4 理想のために銃を取る
「しっつれーしまーす」
第一校舎四階の生徒会室まで駆け足でやってくると、花子はノックもせずに重い両開きの扉を開いた。
中に入ると、一面ガラス張りの窓を背にした生徒会長の麻布美紗子が頭を抱えている姿があった。
「あなたって人は……もう少し静かに入って来られないんですか」
「いいじゃん。あたしと美紗子ちゃんの仲なんだし」
夜の最大勢力のリーダーと治安維持組織の長を兼ねる生徒会長。
立場上は微妙な関係であるが、実は二人は中学時代からの旧友なのである。
人前で仲良くすることは少ないため、かつての二人の関係を知っている副長の真利子ですら、今も親交があるとは思っていない。
花子にしてみれば一度友だちになった相手。
立場が変わったくらいで距離を置く理由などなにもないのだ。
生徒会室の中には美紗子以外は誰もいなかった。
治安維持組織と言っても美紗子以外が何人集まろうとたいした脅威にはならないのだが、ともかく花子をこの場でどうにかするつもりはないようだ。
「で、何の用?」
「なにか心当たりがあるんじゃないですか」
花子は少し考えるようなそぶりを見せてから答えた。
「一週間前に第四校舎の廊下で遊んでて寄贈品の壺を割っちゃったこと?」
「……初耳ですが、その件はまた後日話し合いましょう。他には何か思いあたることは?」
「音楽室に飾ってあるなんとかって作曲家の絵にらくがきしたこと?」
「……それ以外に」
「期末試験の答案用紙を盗むために夜中に職員室に忍び込もうとして失敗して、警報が鳴ったから消化器を撒いて逃げてきたこととか」
「あれもあなたの仕業だったんですか!」
美紗子が机を叩いて立ち上がる。
大仰な細工を施された巨大な木造りのデスクがギシリと音を立てた。
「夜中にあちこち呼び出されて大変だったんですよ! 盗みをやるなとは言わないから、せめて最後まで誰にもバレないようやってください!」
額に青筋が浮かんで見えそうである。
その投げやりな発言は生徒会長のものとは思えない。
よっぽど辛かったのだろうか、はたまた花子に言い聞かせるのは諦めているのか。
ちょっとだけ可哀そうなことをしてしまったかもと反省する花子であった。
美紗子は数秒後には落ち着きを取り戻し、深く溜息を吐いて再び椅子に腰かける。
花子がいつまでもとぼけているので自分から話を切り出すことにしたようだ。
「昨晩、菜森地区で抗争が起きたでしょう」
花子は肯定も否定もせずにやにや笑っている。
「大規模な戦闘行為です。一つのグループが壊滅し、指導者と見られる能力者二名が今も行方不明になりました」
「大丈夫。その二人は明日にでも五体満足で帰ってくるよ」
昨晩の出来事をほぼ認めたような発言だが、美紗子はいちいち突っ込まない。
すでに確信があって呼び出したということだ。
「心配しなくてもしばらく大きな抗争は起きないって。あたしらが勢力を伸ばせば、それだけ周りのチームも手出しできなくなるんだからさ」
「前者に関してはそう願いたいですね。後のことを考えるとフェアリーキャッツが規模を拡大しすぎるのはあまり喜ばしくないことですが」
昨日の抗争……
フェアリーキャッツとオーブの決着によって、菜森地区一帯の夜の住人たちは完全に統一された。
いくつものチームが睨みを利かせる千田中央駅周辺においても、これだけの勢力になれば迂闊に手出しはできなくなる。
花子は街の王者になりたいわけではない。
夜のラバースニュータウンの自由な雰囲気は気に入っている。
能力を自在に使いこなして敵と戦うことはとても楽しい。
終わった後の遊びもやめられない。
外の世界では決して味わえないスリルと興奮をずっと味わっていたい。
もちろん、いくつものグループが互いに自己を主張すれば争いも起こってくる。
四年前、初めて夜間の能力制限が解除されたときの混沌は今よりもっと酷かった。
花子の友人もたくさん死んだ。
だから花子は自らがリーダーとなって街を一つにしたいと考えたのだ。
