6 荏原恋歌一派と豪龍組

 荏原恋歌とその取り巻きたちは決まった本拠地を持たない。

 駅西側の梨野りの地区を中心に、弱小チームを威圧するよう我が物顔で街を練り歩いては、常に異なった場所でたむろしている。


 和代を先頭にした生徒会混成第三チームは商店街を探索していた。


 夜の住人たちが遠巻きにこちらを見ている。

 ヤジを飛ばす者はいるが積極的にちょっかいを出してくる者はいない。

 うちの翔子は人が出てくるたびにビクついていたが、水学側の二人は慣れているのかいちいち反応したりせず、油断なく周囲に目を光らせている。


 夜の千田中央駅に来たことは数えるほどしかないが恐怖などは感じない。

 無法地帯とはいえ、大半の夜の住人はどうせ和代から見れば取るに足らない相手なのだから。


「恋歌さんたちの居場所は見当がついているのでしょうね?」


 歩きながら和代は水学生徒会副会長の蒲田稟かまたりんに問いかけた。


「彼女たちに決まった本拠地はありませんが、最近は三か所ほど特定の場所を占有していることが多いようです。少し先の路地にある喫茶店がそのうちの一つです」

「その三か所の中のどこかにいる可能性が高いということですね」

「ご存知かと思いますが、荏原恋歌さんは気まぐれな方なので絶対とは言い切れません。夜の街に現れない日もあるみたいですから」


 特定の本拠地を持たないのなら守りに入る必要もない。

 まあ、いなければそれでいい。

 今日の話は嫌でも彼女の耳に伝わるはずだし、明日にでも学校で釘を刺せばいいだけだ。


「ちなみにその喫茶店は以前、爆撃高校の弱小グループの本拠地でした。二週間前に恋歌さんたちに襲撃を受けて奪い取られたそうです。その時の抗争で二名の死者を出してグループは解散。生き残った数名は別のグループに吸収されたそうです」


