10 和解

 どうやらこの二人は裏で繋がっていたらしい。

 道理で豪龍組の時と比べ、フェアリーキャッツのアジトを出た後はずいぶんと落ち着いていたわけだ。


「久しぶりね、神田和代」


 大森真利子と呼ばれたフェアリーキャッツのメンバーが言った。


「さきほどお会いしたばかりだと思いましたけど」

「そうじゃないよ。もっと昔、アンタに闇討ちされた時のことさ」

「闇討ち?」


 何のことを言っているのかわからない。

 和代は夜の街に興味などなく、ましてやフェアリーキャッツに手を出した覚えはない。


「あんたが千尋を恨んでいるように、あたしもあんたを許しちゃいなんだ。今夜、あの時の礼をさせてもらうよ」


 バカをおっしゃい!

 私はちーちゃんのことなんか、これっぽっちも恨んでないわよ!


 和代は記憶をフル回転させてこいつの正体を考える。

 過去に争い和代に恨みを持つ人物と言えば……思い至った。


「あなた、千尋さんの友人の……?」

「やっと思い出したか」


 かつて水学を離反して美隷女学院に入った頃のことだ。

 和代は宣戦布告を兼ねて、自分よりも成績優秀だった千尋を襲撃したことがある。

 その時たしか一緒にいた友人も一緒に叩きのめした。

 それがこの女か。


 彼女の目的は和代に対する四年越しの復讐か。

 和代さえいなければと思う水学副会長の利害と一致したのだろう。


「千尋、あんたも協力してくれるよね。一度は勝ったとはいえこいつは水学にとっての敵だ。いつ復讐されるかわからないっていう、あんたの心配も今日限りにしておこうよ」

「えっ」


 ちーちゃんが、私に復讐されることを恐れていた?


 それは頭を殴られるよりもずっとショックだった。

 確かに大勢の前であんなに惨めな負け方をして、恨んでいると思われてもおかしくない。

 けど、和代はちっとも恨んでなんかない。

 それどころかやり直すきっかけになったことに感謝している。

 もちろん、はっきりと口に出して伝えたことはないけれど……


「ふふ……流石の神田さんも、人質を取られている上に純水組の能力者三人が相手じゃ、勝ち目はないと悟ったのかしら?」


 和代が能力を解いたのを見て蒲田が不敵に笑う。

 こいつの思う通りになるのは癪だけど、元はと言えば自分がまいた種。

 それよりも大好きな千尋につらい思いをさせていたという事実が、和代から闘争心を奪ってしまった。


「ふ、張り合いのない」


 小馬鹿にしたような嘲笑を投げてくる大森。

 和代は彼女の方を見なかった。

 千尋の顔も見ることができず、ただ俯いたまま。


「少し物足りないけど覚悟はできたようね。私の受けた以上の苦痛をその身で味わってててててて――」


 大森の声がバグった。

 顔を上げると、彼女が膝から崩れ落ちて気絶する姿が見えた。

 そして、その後ろには丸みを帯びた刃先のない桃色の長剣を握りしめている千尋の姿がある。


 あれは和代の≪楼燐回天鞭アールウィップ≫と同じく、触れた相手に振動を与えるバイブレーションタイプのJOY。

 その名は≪无覇振動刀ブイブレード≫。

 水学の『穏やかな剣士』四谷千尋のJOYである。


 バイブレーションタイプのJOYはDリングの防御をものともせずに強力なダメージを与える。

 千尋は真利子の背中にあてた桃色の剣をそっと引いた。


「ダメだよ。私たちはケンカをさせないために来たんだから」


 悲しそうな表情で倒れる大森を見る千尋。


「なっ……! 千尋さん、貴女はどちらの味方――」


 取り乱す水学副会長蒲田の背中に、和代の≪楼燐回天鞭アールウィップ≫の先端が触れた。

 威力は絞っていてもその強烈な振動は蒲田をあっさりと気絶させる。

 油断した敵を見逃す和代ではない。




   ※


「なぜ、この人たちと協力して私を討たなかったのかしら?」


 JOYを解除した和代は千尋に問いかけた。

 大森真利子と蒲田稟はまだ気絶したままである。

 二人の敗北を目の当たりにした水学の会計は、命じてもいないのに持っていたDリングとジョイストーンを差し出して道の端で縮こまっている。


「だって、昔はともかく今は味方同士だし、それに……」


 千尋はまっすぐに和代を見た。

 その力強い視線に少し圧倒される。


「人質をとるなんて最低な人のやることだと思う」


 目が覚めるような思いだった。

 千尋はまっすぐで、正々堂々とした人物である。

 たとえ友だちがしたことでも、卑怯な行いは許せないと言うのだ。


「副会長さんのことは会長に報告するとして、真利子のことは……」

「わかりました。美女学生徒会としては不問に致します。私個人の過去の過ちは後日改めて謝罪しに参りましょう。許してもらえるかはわかりませんが、罪を認め誠心誠意心を尽くします」


