8 L.N.T.のジョーカー

「意外と早く終わりましたね」


 てっきりまた小言をくらうかと思ったが、水学の副会長は今度は何も言ってこなかった。


「他のチームが終わるまでもう少し時間があります。私たちは見回りを続けますので、神田さんは先に本部に戻っていてくださいな」

「私も最後まで手伝いますわよ」


 本音を言えば早く戻って寝たかったが立場というものもある。

 水学の生徒にだけ仕事を任せて先に帰るのは具合が良くない。


「いいえ、本当に私たちだけで十分ですから。と言うかですね、これ以上あのような態度を取られては本当にケンカになりかねないんですよ。お願いですから先に戻っていてください」


 不意打ちで釘を刺された。

 気を使っているように聞こえるが、要は和代に任せておくと余計に面倒になりそうだから、自分たちだけでやりたいと言っているのだ。


「わかりました。では、先に失礼させていただきますわ」


 ただでさえ面倒なのに、そこまで言われて手伝ってやる義理はない。まあ、そこらの弱小グループなら二人とはいえ水学生徒会に逆らうようなことはないだろう。


「でしたら私だけでもお手伝いしますよ」


 翔子がおずおずと手を挙げた。


「二校の連携を伝えるためには、やはり美女学の生徒がいた方がいいと思います。余計なことは口に出しませんから一緒に連れて行ってください」

「いえ、本当に私たちだけで……」

「私もお役に立ちたいんです。今のところ、ちゃんと働いているのは神田さんだけですし」


 流石はうちの可愛い会計役。

 和代の顔を立てつつ、やんわりと反撃をしてくれた。

 自分たちも文句を言うばかりで何もしていないと、暗に指摘された水学生徒会の二人は非常に気まずそうだった。


「わかりましたわ。それでは翔子さんにも協力をおねがいします」

「ありがとうございます。神田さんは先に戻ってお休みくださいね」

「ええ。悪いけど後はよろしくお願いしますわね」


 翔子には迷惑をかけるが、折衷案としては妥当だろう。




   ※


 仕事は一段落したが、実に腹の立つことが多い夜だった。

 ちーちゃんとは一緒にいられなかったし、こんな事なら引き受けなければよかったですわ。


 しかし収穫はあった。

 今回見て廻った三チーム。

 これまで情報として伝え聞いていただけだった夜の街の実情を、この目で確認することができた。


 和代は自分なりに今日得た情報を分析してみた。


 一番恐ろしいのはやはり荏原恋歌えばられんかだろう。

 その存在は圧倒的すぎる。


 彼女のグループ自体は少数精鋭であるが、本気で支配に乗り出せば街の状況は一変するに違いない。

 今後ますます監視と警告に力を入れなくては。


 豪龍爆太郎ごうりゅうばくたろうという男はともかく、爆撃高校全体の動向は気にしておいた方がよさそうだ。

 あそこはあまりに全体の統一性がなさすぎる。

 外の社会であぶれた不良たちを集めているだけあって、ふとしたきっかけで暴発しないとも限らない。

 いったい、運営陣は何を考えているのだろう?


 そして深川花子ふかがわはなこ

 彼女はよくいえば無邪気。

 ハッキリ言えばただの子どもなのだ。

 それゆえに裏表がなく、悪ガキたちの信頼も集めている。


 彼女をうまく指導できれば、勢力争いをやんわりと収束させることも可能なのではないか?

 ……いや、そんなことができるなら美紗子がとっくにやっているか。

 甘い考えは捨てるべきだ。

 深川花子という女は誰にも飼いならせない野良猫なのである。


 ともあれ、夜の街は思ったほどの無法地帯ではなかった。

 まだまだ生徒会の力は強く、こうして治安維持に努めている限りは大きな暴動も起こらない――


 ゾクリ。


 全身を突き刺すような威圧感が前方から近づいてくる。

 和代は反射的にDリングを発動させ、ポケットの中のジョイストーンを握りしめた。


 荏原恋歌か?

 和代が一人になった隙を狙いに来たか。

 いや、それにしてはあまりに堂々とし過ぎている。

 たとえ和代が一人でも、こんな駄々漏れの殺気を振りまいては、他の生徒会役員もすぐに気付く。


 これは荏原恋歌ではない。


 闇の中から威圧感の主が姿を現した。

 小柄な体格が纏うのはぶかぶかのブレザー。

 めったに見ることのない爆撃高校の女子制服だ。


 顔の半分を隠すほど長い前髪の奥には、視線を合わせるだけで凍りついてしまうような、圧倒的な冷たさを湛える瞳が見える。


「アリス……さん」


 和代は恐る恐る彼女の名を呼んだ。

 アリスは初めて和代の存在に気づいたように、ちらりとこちらに視線を向ける。


「本日は、どのような用件で夜の街に?」

「買い物」


 アリスは和代の質問に短く答えて横を通り過ぎた。

 夜の千田中央駅付近には電気部品など、表の流通が禁止されている商品を売っている店がある。


 だが……本当にただ買い物のためだけに、たった一人で夜の街に?


