5 中央の三大勢力

 ちーちゃんだ!


 駅裏の繁華街、線路沿いの雑居ビルの前に、ちーちゃんこと四谷千尋が立っていた。

 剣道の竹刀が入っていると思われる布袋を肩に担ぎ、目の前を走っている電車をボーっと眺めている。


「千尋さん、お待たせしました」


 美紗子が声をかけると千尋がこちらを振り向いた。

 友だちを前に笑顔を見せたのも一瞬、その顔が緊張の色を帯びる。


「あ……」


 千尋は和代がいることに驚いていた。

 あの様子だと美隷女学院の生徒会と協力するという話は聞かされていなかったらしい。


「お久しぶりですわね。今晩はお互いに頑張りましょう」


 ちょっぴり傷ついた内心を隠しつつ、和代は平静を装って千尋に握手を求める。

 少しの間があったが、千尋は恐る恐る手を握り返してくれた。


「よ、よろしくお願いします」


 やった! ちーちゃんの手にさわっちゃった!


 この前手に入れた写真を使いつつ、この感触を思い出すだけで一か月は夜の妄想に困らない。

 そんな下品な思考はちらりとも表に出さず、和代は優雅に微笑んだ。

 振り向けば美紗子を除いた両生徒会役員たちが緊張した面持ちで二人のやりとりを見ている。


 水学側の生徒会役員はすべて純水組じゅんすいぐみである。

 純水組とは四年前にL.N.T.が入植を開始した頃、つまり第一期生の中でも始めから水瀬学園に在籍している生徒のことだ。

 二人の因縁はもちろんみんな知っている。

 千尋と和代が顔を会わせることに不安もあっただろう。


 しかしそんな緊張は無用なものだ。

 美女学の生徒会長として公務に私情を挟むつもりはない。

 なにより、私はちーちゃんと仲良くしたいだけなんだからねっ。




   ※


 原千田はらちだ六丁目にある雑居ビルは水瀬学園の生徒会が夜の見回りをする時に使う拠点である。

 建物内は厳重に三段階の扉すべてに鍵が掛けられていた。

 奥の部屋は長テーブルが並んだ会議室。

 隣には給湯室もある。


 会議室の中は一通りの調度品が揃っていた。

 雑居ビルの中とは思えない、豪奢な室内である。

 この会議室だけを見ても美隷女学院の生徒会室と比べて遜色ない。


 外の施設でこれだけの設備があるなら、水学の生徒会室はどれだけ立派なのだろう。

 軽い嫉妬を覚えつつ、和代は向かって左側の一番奥の席に座った。

 その右隣、テーブルの左側列に美隷女学院の生徒たちが並ぶ。


 両校が向かい合う形で席に座ると、美紗子が自ら紅茶を注いで廻った。

 呆れるくらいさりげない気配りのできる人間だ。

 ちーちゃんは対面側の一番手前に座っている。

 和代からは一番離れた席だ。


 全員に紅茶とお菓子が行き渡る。

 美紗子は前にあるホワイトボードに張られた千田中央駅の地図を使って説明を始めた。

 空いた正面の席にちーちゃんが来ればいいのに。


 千田中央駅の周辺は三つの地区に分かれる。


 駅東部の原千田はらちだ、西部の梨野りの、そして北部の香町かちょう

 すべて駅の北口側に拡がっている。


 駅南部は小さな広場があるだけで建物も何もなく、今後の開発の予定もない。

 駅舎を出てすぐにL.N.T.の境界である川が流れ、その向こうは原生林が生い茂っている。


 夜の住人たちは北口側の三つの地区で縄張りを広げ、グループごとに小競り合いを繰り返していた。


 両校の生徒会が集合したとはいえ、夜の住人たちを武力で抑制するわけではない。

 今晩は有力なグループをピックアップして警告を与えて廻るだけだ。


 夜の住人たちがいくら力を持とうと最大の権威を持つのは水瀬学園生徒である。

 生徒会に真っ向から逆らったら、日が昇った後に強烈なペナルティが待っているだけだ。

 加えて美隷女学院の生徒会も協力していると知らしめれば、水学の生徒以外にも強い抑止力になる。


 まことに残念な話だが、美女学の生徒にも夜の住人は多い。

 生徒会がいくら呼びかけても抑制できるものではないのだ。


 美紗子が地図にいくつかのマークと文字を書き込んでいく。

 この点が主要グループの本拠地がある場所だ。

 よくもここまで調べたものである。


 千田街道を挟んだ香町の北側は爆撃高校があって、その周辺には小規模な爆高生のグループが多い。

 もちろん水瀬学園や美隷女学院の生徒で構成されたグループや、あるいは混合グループも存在する。