 どうでもいいことだった。

 血なまぐさい話に興味はない。

 人死にが出ても反省しないバカな生徒の面倒まで見る必要もないのだ。


 件の喫茶店に到着した。

 ドアを開けて店内に入ると、九対の目が和代たちを睨みつける。


「あら、珍しいお客さんね」


 一番奥の特等席。

 ソファに腰かけた恋歌がグラスを傾けながら言った。

 運がいいのか悪いのか、一発めで大当たりだったようだ。


「ごきげんよう、荏原恋歌さん」

「何の用かしら?」

「特に用はありませんわ。単なるパトロールです」


 和代と恋歌の視線が空中でぶつかり合う。

 昼間よりもさらに圧迫感のある視線。

 気を抜くと圧倒されそうだ。


 グループの他のメンバーも和代を睨みつけていたが、恋歌と比べれば路傍の石ほどにも気にならない。


「パトロールねえ……いつからうちの生徒会は、水学生徒会の犬になったのかしら」

「共同で活動をしているだけです。どこかの誰かさんがトチ狂って馬鹿なマネをしでかしても、素早く対処できるようにね」


 グループメンバーたちに殺気が漲った。

 グラスを握りしめたまま立ち上がる者もいる。


 いけない、ケンカを売るはなかったのについ過剰に反応してしまった。

 釘を刺すのが目的でやって来たのに自分で争いの種をまいては本末転倒である。


 恋歌は「くくく」と声をかみ殺して笑った。


「私からもよく注意しておくわ。その誰かさんにね」


 おかしそうに笑う恋歌。

 酒に酔っているのかもしれない。

 つられて周りのメンバーも笑い始めた。


「新入生も入ったことだし、しばらくは両校が協力して治安維持に努めます。今回はそれを伝えに来ただけ。なので、これで失礼しますわ」

「ごくろうさま、生徒会長さん」


 和代は恋歌たちに背を向けて店を出た。

 他の三人も逃げるように後に続く。


「ごくろうさま」

「ごくろうさま」


 からかい混じりのメンバーの声が店内から聞こえてきた。




   ※


 駅から北、香町かちょう一丁目の千田街道沿い。

 三階建てのビルが爆撃高校最大勢力である豪龍爆太郎のグループ『豪龍組』の本拠地だ。


「ほぉ。美隷女学院の会長さんとは初めてうたが、なかなかの別嬪さんじゃのぉ」


 Tシャツの上からボロボロの学ランを羽織り、大声で下品な笑い声をあげるむさ苦しい男。

 彼そこが夜のL.N.T.で二番目に強い勢力を誇るチームのリーダー。

 爆撃高校二年生の豪龍爆太郎ごうりゅうばくたろうである。


 彼らはビル一階のバーを私物化して派手に騒いでいる最中であった。

 L.N.T.随一の不良校である爆撃高校の特徴として、校内に限れば昼間でも能力が使えるというのがある。


 つまり、校内は休みなく能力者たちが覇権を争う戦場なのである。

 授業などはまともに行われず、非能力者だからといって逃げることも許されない。

 誰もが常日頃から死と隣り合わせの地獄のような学校である。


 学内は無数の派閥に分かれ、それぞれが血で血を洗いながら勢力争いをしている。

 能力者は非能力者の兵隊を従えて誰もが武力で頂点を目指している。

 裏切りは日常で、隙を見せた者はあっさり蹴落とされていく。


 かつては治安維持の名目で生徒会を作ろうという動きもあったが、複数のグループによってあっという間に候補生が皆殺しにされたという話も聞いている。


 そんな中で五十人を超える部下を率い、学園どころか夜の街でも勢力を広げ、今や千田中央ちだちゅうおう駅付近で第二位の勢力にのし上がった豪龍だ。

 彼は爆撃高校の中でも頭一つ飛び出た存在と言えるだろう。


「と言うわけで、これからしばらく見周りを強化します。不用意な行動は慎んでください」


 言うだけ言って和代はさっさと店を出ようとした。

 豪龍を中心に下卑た男たちが節度もなく奔放に酒盛りを楽しんでいる。

 こんな不愉快な空間からはさっさと退散しかった。


「おいおい、もう帰っちまうのか? お酌でもしてくれよお」


 爆高生の一人が和代の肩を掴んだ。

 和代はそれを無造作に振り払って先を行く。

 邪険に扱われた男は周りの失笑を買い、顔を赤くしてビール瓶を掴み上げた。


「お高くとまってんじゃねえぞ、クソアマが!」


 遠慮も加減もなし。

 男が和代の頭めがけてビール瓶を振りおろす。

 が、その攻撃は和代に触れる直前で見えない壁に防がれた。


 和代たち四人の体が淡く発光している。

 衝撃や悪意ある攻撃から身を守る指輪、D《ディフェンス》リングの効力だ。


 能力者の攻撃は生身の人間が食らえば命に関わるほど強力なものもある。

 そんな危険から身を守るため、水学・美女学の生徒全員に必ず配られるのがこのDリングだ。


 夜の街を出歩く際、このリングを装備しないのは完全な自殺行為である。

 そのため適正審査があり、例えば水学ではJ授業の第一段階でこのリングは配られる。


 ただし、その効果が現れるのは適正があると認められ、指輪を光らせることに成功した者のみ。

 だから第二段階に達していない人間には夜の街の存在を秘匿されているのだ。


 逆に言えば、これを装備している限りはよほど威力のある攻撃でないと傷つくことはない。

 男の怒り任せの攻撃はそんなことすら知らない愚か者の行為だった。


 和代は手を出されて黙っているほど穏やかではない。

 ポケットの中からジョイストーンを取り出す。

 それは筒状の物体へと姿を変えた。


 筒を一振り。

 先端から飛び出した小さな球体が大きく迂回し、背後の男をさらにその後ろから襲う。

 着弾の感触を確かめた直後、手元操作で振動を送り込む。


「あがぎゃぎゃぎゃっ!」


 男は悶絶し、糸が切れたようにうつ伏せに倒れた。

 毎日が死と隣り合わせの生活をしているくせに、奇襲に対する警戒もできないのか。

 そもそもリングの効果を発揮させるだけの能力もない、単なる非能力者の兵隊なのかもしれない。

 要は豪龍の威光を笠に着ているだけの雑魚だ。


 どちらにせよこの程度の男に先はない。

 わざわざ手加減してやる必要もなかったか。


 これが和代のJOY。

 名は≪楼燐回天鞭(アールウィップ)≫と言う。

 その圧倒的な威力を目の当たりにして、それでもちょっかいを出してくる者はいなかった。


 振り向きもせずに無言で店を出ていく和代の後に、三人の生徒会役員も続く。


「いいのぅ。いつか地べたに這いつくばらせてやりたいわい」


 捨て台詞のような豪龍の言葉は誰も聞いていなかった。

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