9 水学副会長の野望

 男子生徒二人の姿が見えなくなった頃を見計らって、和代は千尋の背中に声をかけた。


「お疲れごくろうさまですわ」

「あ、神田さん。おつかれさまです」


 普段通りの態度で振る舞おうとしたのに、緊張しすぎて変な言葉使いになってしまった。

 千尋はそんな和代に軽く頭を下げる。


 沈黙。


 やはり緊張しているのか、千尋はそれきり口を開かない。

 和代も何か話したいのに上手く言葉が見つからない。

 ええい、せっかく二人きりなのに。

 このまま突っ立っていても仕方ありませんわ!


「もう見周りは終わりましたの?」

「あの、大体終わったので、今夜は先に帰っても大丈夫って言われて」

「奇遇ですわね。私も同じですわ」


 ちーちゃんとおそろい!

 とすると、他の役員たちはまだ見周りを続けているのだろう。

 せっかく二人きりなのだから、この機会にぜひともお近づきになりたい。


 もし時間があるのでしたら、ご一緒にお茶でもいかがかしら?

 千尋さんとは一度ゆっくりお話してみたいと思っていましたの。


 ……言えない。

 言葉はいくらでも浮かんでくるのに、口が動いてくれない。

 花子たち相手に売り言葉に買い言葉を返していたさっきまでとはまるっきり逆だ。


 千尋は伏し目がちにちらちらと和代を見ている。

 そんな怯えた目で見ないで!


 対校試合での因縁は千尋にとっても忘れられるものではないだろう。

 ひょっとしたら、まだ恨まれていると思っているかもしれない。


 黙っていると余計にそんな勘違いをさせてしまう。

 違うのよ、ちーちゃんのこと恨んでなんかない。

 むしろ大好きなの。楽しくおしゃべりしたいのよ!


 ううう、なんだこれ。

 新しい自分を発見した気分ですわ。

 好きな娘を前にしただけでこんな風になってしまうなんて。

 学院の女生徒に片っ端から手を出していた神田和代さんはどこに行ってしまったんですの?


 とにかくちーちゃんをおびえさせちゃダメよ。

 やさしく、できるだけ淑女らしく。

 まずは簡単なコミュニケーションからはじめるのよ!


「神田和代さん」


 決意した直後、後ろから声を掛けられた。

 和代は二人の時間に横槍を入れられた怒りを顔に浮かべて振り向く。

 邪魔しやがって!


「ひっ」


 声の主が和代の迫力に後じさった。


「あなたは……」


 和代は意外な人物の登場に目をひそめた。

 そこにいたのはさっき別れたばかりの水学の副会長だった。


 名前は確か蒲田稟かまたりんとか言ったか。

 隣には同じく会計の娘もいるが、こちらの名前は思い出せない。

 そもそも聞いてもいない気がする。

 だがそれよりも注目すべきは、蒲田の腕の中。

 口元をタオルで縛られ首筋にナイフを突き付けられた翔子がいた。


「さ、さすがに勘は鋭いようね。しかし無駄な抵抗はやめなさい」


 抵抗も何も状況が理解できていない。

 わかるのは、この水学の副会長は自分に敵意を向けていること。

 そしてうちの翔子が人質に取られているということだ。


 Dリングやジョイストーンも奪われているらしい。

 翔子は抵抗もできず泣きそうな顔になっていた。


「これはいったいどういうことですの?」


 和代はできる限り相手を刺激しないよう状況把握に努めることにした。


「見てのとおりよ。この娘の命が惜しければ、貴女のジョイストーンをよこしなさい」

「理由をお言いなさいな。何故このようなことをするのかと聞いているのです」

「危険だからよ。街の管理だけで精いっぱいなのに、美隷女学院生徒会なんていう余計な組織があるせいで、いつまでも街の抗争が終わらないの」

「意味がわかりませんわ。争っているのは私たちではなく夜の住人の方々でしょう。それとも、美女学生徒会が水学に牙を剥くとでも仰りたいのですか?」

「前々から体制側の学生権力は一元化されるべきと思ってたのよ。水学生徒会が唯一最大の学生機関になれば他校の意見に左右されない、より厳格で効率的な管理体制を敷くことができるの」

