6 爆撃高校の新入生
「爆高の生徒が?」
「はい。最近よくちょっかいかけてくるんですよ」
市と出会ってから数週間後の夜である。
水学と美女学が合同で夜の見回りを行い、アジトにやってきた美女学生徒会長の
いつものようにグループで集まって騒いでいた花子の下に専属の密偵から不穏な情報が入ってきた。
「豪龍のところかな」
菜森地区を制覇したフェアリーキャッツに対し、豪龍組は未だに爆撃高内での覇権を争い続けているため、このところ伸び悩んでいるとも聞いている。
「それが、どうも違うみたいなんですよ。チーム内の
「へえ。新入生のぼーや」
爆撃高校は昼夜の区別なく能力者が争う無秩序の戦場である。
ゆえに死者も多く、そのたび街の外から新入生(正確には転入生)が補充される。
校内で最大規模を誇る豪龍組だが、それ以外にも無数の中小チームが学内には存在しているのだ。
ある程度規模が大きくなれば豪龍組の様に夜の中央にまで勢力を伸ばしてくることもあるが、ほとんどが学内での覇権争いに力を注いでいる。
そのため爆高内には花子の知らないチームもたくさんあるはずだ。
名を上げるために躍起になるのを悪いとは言わないが、夜の街には夜の街のルールがある。
無法地帯と思われている千田中央駅付近にも生徒会が監視の目を光らせている。
グループごとの協定だってある。
身の程をわきまえない新参者の性根を正すのは、生徒会や街を運営する大人たちではない。
夜の街を統べる実力者たちである。
つい二日前に神田和代から大人しくするよう警告を受けたばかりだが、お調子者を黙って見過ごすわけにはいかない。
それを放っておけばより大きな諍いの元となる可能性は十分にあるのだ。
「世間知らずのぼーやにはお仕置きが必要だね。すぐに調査しな。明日にでも挨拶に行くよ」
「はいっ」
冷徹な笑みを浮かべて花子は命令を下す。
密偵は背筋を正して即座に集会場を出て行った。
※
次の日の昼には第四校舎の屋上で昼食をとっていた花子たちの下へ情報が届けられた。
明るいうちから血なまぐさい話をするのは嫌いだが「すぐに調べろ」の命令を忠実に実行した密偵が午前中の授業をサボってまで情報を仕入れてくれたのだから、聞かないわけにはいかないだろう。
「このところ我々に絡んでいるのは『セカンドキッカー』という名前の振興グループのようです」
爆撃高校では豪龍組が実質的な王者として君臨している一方、その他の弱小チームとの間には奇妙なバランスが保たれている。
決して一元支配にはならず、かといって豪龍組に正面から挑むようなチームも現れない。
そんな状況がここ一年以上続いているはずだ。
だが、セカンドキッカーという新規チームが勢力を拡大してから、にわかにその状況は変わり始めているという。
変革の中心いるのはどうやら
「たった一人の一年坊が、爆撃高校の勢力図を塗り替えようとしているのか?」
真利子はとても信じられないといった表情だ。
それに対して花子は呟くように答える。
「爆校はあちこちに火種の散らばった爆薬庫だよ。その一年生は少し強めの起爆剤だったってだけさ」
フェンス越しに南西方向に目を向ける。
途中にある
しかし彼女の視線の先には、今も絶え間ない抗争が続いている本物の無法地帯が確かに存在している。
「セカンドキッカーは外部に協力者を持っているようです。あえてグループに属さないことで、様々な角度から技原をサポートしているようですね」
「へえ。バカ共の中でのし上がるにはそういう知恵も必要なのかもね」
「それと、これは未確認の情報ですが……技原という男は以前、爆撃高校校長自らが、外で勧誘したいううわさが……ありまして……」
密偵の声は後半になるほど小声になっていった。
その情報は場にいた全員の言葉を失わせるほどの重みを持っていた。
「『ミイ』さんが……」
誰かがその音を発した時、全員の体を甘い電流のようなものが駆け巡った。
爆撃高校の校長はこの街の有力者の一人である。
今の役職につく前は水瀬学園を設立した立役者のひとりでもあった。
水学生の前に姿を見せることはほとんどなくなったが、彼の影響力は現在の水学内でも絶大である。
特に最初期から水学に在籍している純水組――この場にいる全員がそうなのである――にとっては……
全員の視線が救いを求めるように花子の背中に集中する。
「関係ないよ。ミイさんとそいつがどう関わっていようが、グループを守るのはあたしの役目だ」
そう言う花子の声色は心持ちいつもより低く掠れていた。
しかし振り向いた彼女の顔は凛として、力強さに溢れている。
「今夜にでもその技原とかいうやつに会いに行くよ。そいつが爆高でいくら暴れようが関係ないけど、中央で調子に乗り過ぎた罰は受けてもらわなきゃね」
※
爆撃高校の生徒が構成するグループは本拠地を校内の一角に持っていることが多い。
豪龍組のように夜間には街にもたまり場を作っているグループもあるし、昼間は学内での抗争に参加して夜間は別のグループに参加している生徒もいる。
フェアリーキャッツに参加している爆撃高校の生徒は後者の類だ。
しかし一方で学外に住居を持たず、朝から晩まで爆撃高校敷地内で過ごす生徒も少なからず存在する。
水瀬学園や美隷女学院と比べて格段に敷地面積の狭い爆撃高校だが、人口密度は恐ろしく高い。
そんな中で常に敵対チームと隣り合わせに過ごしているのだ。
明日の命も保証されず、極めて近い隣人以外には心を許せる者もいない。
外に出てこない個人に対しては外部からコンタクトを取るのも非常に難しかった。
だがそこはフェアリーキャッツのリーダーである花子のこと。
巧みに配下の爆撃高校生を使って、技原力彦を呼びつけることに成功した。
夜明けまで一時間あまり。
駅から少し離れた千田街道沿いのレストラン。
花子は数人の仲間とともにテーブルについていた。
砂糖をどっさり入れた温いコーヒーを啜りながら約束の時を待つ。
花子たちのテーブル以外に客はいない。
そもそも営業時間外であり、彼女たちも勝手に商品を持ちだしているだけである。
それを咎める者は誰もいない。
レストランの周囲にはいつでも動けるよう二十人以上のメンバーが待機している。
いざとなればこの場で本格的な抗争を始めることも可能だ。
花子が数杯目のコーヒーに山盛りの砂糖を注ごうとした時、客の来店を告げる鈴の音が店内に響いた。
全員の視線が店の入り口に向く。
威圧を込めた数対の瞳は、しかしすぐに呆気にとられた表情に変わった。
ドアを開けて店内に入ってきたのは男が一人だけ。
逆さに立てた金髪は、確かにイカれた不良少年の容貌である。
偶然紛れ込んだ単なるレストラン利用客かとも思ったが、そうではなさそうだ。
何故なら男はまっすぐ花子たちのテーブルに近づいている。
まるで約束していた友人に会うかのように……
「よお、待たせたな」
人数の指定はしていない。
だから、相手がグループ全員でやって来ようと問題ないよう、こちらも人数を集めた。
まさか一人でやってくるとは。
どうしたものかと視線を見合わせるメンバーたち。
その中において、花子だけが現れた敵の目を真っすぐに睨みつけていた。
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