夜の住人たちの争いは避けられない。
でも殴り合ってスッキリした後は、きっと手を取り合えるはずだ。
相容れない関係であっても、巨大な力が調和を作っていれば、際限の無い争いには発展しない。
自分たちの存在を抑止力にするんだ。
そう考えて花子は三年かけて自分のグループを大きくした。
今やフェアリーキャッツは夜のL.N.T.で最大規模のグループになった。
花子が考えていることは美紗子も正しく理解している。
だからこそ強く文句も言ってこないのだろう。
二人の辿った道は正反対だけれど。
「ともかく生徒会長として注意しておきます。これ以上大きな問題が起きるようなら、あなたにペナルティを与えざるを得なくなりますよ」
「うげ。牢屋入りだけはカンベン」
「私だってそんなことしたくありませんよ。いくら権限を持たされてるからって、生徒が生徒を罰するなんてどうかしてるわ」
「それは同感。ま、そんな狂ったところも、この街のいいところなんだけどね」
「話は以上です……本当に、あんまり心配かけないでよ」
最後の言葉は生徒会長としてではなく、旧友に対してのいたわりの声だった。
「だいじょーぶ。下の管理はしっかりやってるから」
「あなた自身の安全もね。敵が増えれば、いつどこで危険があるかわからないんだから」
「それこそ心配ないって。いまのあたしは無敵だから。美紗子ちゃんだけは敵に回したくないけどね」
「私もあなたとは争いたくないです」
夜の街を一つにするまで花子は誰にも負けないつもりだ。
だが、絶対に戦いたくない相手も存在する。
目の前の麻布美紗子もその一人だ。
「じゃ、しっつれーしまーす」
説教をされたとは思えない明るさで花子は生徒会室から退出した。
気苦労の絶えない生徒会長のため息は、ドアが閉まる音にかき消された。
※
夜は少年少女たちの戦場であるが、休日昼間の千田中央駅は学生から働く大人まで多くの人が集まる一大繁華街である。
夜間のピリピリした雰囲気が嘘のように賑やかな町並み。
十万人が暮らすL.N.T.の人口と対比してもかなり規模が大きい。
その日は日曜日、花子は一人で千田中央駅付近をぶらついていた。
特に目的があるわけでもない。
趣味のウィンドウショッピングである。
気に行ったものを見つけたら衝動的に購入して散財を後悔する。
この街と同じく、夜の支配者の昼間の顔はそんな普通の少女である。
前方から二人組の少女がこちらに近づいてきた。
花子は無視して通り過ぎようとするが、相手には気づかれてしまう。
「あっ、花子さん。おはようございます!」
「おはようございます!」
「あーそういうのいいから」
フェアリーキャッツの末端メンバーだ。
花子はうんざりしながら手を振って彼女たちを追い払う。
いくら花子が昼間と夜の顔を使い分けようとも、彼女たちにとっての花子は、所属するグループのリーダー以外の何物でもないのだ。
「あたしは一人で買い物を楽しんでるんだから、悪いけど邪魔しないでくんない?」
「はい、大変失礼しました!」
「どうぞごゆっくり羽を伸ばしてください!」
二人と別れた花子はげんなりした。
誰もが仲良く楽しくできる友だち同士。
そんな理想を掲げてグループを作ったはずなのに。
花子を対等な友だちとして見てくれる仲間はほとんどいない。
真利子たちのような親しい間柄であっても、実際には公私を分けているだけであって、内心ではリーダーとしての花子の振舞いに期待している。
覇者としての気質を求められているのだ。
いつしか周りの環境は彼女の理想とずれ始めている。
グループを大きくすることで争いを無くすという方法をとった以上、仕方のないことかもしれないが……
考え始めたら更に気分が滅入ってきた。
花子はできるだけメンバーに会いたくないと思い、大通りを避けて裏道を歩くことにした。
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