7 最大勢力フェアリーキャッツ
「なんてことしてくれるんですか!? 警告に来ただけなのに、あんなふうに彼らを刺激して!」
豪龍たちの本拠地のビルを出てしばらく歩いた所で水瀬学園の副会長から大声で怒鳴られた。
何かしら言ってくるとは思っていたが、いきなりだったので少しびっくりした。
「敵の本拠地でJOYを使うなんて正気とは思えません! 見逃してもらえたからよかったものの、逆上して襲い掛かってきたらどうするつもりだったんですか!?」
敵、ね……
警告とか言ってる割には、しっかりと状況を把握してるじゃない。
「その心配はありませんわよ」
和代はまっすぐ彼女の目を見返してきっぱりと言い切った。
「な、なぜそんなことが言い切れるのですか?」
「そんな度胸はないからですわ。少なくとも豪龍はね」
爆撃高校最強と言われる豪龍だが、実際の所たいした人物だと思っていない。
群雄割拠の爆撃高校で最大勢力を束ねるのだから、それなりに強力な能力を有しているはずだし、カリスマ性もあるのだろう。
しかし豪龍には恋歌が持っているような威圧感がない。
ハッキリ言えば、ただ周りと比べて頭一つ分だけ飛び出た世渡りがうまい男だ。
さすがに四人で豪龍組全員を相手に勝てるとは思っていないが、やられる前に豪龍だけは確実に再起不能にできる自信はある。
あの慎重な男が水かあの危険を顧みずに部下に手を出させるような危険は冒さないだろう。
現にさっきも、あいつは建物に入った瞬間から和代の出方を事細かに窺っていた。
良く言えば注意深く、悪く言えば小心。
豪龍爆太郎とはそういう男だ。
だからこそ爆撃高校で最大勢力を保てているのかもしれない。
それにしても爆撃高校とは不思議なところだ。
常時校内での能力使用が許可され、昼間から校内抗争を繰り広げてはいるが、水学や美女学と比べて突出した能力者がいるわけでもない。
在校人数に対する能力者の比率だけを見ればむしろ三校で最も低いくらいだ。
もし学校側が生徒を持て余しているとしても、水学と美女学が団結すれば、爆撃高校の不良たちを力で抑えつけることも可能だろう。
しかし、そんな話は一度たりとも出た試しがない。
それどころか学校側は次々とL.N.T.の外であぶれた不良たちを中途入学させ続けている。
まるでわざと彼らを争わせているかのようだ。
いや、それを言ったら夜の住人たちも同じか。
こうして生徒会で見周りなどをしているとはいえ、具体的に有力チームを解体させるといった案は出ない。
夜の街の抗争すら企業による実験の一部なら、この街の若者たちはすべてラバースの手の上で踊っているのに過ぎないのだろうか……
「考えても仕方のないことね」
「え?」
和代は「なんでもないわ」と首を振ってまた歩き出す。
「さて、残り一か所ですわね。さっさと警告を済ませて戻りましょう」
「今度はケンカ腰にならないでくださいね」
「わかってますわ」
念を押す水学の副会長にそっけなく答え、和代たちは最後のチームのところへ向かった。
夜の千田中央駅の最大勢力『フェアリーキャッツ』の本拠地がある千田中央駅ビルへと。
※
「あれぇ? 誰かと思えば、対校試合で千尋ちゃんにボロ負けした美女学生徒会長さんじゃん」
無理だった。
こっちにその気がなくても、相手がその気ならしかたないわよね。
「そういうあなたは、恋歌さんの不意打ち一発で気絶させられたフェアリーキャッツのボス猫、
三十人ほどが集まっているフロアの空気が一気に張り詰める。
駅ビルの五階にあるこのフロアは、水学・爆高両校の混成グループである、フェアリーキャッツの本拠地である。
大所帯だけあって学校の教室の四倍ほどの広さがあるが、これが本拠地のすべてではない。
この建物自体が彼女たちの支配下にあり、この場にいる人数の二倍以上のメンバーが下の階に待機しているはずだ。
長らく敵対していたグループを壊滅させ、今や夜の千田中央駅付近での最大勢力になったフェアリーキャッツ。
この夜の街最大の勢力をまとめ上げているのが目の前の少女、水瀬学園二年生の深川花子である。
