第4話 華一輪

1 菜森地区の覇者

 明かりの消えた町にいくつもの足音が響いていた。

 ラバースニュータウンL.N.T.南部を川沿いに広がる菜森なもり地区。

 このあたりは別名を南部住宅街という。


 北部や東部とは違った古い時代の下町を思わせる街並みは、さながら迷路のように入り組んでいる。

 学生たちも好んでこの辺りに住む者は少ない。

 それでも古い趣を好む人はある程度いるらしく、ぽつぽつと明かりが灯っている家もあった。


 ほとんどの住人は夜中に外を出歩かない。

 この街に暮らして一週間も経てば夜のL.N.T.の危険さを理解するからだ。

 公的には秘匿されているとは言え人の噂に戸を建てられるものではなく、誰もが自ずとこの街の異常さに気づいてゆく。


 夜闇を行く一行は無言のまま入り組んだ路地を進んでいる。

 その数はおよそ六十人あまり。男女の数はほぼ同数。


 心情的に敵対するはずの水瀬学園と爆撃高校の二校の生徒が入り混じった、今やこの街で最大規模を誇る少年グループ『フェアリーキャッツ』のメンバーたちである。


 集団の先頭に立つのはリーダーの深川花子ふかがわはなこ

 幼い顔立ちに不釣り合いなゴツい黒の革ジャンを羽織っている。

 背伸びした少女のような外見とは裏腹に、瞳は野生の獣のように鋭く闇を見据えていた。


 六十人からの集団を従え無言の行進を強要するほどの緊張感を生み出しているのは、紛れもなくこの、わずか十六歳の少女なのである。




   ※


 やがて一行の行く先に広場が見えた。

 そこにはすでに二十人ほどの人間が待っている。

 花子たちが姿を見せると、彼らは息を飲んで一斉に視線を向けた。


「待たせたね」


 花子の声を合図にフェアリーキャッツのメンバーたちがピタリと足を止める。

 彼らは無言のまま花子の肩越しに敵対チームを威圧し始めた。


「ま、まずは、わざわざお越しくださったことを感謝する」


 相手の少年グループ『オーブ』のリーダー、山方敦やまがたあつしがおずおずと前に進み出る。

 彼もまた一つの大規模グループを束ねるほどの人物である。

 しかし、ほぼ三倍の戦力差を前に明らかに気圧されているように見えた。


「あいさつはいいからさ、早くやろうよ。生徒会に目をつけられたらめんどくさいし」


 今日この日、フェアリーキャッツとオーブは、互いの存亡を賭けて争うことになっていた。

 夜のL.N.T.は能力者の少年少女たちによって夜な夜な血で血を争う抗争が繰り広げられている。

 だが、誰しもが好き勝手に振舞えるわけではない


 少年少女たちはいくつかのグループに分かれ、互いが互いを監視し牽制し合っている。

 複数のグループが入り乱れることで危ういパワーバランスを保っているのだ。


 夜の住人たちは自分たちの手で調和を作っている。


 さらには治安維持という名目で、生徒会や各学校の有志の生徒たちが夜の住人を監視している。

 あまり羽目を外し過ぎると昼間の生活でペナルティを与えられてしまうこともあった。


 たとえば居住者の許可なく個人住居の中に侵入したり、必要以上の破壊行為をしたりなどすれば、数週間から数ヶ月の投獄の刑などが待っている。


 だから夜の住人たちはめったに大規模な戦闘を起こさない。

 今晩は互いのリーダー同士の合意を経て、二つのチームがこの菜森地区で雌雄を決することになった。


 中央から離れた場所に夜の住人が集まることはめったにない。

 それゆえ生徒会の目も簡単には届かない。


 フェアリーキャッツとオーブ。

 互いにこの菜森地区から発生し、黎明期から小競り合いを繰り返していたライバルグループである。

 しかし数か月前にフェアリーキャッツが中央に進出して一気に躍進したことで、現在では相当の戦力差がついてしまっている。


 今や千田中央駅でも一、二を争う勢力となったフェアリーキャッツ。

 彼女たちはこの菜森地区の覇権を確固たるものにするために。

 オーブは起死回生の一手を試みるために決戦に挑む。


「その前に一つ、いいか?」


 山方が指を立てて発言する。

 冷静さをアピールしているが、額には油汗が滲んでいた。


「これだけの人数が争えば、かなり大規模な乱闘になる。そうなれば生徒会に争いがバレる確率も高くなり、ペナルティを受ける恐れもあるかもしれない。そこでどうだろう? ここは互いのリーダーがグループの威信を賭けて一対一で決着をつけるというのは?」