「だからこそ私たちに協力を要請してくれたのでしょう」


 夜の街に関する方針は、必ず互いの生徒会の許可を得てから実行されるのは先に述べた通りだ。

 ごく稀にだが、美紗子が考えたとは到底思えないような過激な作戦案件が送られてくる時がある。

 例えば『夜の時間が始まる直前にチームリーダーを拘束、抵抗したら罰を与える』……など。


 そんな強硬手段をとれば生徒会の信用はガタ落ちになる。

 そういう場合は美女学側からストップをかけることもあった。

 私的な思惑は別としても、今回の共同作戦は決して悪いものではないと判断したから、和代も協力に同意しただけのことである。


「信用できないのよ、裏切り者が率いる生徒会なんてね」

「……ち」


 和代は舌打ちした。

 四年前に和代が水学を裏切って美女学に籍を移したのは事実である。

 しかし、因縁のある千尋ならともかく、いまさら水学生徒会に恨み事を言われるような覚えはない。

 この四年間は互いの利益を損なうことなく気を使い合ってやってきたのだから。


「私が信用できないから、美女学生徒会を潰すと?」

「貴女が力を失えば美隷女学院生徒会は信用を失うわ。そしたら適当な水学生徒を代表に立てて、統一生徒会の支部として扱ってあげる。水学生徒会の出張期間が美女学にある分には何の問題ないもの」


 なんという自分たちに都合の良い考えだろう。

 街の平和のためというのは方便で、扱いやすい関係になってもらいたいだけ。

 つまりは美隷女学院に水瀬学園の傘下に入れと言っているのだ。


「それは水瀬学園生徒会の総意かしら?」

「いいえ、私の独断よ」


 もう一人の水学生徒会役員は怯えた目で蒲田と和代を交互に見比べていた。

 おそらく突発的な計画なのだろう。

 和代が一人になり、運よく人質を手中に収めた機会に、彼女が前々から内に秘めていた野望を実現させようと思い立ったのだ。


 どうやら彼女は時々送られてくる過激な作戦の立案者のようである。

 だが今回の行動といい、底の浅さが窺える。


「私が素直に従うと思って?」


 和代はもちろん、そんな話を受け入れてやる気はない。

 ジョイストーンを握りしめて≪楼燐回天鞭アールウィップ≫を発動させた。


 蒲田の顔色が変わる。

 抵抗を受けると思っていなかったのだろうか?

 この距離なら人質を避けて蒲田だけを倒すことなど容易いことだ。

 もし本気で翔子を害そうとしたら、その瞬間に彼女の頭を打ち砕いでやれる。


「そんなに私の愛の鞭が欲しいのでしたら、たっぷりと味あわせて差し上げてもよろしくてよ?」


 いまなら冗談で済ませてやる。

 そんな意味合いを言葉に滲ませ和代は戦闘態勢に入った。


「……ふっ」


 蒲田は顔をこわばらせ、鋭く睨みを利かせながら薄く笑った。

 その直後、真横から高熱の炎が襲いかかってきた。

 とっさに前方に跳んでかわし、余熱はDリングの効力で防ぐ。


「へえ。私の≪火炎の傷跡フレイムテイル≫を避けるとはね」


 攻撃が来た方を向く。

 淡い光に身を包んだ能力者が一人立っていた。

 さっき花子のグループの本拠地にいたメンバーの一人、花子の横でずっと和代を睨んでいた女だ。


 鎌田はにやりと笑って彼女の紹介をする。


「彼女は大森真利子おおもりまりこさん。水瀬学園の二年でフェアリーキャッツのナンバー2よ。彼女のことはよく覚えているでしょう?」

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