8 仕組まれた抗争
上空から覆い被さるように炎が降ってくる。
花子は即座に技原の腹を蹴って後ろに飛び退いた。
技原は攻撃のタイミングこそ逃したものの、直後に横に避けたため炎によるダメージは全くない。
「何のつもりだよ、手は出すなって言っておいただろ!」
花子は一定の距離を保ち、銃口を技原に向けたまま声の主である炎のJOY使い――大森真利子を怒鳴りつけた。
第三段階の能力者である真利子は今夜の戦いに呼んでいない。
花子は技原と対等の条件で戦い、正々堂々と力の差を見せつけるつもりだったからだ。
「落ち着いて聞いてください。今回の争いは仕組まれたものだったことが判明しました!」
何のことだ、と花子が問い質す前に別のメンバーが四人がかりで男を連れてきた。
両腕を拘束され、顔にはいくつもの痣ができて醜く腫れているが、その男には見覚えがある。
先日、
「フェアリーキャッツに対してはセカンドキッカーの名を語って暴行を行い、逆に彼らに対しては我々の仕業と思わせるような闇討ちを繰り返していた男です。他にも同様の行為を行っていた者が数名いるようですが、現在捜査中です」
つまり工作活動か。
本当なら花子と技原は意図的に争わせられていたことになる。
この決闘自体が無意味であるばかりか、黒幕の何者かを利する可能性が非常に高い。
「なんでそんなことをした」
「し、仕方なかったんだ。俺だって本当はこんなことやりたくなかったのに……」
「誰に……いや、どこのグループに頼まれた?」
花子は銃口を男に向ける。
答え次第ではこの場で撃ち殺すつもりだ。
本気の殺意を感じ取った男は顔面を蒼白にしながら大声で答えた。
「豪龍組だよっ!」
花子は引き金を引いた。
※
「というわけだってさ。どうする? 決着つける?」
銃弾が頬を掠めると同時に気絶した男から視線を逸らし、花子は技原に問いかけた。
彼は難しい顔で眉根を寄せながら何事かを考えている。
最初のきっかけはどうあれ憎み合ったことは事実。
決着をつける理由は十分にあるが……
「そういうことなら恨みっこなしだ。俺とあんたが争う理由はない」
「あたしはあんたに仲間の前で侮辱されたんだけど?」
「そうだったな、すまない。騙されていたとは言え俺が悪かった」
びっくりするほど素直に技原は頭を下げた。
正直に言えばわだかまりはあるが、誤解が解けた上で謝罪を受けて許さないわけにいかないだろう。
何よりもこれ以上彼らと争うことで豪龍組を利するような真似はしたくなかった。
夜の覇者フェアリーキャッツ。
最近力を伸ばしてきた爆高の新興勢力セカンドキッカー。
豪龍組にとってはどちらも邪魔なグループだ。
敵同士を争わせて漁夫の利を得る。
生徒会の監視も厳しくなってきた今なら、上手くいけば両成敗の可能性もあった。
豪龍らしい卑怯で悪質なやり方だ。
「豪龍の野郎は許さねえ。あんたたちさえよければセカンドキッカーは全面的に協力するぜ。この機会に手を組んであのゲス野郎をぶっ飛ばしてやる!」
技原が大声でそう言った。
彼のグループだけでなくフェアリーキャッツのメンバーからも同意の声が上がる。
豪龍を許せない気持ちは花子も一緒だが、彼女の胸の中には複雑な気持ちが渦巻いていた。
※
どんよりと曇った灰色の空の下。
今にも落ちてきそうな雲を眺めながら、花子は物思いに耽っていた。
本当ならば二時限目が始まる時間帯だが、今日の授業はサボりである。
朝は真面目に登校したものの、ピリピリと異様に張り詰めた空気にいたたまれなくなって、逃げるようにいつもの土手にやってきたのだ。
昨晩の一件でセカンドキッカーとの和解は成ったが、争いの原因が豪龍組によるものだと判明したせいで、両チームの怒りは豪龍組へと向かってしまった。
豪龍組は夜の中央で第二位の規模を誇る大型チームである。
フェアリーキャッツと正面からぶつかれば、かつてないほど大規模な抗争になるだろう。
加えて豪竜組は爆校内でも大きな勢力を誇っている。