「今夜はこの表の中から特に勢力の強い十五グループを選んで警告をして回ります。三手に分かれ、それぞれ五グループずつを担当してもらおうと思っています」

「編成の内訳は?」


 愛理が質問をした。


「私、千尋さん、神田さんの三人を中心として、各校から三、四名ずつを予定しています」


 三つという時点で大体の予想はついていたが、ちーちゃんと一緒にまわることはできないらしい。

 とっても残念だわ。


「各校の混成チームで警告をして廻ることで、よりはっきりと両校の意思統一を伝えることができるというわけですわね。さすが美紗子さん、よく考えてますわ」

「ありがとうございます」


 愛理が何か文句を言いそうだったので、和代は先手を打って美紗子に同調した。

 相手側に計画を一方的に任せている以上はこちらが妥協しなければいつまでも話は進まない。

 くだらない言い合いなんかをするつもりはないのだ。


「それから、通信役としてうちの書記をこの場に待機させます。なにかあれば連絡をしてください。出発前に通信機を配りますので無くさないようお願いします」

「通信機?」


 和代はまたしても驚いた。

 水瀬学園の生徒会は通信機まで持っているのか。


 情報の伝達手段は組織にとって非常に重要な要素だが、L.N.T.では個人所有の携帯端末は使えない。

 各家庭に電話はあるが、外での活動中は体力に優れたSHIP能力者などに伝達任務を担ってもらうのが基本だった。

 美女学の忍者部もそのための組織である。


 チームメンバーの構成はすでに用意されてあるそうだ。

 問題があるようならある程度変更には応じるとのことである。

 和代のチームは和代、翔子、水瀬学園の副会長、同会計の四人チーム。

 さすがにチームリーダーは代えられないし、別に文句を言う必要はないと思った。


「それから、各々が担当するルートですが……」

「私たちは恋歌さんのチームを引き受ければいいのでしょう?」


 美紗子の言葉を先回りして和代は言った。


「お願いできますか?」

「もちろん。彼女はうちの生徒ですからね」


 美隷女学院の生徒で構成される最も有力なグループは荏原恋歌が中心となっている。

 と言っても恋歌とその取り巻き八人だけの小規模なグループだ。

 それでも、その勢力は夜の勢力の中でも第三位に位置すると目されている。

 恋歌個人の力があまりにも突出している証左であった。


「後は豪龍氏と深川さんのチームを引き受けようと思いますが、いかがかしら?」


 会議室の面々がにわかにざわめいた。

 特に和代と同じチームになった水学側の二人は明らかに取り乱している。


「それでは和代さんたちの負担が大きすぎます」

「警告をしに行くだけなのに、負担もなにもありませんわ。これらのグループには特に私たちの結託を知らしめる必要があるでしょう? 普段から警告を繰り返している美紗子さんよりも、私が直接向かう方が効果があると思いますわ」


 美紗子は顎に手を当てしばし考えていたが、やがて顔を上げて頷いた。


「……わかりました。ぜひお願いいたします」

「その代わりに私たちの担当はこの三箇所だけにしていただけないでしょうか。それぞれの本拠が離れているので、移動に時間がかかってしまいますので」

「わかりました。残りの十二グループは私たちがそれぞれ引き受けます」


 豪龍爆太郎ごうりゅうばくたろう深川花子ふかがわはなこ

 恋歌のグループと並ぶ、三大勢力の残り二つのグループを束ねるリーダーである。

 いずれも巨大なチームであり、この三グループだけで全勢力の半分を占めるとも言われている。


 夜の見回りの手伝いという面倒事を引き受けた形であるが、流されるだけでは終わらずやることはきっちりとやる。

 そのためには最初にこちら側の意気込みを見せるのが肝心だ。


 ……というのは建前で、間違ってもちーちゃんをこいつらに合わせたくないだけなんだけど。


 残りのグループの担当分担が終わった。

 時計を見上げると時刻は九時五〇分をまわっている。

 あと一〇分で夜の世界が始まる。


「最後になりますが、今日行うのはあくまで警告です。争い事はもちろん不必要に相手を刺激するような言動は慎むようお願いします。それでは皆さん、くれぐれもお気をつけて」


 美紗子の言葉で会議を閉める。

 両校合わせて十二人の生徒会役員たちは夜の街へと繰り出していった。

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