 フェアリーキャッツのメンバーたちからざわめき声があがった。

 彼らは今晩の決戦にあたり、乱闘が始まるまで早まった行動は起こさないよう花子から強く言い含められている。

 だが、さすがにこの筋違いな提案は受け入れられなかったようだ。


「ふざけんなよ、オイ」

「そんなのテメエラに都合いいだけじゃねえか」


 戦力差は歴然。

 総力戦となればどちらが勝利するかは目に見えている。

 だからこそ、彼らは血気盛んな気性を自重していられたのだ。


 頭同士の対決など、戦力的に劣るオーブに有利なだけではないか。

 これでは何のために集まったのかわからない。


 ……と、考える者は、フェアリーキャッツのおよそ三分の一ほどである。


「いかがだろう? フェアリーキャッツを束ねる深川花子ともあろう人物が、まさか断るなどとは――」

「いいよ、それでいいから早くやろう」


 花子はあっさりと同意してみせた。

 その反応に山方は逆に意表を突かれたようだ。


「あんたとあたしがやり合って、負けた方のチームは勝った方に黙って従うってことでいいんだよね」

「そ、そうだ」

「わかりやすくていいじゃん。さ、始めよっか」


 花子は羽織っていた革ジャンをメンバーに渡すと、軽く体を伸ばすストレッチ運動を始めた。


 山方の言うことは間違っていない。

 なぜならこの街のグループを統べるリーダーは皆、人の上に立つにふさわしい力を持っている。

 つまりは強力な能力を持つ者なのだ。


 故にリーダー個人の力はチーム全体の信用に結びつく。

 どれだけ多くのメンバーを従えようと、この理屈は決して変わることがない。


 もちろんフェアリーキャッツには花子以外の能力者もいるし、能力者の割合もオーブより高い。

 総力戦になれば容易く勝敗が決するのはわかりきっている。


 だからこそ花子個人の力が相手のリーダーを上回っていることを見せつければ、彼らにもより完全な敗北を思い知らせることができるだろう。


 花子には自信がある。

 フェアリーキャッツの残り三分の二もリーダーの勝利を信じている。

 だから一対一を申し込まれても騒ぐ必要は全くない。


 両チームのリーダーが広場の中央に進む。

 残りのメンバーが人垣となって半円状に取り囲んだ。

 どうしてもフェアリーキャッツ側の密度が高くなってしまうが、互いに与えあう威圧感も当のリーダーたちには関係がなかった。


 明確なルールのある格闘技の試合ではない。

 ケンカはどちらかが動き始めた瞬間が開始の合図となる。


 先に動いたのは山方だった。

 ポケットからジョイストーンを取り出し花子に向けて腕を突き出す。

 その拳の先から見えない衝撃波が飛んだ。


「≪真王衝撃波ドライブインパクト≫!」


 空気を震わせる衝撃が突風となって相手を襲う。


「うぎゃっ!」


 花子の後ろに立っていたメンバーが吹き飛ばされた。

 しかし、当の花子はすでに元の場所にいない。


「っ! どこへ!?」

「こっちだよ」


 声は山方の上から響いた。


 ジョイストーンを介して異能力を発現させる能力者をJOYジョイ使いと呼ぶ。

 それに対して花子が持っているのは、自身の身体能力を超人的に飛躍させる力。

 すなわちSHIPシップ能力である。


 花子のSHIP能力は『脚力強化』だ。

 人の限界をはるかに超えた跳躍力で宙を舞った花子は、一瞬のうちに山方の頭上を抑えた。


 もちろん、SHIP能力者だからとってJOYを使えないわけではない。

 花子の手の中でジョイストーンが形を変える。

 それは見る間に拳銃の形になった。


「せいっ」


 掛け声と同時に銃口から放たれた弾丸が山方の右手首を貫いた。


「ぐあああっ!」


 山方の手からジョイストーンが零れる。

 彼は絶叫を上げながら地面をのたうちまわった。

 しかし数瞬後には闘志を取り戻し、決死の表情で落としたジョイストーンを探す。


「く、くそっ!」


 視線の先に探していたものを見つけ手を伸ばしたその瞬間、無慈悲に振り下ろされた花子の靴が彼の手首を踏みつけた。

 花子のJOY、リボルバー式拳銃≪大英雄の短銃センチメンタルヒーロー≫。

 その筒先がしっかりと山方の頭に向いており、動けば即座に脳天を撃ち貫くと目で語り掛ける。


 勝負ありだった。

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