4 夜間警備強化月間
「夜間警備強化月間?」
「はい。水瀬学園生徒会から協力を求められています」
生徒会室の会長席に座り、膝の上に座らせた翔子の胸を弄りまわしながら、和代は副会長の愛理から報告を聞いた。
その一言を皮切りに定例会議が始まる。
切なげに喘いでいた翔子も物足りなそうな顔で自分の席に戻っていった。
「治安維持ね。相変わらず地道な活動ご苦労なこと」
L.N.T.内では普段、
しかし夜十時から明け方までの間に限り、この制限がなくなるのだ。
建前上は電波施設のメンテナンスのためと言われている。
だが実際には、生徒たちに自主的な能力使用を行わせるのが目的だろう。
ラバースは意図的に空白時間を作っているのだ。
結果として、夜のL.N.T.は能力者たちがしのぎを削り合う無法地帯と化している。
街が設立されてから四年、すでにかなりの数の死者も出ていた。
もちろん能力者たちは何も知らず平穏に暮らす非能力者を襲うような真似はしない。
暗黙のルールを破ったが最後、街を運営する企業によって死よりも過酷な制裁が待っている。
夜間は我が物顔で振る舞っていても、日が昇って能力制限が始まれば能力者たちに逆らう術はない。
夜の住人たちはほとんどが
危険な目に会いたくなければ近づかなければ良いだけだ。
それでも能力を発現させると同時に『夜の住人』となる生徒は後を絶たなかった。
名誉、スリル、力を行使する快感。
若い少年少女たちは、そんなくだらないものを求めてやまないのだ。
前述の理由から街を運営する企業も夜間の勢力争いは黙認状態である。
だが、せめて少しでも争いをなくしたい、犠牲者を減らしたいと、そんな想いから自警団を組織して夜の街に警告を発している者たちもいる。
それが水瀬学園生徒会なのである。
彼女たちの発言力は昼夜を問わず強く、正面から敵対を表明するグループは存在しない。
ただし例外として水学生徒会と対等の権力を持っている組織が一つだけあった。
それが美隷女学院生徒会だ。
夜の街に関する方針は、その結果次第で学園にも大きな影響が出る。
なので何かしらの変更を行う場合は必ず両生徒会の合意を得ることになっている。
美女学生徒会は基本方針として夜の街には関わらないことにしている。
なので、こちらから提案を出したことはないが、水学側からは時々このような意見書が送られてくる。
あまりにも不適当な方針や、こちら側が一方的に損害を被るような意見は却下することもあった。
「水瀬学園生徒会長の
「それで私たちに協力を求めてきたのね。この機会に在校生に釘を刺しておきたいということでしょう」
和代は夜の街には興味がない。
非能力者には夜間外出のルールを設け、安全を保障する代わりにその存在を秘匿……
つまり昼のL.N.T.と夜のL.N.T.は別の世界だと認識している。
快楽を求めて命を落とすならそれは自己責任。
力を持った者にはそれを使用する場も必要だろう。
誰だって異能の力を手にしたら存分に使ってみたいと思う。
四年前の和代もそうだったのだから。
今まで頑として夜の町に関わらなかった美女学生徒会が治安維持に参加すれば、かなりの抑止力になることは間違いない。
……が、正直言って気が進まない。
怖いのではない。
夜の街にはちーちゃんがいないからつまらないのだ。
四谷千尋も水学トップフォーと呼ばれる高位のJOY使いだが、昼間は普通の剣道少女として充実した生活を送っているらしい。
彼女は夜の住人となって己の欲望のままに能力を振るうような人間ではない。
「なお、麻布美紗子は水瀬学園内からも善意の協力者を募っているようです。彼女の個人的な友人で、抑止力となりうるJOY使いやSHIP能力者を数名――」
「善意の協力者?」
和代は伏せていた目を上げ愛理を睨みつけた。
異様な雰囲気を察した彼女の体が縮こまる。
「……いいでしょう。これを機に水学生徒会と親交を深めておくのも悪くはありません。是非協力させて欲しいと伝えておいてください」
生徒会室にいるすべての生徒が息を飲んで和代の言葉を聞いた。
水瀬学園生徒会長麻布美紗子の友人で、正義感の強い一流のJOY使い。
その条件で誰もが真っ先に思い浮かべるのはやはり『穏やかな剣士』四谷千尋だ。
宿命のライバルが再び相まみえる時を予感し、重苦しい緊張が室内を支配した。
しかし当の和代は、
「これはちーちゃんとお近づきになるチャーンス」
他の生徒会役員たちに背を向け、気を抜けば緩みそうになる表情を必至で堪えながら、心の中でガッツポーズをしていたのだった。
※
夜八時。
和代と生徒会の面々は千田街道沿いの喫茶店で水瀬学園生徒会を待っていた。
紅茶を啜りながら窓の外を見ていると、電柱に備え付けられたスピーカーから帰宅を薦める放送が流れ始めた。
L.N.T.には一切の自家用車が存在しない。
片側一車線の街道を走るのは街営バスのみである。
それも、あと一時間ほどですべての運行を停止するはずだ。
お店の人たちも片付けを始めている。
水学生らしいアルバイトが制服に着替えて帰っていく。
しばらく紅茶を啜りながら談笑をしていると、水学の生徒会役員たちがやってきた。
「こんばんは。お待たせして申し訳ありません」
先頭の女が水瀬学園生徒会長の麻布美紗子だ。
水学の古風なセーラー服を纏い、長いストレートヘアに黒い幅広の帽子を被っている。
あの帽子は夜間活動時の彼女のトレードマークだった。
歩き方といい挨拶の際のお辞儀の仕方といい、三六〇度お嬢様然とした仕草。
褒めるのもシャクだが欠点のひとつも見当たらない。
どこから見ても超一級の美少女だ。
「いいえ、私たちもいま来たところですわ。どうぞおかけになって」
和代はさりげなく水学生徒会メンバーに席を勧めた。
時間よりかなり早く到着したのは和代たちの方なので、遅刻だと責めるつもりはない。
集合時間は九時だから水学生たちも予定より一時間近く早く来たくらいである。
相手より早く来て、少しでも立場を良くしよう……というのは単なる建前。
もちろん本当の理由は早くちーちゃんに会いたかったからである。
「遠いところ、ご足労ありがとうございます」
「いいえ。生徒たちの安全を思えば我々も協力を惜しみませんわ。実は私たちも昨今の治安の悪さを憂いていて、どうにか改善したいと思っていましたの」
和代の方から手を差し伸べて握手を求める。
美紗子は笑顔でそれに応えた。
握手の仕方までもがイヤミなくらいに完璧である。
ライバル校を前に緊張していたこちらの役員たちも、彼女の優雅な仕草に見入ってしまっている。
和代だけが平然として相手メンバーを見渡した。
そして、表情には出さずに心の中で悪態をつく。
ちーちゃんがいないじゃない。
どういうことなの。
「そちらはこれで全員ですか?」
「役員は全員揃っていますが、駅前で協力者と待ち合わせをしています」
だったら別に早く来る必要もなかったわ。
ちーちゃんいるなら適当な理由をつけて時間ぎりぎりまでお茶にしようと思ってたのに。
両校の生徒会役員合わせて十二名。
この小さな喫茶店に全員が座れる席はない。
そろそろ閉店時間にもなることだし、双方の同意を得て店を出ることにした。
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