下手したらそのまま水学対爆高の代理戦争にもなりかねない。
どちらが勝利したとしても両校の間に大きな禍根を残す結果になるだろう。
豪龍のやり方が気に入らないのは花子も同じである。
だが、全面戦争だけは何としても避けたい。
それは豪龍も同じはずだ。
だからこそ姑息な手段を用いてこちらの弱体化を図ったのだろう。
ところが事態は取り返しはつかないところに来ている。
真利子以下、フェアリーキャッツのメンバーたちの怒りは収まらない。
チームとしての面子もある。
もはや技原の時のようにリーダー同士のタイマンで決着をつけることは不可能だ。
花子が「戦いをやめよう」などと言ったところで収まるものではない。
そんなことをすれば信頼を失い、下剋上すら起こりかねない。
いったいどうしたものか。
考えてもいい方法は想い浮かばない。
このままじゃ美紗子にも申し訳が立たない。
「はぁ……」
思わず吐いたため息と一緒に気持ちもしぼんでいく。
そもそもあたしにゃ人をまとめる才能なんてないんだよ。
なのに、どうしてこんな面倒なことを始めちゃったんだろう。
何もかも投げ捨てて逃避したい。
草の上に体を横たえて目を閉じる。
そのまま何も考えずに横になっていると、聞き覚えのある声が降ってきた。
「やっぱりハナちゃんでした」
目を開く。
灰色の空を背景に、花子の顔を覗き込む
「おはよ、いっちゃん」
「おはようございます。この様な所で、いったいどうなさったのですか?」
「サボって昼寝。いっちゃんこそ学校は?」
花子は逆さまに映る市に問いかける。
「本日は気分が優れませんので、自主休校です」
それはサボりとどう違うのだろうか。
「真面目そうに見えるのに、いっちゃんもなかなかやるね」
「いいえ、それほどでもありませんわ」
花子の皮肉に、なぜか市は二コリと微笑み返した。
その柔らかな表情を見ていると少しだけ気分が和らいでくる。
「ところで、ハナちゃんは何か悩み事ですか?」
「そう見える?」
「はい。なにやらとても深刻そうな表情でしたわ。私でよければお話を聞くことくらいはできますよ」
花子は苦笑いを浮かべた。
今の状況を市に話したところでどうにかなるものではない。
夜の争いに巻き込むようなこともしたくないが、彼女の優しい気持ちは素直に嬉しいと思う。
「ちょっとね。やりたくないケンカをしなきゃならなくなりそうで」
「まあ」
だから、かなりオブラートに包んで相談することにした。
もちろん解決策を求めてのことではなく、話すことで少しだけ心が軽くなればいい。
「ハナちゃんは、その相手の方とは仲がよろしいんですか?」
「いや、別に仲良くはないけど……っていうかむしろキライだし」
「でもケンカはしたくないのですね」
「だって面倒じゃん。あたしたちのせいで周りの空気が悪くなっても嫌だし」
「お互いに謝って済ませるわけにはいかないのでしょうか」
「できればそうしたいんだけど、なんかもう引くに引けない状況になっちゃってさ。悪いのはどう考えてもあっちだし」
「でしたら、誰かに仲裁をしてもらうのはどうでしょう?」
「仲裁?」
「お互いに譲り合えないのでしたら、別のお友達の力を借りるのもアリですよ」
その意見はもっともだが、一体誰が花子と豪龍の間に入れるというのだろう。
ここまで争いの規模が大きくなってしまえば美紗子でも無理だ。
もちろん、荏原恋歌は論外。
運営は決して夜の抗争に口出しをしない。
彼らはいつも事件が起こってから当事者を罰するくらいしかやらないのだ。
「ありがと。ちょっと考えてみるよ」
まあ、一人で考え込んでいるよりは気が楽になったと思う。
花子は相談に乗ってくれた市にお礼を言って学校に戻ることにした。
真利子たちとも今後のことを話し合わなきゃいけない。
走り去る花子の背中を市が無表情で見ていることには気づかなかった。
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