花子とは以前から面識があった。
ともにL.N.T.の第一期生であり最初期の生徒である。
和代にとってはどん底の日々の始まりだった、四年前の対校試合でも顔を合わせている。
もっとも、こんな風に面と向かって会話をするのは初めてであるが。
「いいのかなぁ、そんな態度で。ケンカしにきたわけじゃないんでしょ? あたしを怒らせたら生きて帰れないかもよ?」
「両校の生徒会を敵に回す覚悟があるならご自由になさいな。私たちは生徒会の代表として警告を与えに来ているのですからね」
空中で視線が交差し火花が散る。
一緒に来た三人が後ろで震えている姿が手に取るようにわかる。
だが、このムカつく女に好き放題言わせておくのはどうにお我慢がならない。
先に視線を逸らしたのは花子だった。
ばかばかしいとでも言いたげに鼻で笑いながら、目を閉じてソファに深く腰掛ける。
「ま、話だけは聞いておくよ。どっちにせよ、『運営』の権威を笠に着なきゃ何も言えない生徒会なんかと争う気はないけどね」
こちらの気苦労も知らないくせに、お山の大将がよく言う――
咽まで出かかった反論の言葉は理性を総動員させて呑み込んだ。
態度は非常に腹立つが、向こうはやる気などないと言っているのだ。
こちらからケンカを売ってしまえば、それこそ泥沼の乱闘になりかねない。
いや、半数くらいならは自分一人でいけるだろうか……?
そんなふうに考えそうになった思考を慌てて打ち消す。
警告に来て暴れては本末転倒だ。
この花子という女は最初期からの能力者だけあって、能力者としての実力は間違いなく高い。
戦いの時には常に自ら先頭に立ち、数々の武勇も伝え聞いている。
それゆえに二校の混成という、非常にまとまり辛いのメンバーたちからも絶対の信頼を受けており、これだけの勢力を率いることを可能としているのだろうが……
やはり、彼女も荏原恋歌ほどの威圧感はない。
一対一で戦えば、楽勝とは言わないが負けることもないだろう。
もちろん実際に試すつもりはないが。
今のところはですけどね。
気が変わらないうちに引き返しましょう。
「警告はしましたからね。遊ぶなとは言いませんから、双方にとって残念な結果にならないよう、聡明な立振舞いを期待していますわ」
「あ、ちょい待ち」
「まだ何か?」
帰ろうとしていた所を呼び止められ、さすがにイライラしてきた和代であったが、花子の口から出たのは予想外の言葉だった。
「美女学の一年生にさ、市(いち)って娘がいるの知ってる?」
また減らず口でも叩かれるかと思っていたが、そうではなかった。
「ええ、面識はありませんが名前は存じておりますわ。彼女が何か?」
たしか、フルネームは
本所家はL.N.T.の開発が始まる前からこの辺りの土地を所有していた旧家のひとつである。
民間では大地主の古大路家に次ぐ街の有力者と言えるだろう。
その一人娘が美隷女学院に入学してきたという話はもちろん和代も知っている。
「会ったらさ、よろしく言っといてくんない? あたしがまた遊ぼうって言ってたって」
「それは構いませんが……あなたと彼女はどういった関係で?」
「ともだちなんだ」
花子は無邪気な笑顔を浮かべて言った。
街の不良のトップと、箱入りお嬢様が友だち……?
にわかには信じられないが、花子の表情は作りものには思えない。
今の彼女にさっきまでのような好戦的な表情は見られなかった。
「え、ええ、承知しました。見かけたらお伝えしておきますわ」
「ついでにキャッツに来るならいつでも幹部の椅子を空けて待ってるよって」
「立場上できません。それはご自分でお伝えなさいな」
「あっそ。んじゃ、また言いたいことがあったら来なよ。ばいばい」
花子は手をヒラヒラと振って和代たちを追い払う。
険悪な雰囲気のメンバーたちの視線を背中に浴びながら、和代たちはフェアリーキャッツの本拠地を後にした。
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