敗は決する……はずだった。


「甘えっ!」


 物理的な圧力さえ感じる気合が技原の全身から迸る。

 信じがたいことだが、それだけで弾丸の軌道を逸らされてしまった。

 ぼすん、と乾いた音を立て、技原の斜め右後ろの地面に小さな穴が穿たれる。


「っ……! 非常識なやつっ」


 花子は悪態を突きながら側面に回り込む。

 こちらの動きを技原は視線でしっかりと追っていた。

 明らかにこれまでの敵とは隔絶した動体視力の持ち主だが、本当に驚かされたのはその後だった。


「うろちょろしてんじゃねえっ!」


 技原が拳を振る。

 花子はそれを難なく避け、背後の鉄棒の上に飛び乗った。


「隙だらけだよ、ぼうや!」


 そのまま銃撃。

 二発目の攻撃はしかし、またも敵の気合いによって逸らされた。


「無駄だって言ってんだろうが!」


 技原はそのままこちらに駆け寄って、勢いのままに花子の乗っていた鉄棒を殴りつけた。

 花子自身は一瞬早く鉄棒から離れていたが、技原の拳を受けた鉄棒はプラスチックのようにぐにゃりと曲がってしまう。


 恐ろしいほどの腕力。

 いや能力か。


 花子が機動力特化なら、技原は攻撃力特化のSHIP能力者のようだ。

 一撃でもまともに喰らえばDリングの防御の上からでもダメージは免れまい。


「オラオラァっ! 逃げてばっかりじゃ俺は倒せねえぞ!」


 逃げ回りつつも銃撃を繰り返すが、そのすべてが気合いで逸らされてしまう。

 技原の戦闘スタイルは一見すると単なる接近戦主体の攻撃だが、花子の攻撃を読み切って絶妙なタイミングでガードを挟んでいる。

 遠距離攻撃に対する防御センスは半端ではない。


「どうした、フェアリーキャッツのリーダーってのはそんなもんかぁ!?」

「うるさい、いい加減に当たれよっ!」


 すでにかなりの時間を動き回っているのに、技原にはまったく疲弊する様子が見えない。

 このまま逃げ回っていてはジリ貧になる。

 気合いを発するタイミングをずらして確実に一撃を当てるしかない。


 そのためには、やつの間合いの内側に入っての近距離射撃だ。

 万が一にも技原の攻撃を受ければその時点で終わり。

 一か八かの勝負になる。

 花子の額に浮かぶ汗は、疲労からくるものではなかった。


「うおっ!?」


 その時、技原の体勢がわずかに崩れた。

 大きめの石を踏んづけて足元が滑ったのだ。

 この絶好のチャンスを花子は決して見逃さない。


 即座に地面を踏み込み≪大英雄の短銃センチメンタルヒーロー≫を手に技原の懐に飛び込んでいく。


「おぅらぁ!」


 だが、バランスを崩したかに見えた技原は、地面を強く踏みしめて強引に体勢を立て直した。

 握った拳を引き、その瞳はまっすぐに花子を睨みつけている。


 花子も止まらない。

 こうなれば先に攻撃を当てた方の勝ちだ。

 花子の短銃と技原の拳が交差する。

 引き金を引こうとした、その瞬間。


「その勝負、待った!」

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