 千尋はホッと息を吐いた。


「ありがとう。それと……」


 少し怯えたような顔で言葉を続ける。


「言うのが遅れたけど、四年前はごめんなさい。たとえ試合とはいえ、あんな――」

「勘違いしているようですが、私は貴女を恨んでなんかおりませんわよ」

「え?」


 その言葉は素直に口から出た。

 不思議そうな顔で聞き返す千尋に和代は胸の内を告げる。


「私もね、貴女に負けて目が覚めましたの。以前の私はプライドばかり高くて、人の気持ちのわからない傲慢な女でしたわ。あの日の敗北があるからこそ今の私がいるのです」

「神田さん……」

「ですからむしろ感謝してるくらいですわ。それをはっきり伝えずいらぬ心配をかけていたなら……こちらこそ、ごめんなさい」

「え、あ」


 和代は頭を下げた。

 千尋はどうしたらいいのかわからない様子であたふたしている。

 本当に和代がそんな風に思っているなんて予想もしていなかったのだろう。

 っていうかいま、勢いあまって名前で呼んじゃったけど、だいじょうぶだったかな。


「……ありがとう、神田さん」

「和代、と名前で呼んでくださって結構ですわ。貴女は私が唯一認めたライバルですもの。これからも、よろしくお願いしますわ」


 手を差し伸べ、握手を求める。

 この機会にできるとこまで調子に乗ってしまえ。

 千尋は和代の顔と手を交互に見比べていたが、やがて笑顔で手を握り返してくれた。


 さっきの恐る恐るの態度とは違う、力強い友情の握手。


 きゃー! またちーちゃんの手にさわっちゃった!

 生ちーちゃんだ! 生ちーちゃんの手だ!

 ぎゅーってするよ、ぎゅーって!


「これからもよろしくお願いしますわ、千尋さん」

「うん、よろしく、和代さん」


 脳内お祭り状態でもクールな表情を維持する和代。

 そして少し気恥ずかしそうに微笑む千尋。

 かつてすれ違ったライバル同士が、四年越しに心を通わせた瞬間だった。




   ※


 翌日は生徒会長権限で午前中の授業を休んだ。

 生徒会長権限で午後の授業だけ受け、生徒会長権限で放課後に役員を生徒会室に集合させた。

 全員が集まったところで、時恵を通して受け取った情報を愛理が報告する。


「麻布美紗子水学生徒会長からの伝言です。『昨日は協力ありがとうございます。学内での反応も上々です』とのこと。それからフェアリーキャッツの大森真利子と共謀して美女学転覆を謀っていた副会長の蒲田稟ですが、昨日付けで副会長職を解任され、二週間の謹慎を命じられたようです」


 愛理の報告が終わると、和代は視線で合図して席を立った。


「ありがとう愛理。みなさんも昨日はごくろうさまでした」

「ありがとうございました!」


 ねぎらいの言葉とともに一礼。

 生徒会役員たちもそれに倣った。


 報告が終わり、それぞれが自由に過ごす時間になる。

 和代は壁一面の大きな窓から外を見た。

 景色の右半分は深い緑。

 左半分に住宅街。

 遠くには千田中央付近にそびえ立つラバースL.N.T.支社ビルがうっすらと見える。


「神田さん、ご機嫌がよさそうですね」

「なんでも四谷千尋さんと和解したそうですよ」


 役員たちの噂する声を背中に聞きながら、和代はみんなからは見えないよう、だらしないニヤケ顔を外に向かって晒していた。

 これから週に一度、千尋と一緒に夜の見周りをすることになったのだ。


 蒲田稟の暴走で生徒会同士の組織的な提携はなくなってしまった。

 その溝を埋めるため、個人間で両校の繋がりが続いていることを体現するというのが目的である。


 和代と千尋の二人が勝手にやっているだけ。

 恒常的に見周りを行っている水学生徒会の邪魔はしない。

 それだけで両校の関係が良好であることを皆に知らしめることができる。


 L.N.T.は、まだまだ野望と陰謀が渦巻いている。

 その驚異から一般生徒を守る使命とともに、自分もまたラブラブ学園生活をエンジョイするため努力をしようと、心に強く誓う神田和代であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る