 愚問だった。

 誰がこの少女に手出しできると言うのか。


 爆撃高校は一見すると男子生徒ばかりだが、実は共学である。

 暴力と死が日常の爆撃高校において力のない女子生徒たちを守っているのが、本校舎から離れた女子校者とアリスの存在なのだ。


 いや、守っているというよりは、彼女がいるから男たちは手を出せないと言った方が正しいか。


 アリス。

 本名は不祥。

 爆撃高校の旧校舎に住みつき、他の女子生徒とともに建物を私物化している。

 極度の男嫌いとして有名で、旧校舎に近寄る男は容赦なく排除する。


 かつてアリスを旧校舎から追い出すために当時の爆撃高校最大勢力が戦いを挑んだが、わずか数分で全滅、半数が死亡もしくは再起不能となったらしい。

 アリス一人の手によって。


 他にも四年前に爆撃高校中等部が設立された時、権力を悪用して女子生徒を食い物にしようとしていた教師たちを皆殺しにしたとか、嘘か真かわからない数々の恐ろしい噂が彼女には常に付きまとっている。


 ある意味で存在そのものがホラーな人物だ。

 しかし作り話のような伝説も、彼女を前にすれば決して大げさではないことがわかる。

 その威圧感は戦闘態勢でなくても圧倒的で、彼女を前にした時の恐怖感は恋歌をも上回るかもしれない。


 さきほどは殺気と感じたが、アリスはそんなつもりはなかっただろう。

 彼女は常にあんな冷たい空気を周囲に振りまいているのだ。

 爆撃高校のアンタッチャブル。

 L.N.T.のジョーカー。


 幸いにもアリスは夜の勢力争いには全く興味を持っていないようで、それゆえ抗争に積極的に関わったり、何らかの事件を起こしたりすることはないのだが……


 夜のL.N.T.は、まだまだ無数の火種を抱えている。




   ※


「あ」


 本部に向かう角を曲がったところで千尋の姿が見えた。

 こ、これは願ってもいないチャーンス!


 小走りで駆け寄ろうとする和代。

 しかし、千尋が誰かと話をしているのを見て足を止める。

 彼女と向かい合うように二人の男子生徒がいた。

 着ている制服は水学の生徒のようだ。


 いったい何者!?

 千尋に付き合っている男なんていないのは調査済みだが……


 和代はなんとなくモヤモヤしながら、建物の陰に隠れてゆっくりと近づいた。

 千尋と男子生徒たちの話声が聞こえるギリギリの場所で息をひそめる。


「助けれくれて、本当にありがとうございました」


 男子生徒の片方が千尋に頭を下げている。

 たいした特徴もない普通の男子生徒である。


「いいんだよ。けど、本当に危ないから、夜は興味本位で出歩かないほうがいいよ」

「いやあ、ごめんね千尋さん。オレは止めろっていったんだけどさ、こいつが能力を手に入れた記念にどうしても夜の中央に来てみたいなんて言うから」

「人のせいにするなよ。清次だってようやく第二段階に進んだって浮かれてただろ」

「いやいや、お前が……」

「二人とも、言い訳するな! 特に清次君は夜の中央がどんなに恐ろしい所かよく知ってるでしょ。守れもしない友だちを連れまわすんじゃないよ。私が偶然通りかからなかったら、二人とも今ごろボロボロになってその辺に転がされてたんだからね!」

「わかりましたよ千尋さん、すいませんでしたってば」


 もう片方の調子のよさそうな男とは知り合いっぽい雰囲気である。

 が、見た感じそれほど仲が良いというわけでもなさそうだ。


 とりあえず事情は大体呑み込めた。

 あの二人は能力を手に入れたばかりの一年生だろう。

 興味本位で夜のL.N.T.デビューを果たして痛い目を見たに違いない。

 そこを運よく通りがかった千尋に助けてもらった……といったところだろう。


「とにかく二人とも家に帰りなさい。中央に来るなとは言わないけど、グループに所属するか、せめて第三段階になるまでは来ちゃいけません」

「はいはい。んじゃ空人、今日は帰ろうぜ」

「ああ……四谷さん、本当にありがとうございました」


 千尋はフッと穏やかな表情になり、去っていく二人に「気をつけてね」と手を振った。

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