9 対決! 赤坂綺VS古大路偉樹!
「いよいよ真打ち登場、ってところかしらね?」
綺はなぜか仁王立ちで腕を組み、自信満々の笑みを浮かべて古大路に言い放った。
前半は静観していた古大路でもさすがに全裸土下座という屈辱的な罰ゲームは嫌なのだろう。
まるでやる気がなかったさっきまでとは空気が違う。
「君を止めることができる人間は僕の他にはいそうもないからね」
「体を動かす理由ができてよかったじゃない。座ったまま指示を出すだけじゃ退屈だったでしょう」
古大路の眉がピクリと動いた。
「気付いていたのか?」
「そっちのクラスの完璧な連携と、不自然な視線の動きを見ていればね。あなたがサボるフリをして仲間たちにサインを送っていたのはすぐに気づいたわ」
「なるほど、思った以上に冴えているようだ」
綺のまっすぐな視線を受け止めて古大路は笑う。
「ならば、なぜ君は単身で敵陣に突っ込もうとする。すでに男子を含めて戦術は伝えてある。バラバラのままの四十二組ではうちのクラスに勝てないことはわかっているはずだ」
「そっちこそわかってないわね。たとえどんな罠があろうと、私は正々堂々と戦って仲間のピンチも救ってみせるわ。それにうちのクラスには友情パワーがある。そう簡単に勝てるとは思わないことね!」
よくわからない理屈を大声で語り、綺はびしりと古大路を指差した。
「個人の力量と根拠のない精神論に頼る戦術では、仲間に多くの犠牲を出すことになるぞ」
「関係ないわね。私は負けないし、みんなもきっと勝つわ」
「確かに君には単身で戦局を変え得るだけの力がある。だが、常にそれが通用すると思わないことだ」
二人の間に妙にシリアスな空気が流れている。
綺はともかく古大路までノリノリなのは奇妙な光景だ。
だが、二人が仲良さそうに喋っているのは空人にとって面白くない。
「あのさ、綺……」
「空人君。ここは私に任せて先に行って。こいつはかなり危険な相手よ」
ダメだ、今の綺に何を言っても無駄っぽい。
というかこの先にはすでに誰も居ないから行っても仕方ないんですが。
もちろん綺はそんな空人のツッコミを聞かず、カンフー映画のようなポーズで古大路を挑発していた。
「かかって来なさい。あなたの本気、受け止めてあげる」
※
綺と古大路の一騎討ち。
それは凄まじいの一言であった。
古大路が体をひねって曲芸のような連続蹴りを披露する。
綺がアクロバテイックな動きでそれをひらりとかわす。
綺が電光石火の動きで懐に入り背負い投げを決める。
古大路は空中で見をひねり何事もなかったかのように両足で着地する。
互いに間合いを詰めての攻防はもはや空人の目では追うことができない。
とにかく高速すぎて何をしているのかもよくわからないのだ。
まるでアクション映画を倍速で見ているようである。
どちらの攻撃も今のところクリーンヒットはない。
紙一重の激しい攻防が延々と続いていた。
綺の運動神経が人並み外れて凄いのは知っていたが、古大路も相当なものだ。
手を出すなと言われたがこれでは援護をするチャンスすらない。
あれ、これっておっぱいドロケイだったよな?
「はぁ、はぁ……思った以上だ。この僕について来られる人間がいるとは、素直に驚きだよ」
「ふぅっ……そっちこそね。こんなに手ごわい相手と戦うのは、生まれて初めて……よっ!」
綺が奇襲気味にパンチをする。
古大路はそれを避けつつ反撃をする。
二人の拳が交差し、互いの頬を掠める。
おーい、男子は女子におっぱいタッチ以外の攻撃は禁止だぞー。
「でも、そろそろ決着をつけさせてもらうわ」
綺の体がゆらりと揺れた。
風が髪に靡き、直後に何の予備動作もなく綺は逆方向に回転した。
遠心力を乗せた回し蹴りが古大路のこめかみに炸裂する。
「うぐっ!?」
「とどめよっ――」
蹴りを放った足を古大路の肩にかける。
左足膝下のバネだけで頭上高くに跳びあがる。
空中で体を縦に回転させ、敵の脳天めがけて強烈なかかと落とし!
だが――
「甘いな」
攻撃が当たる直前、古大路は左腕で頭を庇っていた。
そのまま不安定な体勢になった綺の足首を掴む。
「これで終わりだ!」
「それはどうかしら!?」
古大路が綺を地面に叩きつけようとする。
綺は反対の足を相手の脇下に差し入れ、両足で古大路の体を挟んだ。
二人分の体重は支えきれずに古大路も一緒になって倒れる。
ルールでは倒れて失格になるのは男子のみ!
「まだだ!」
古大路はギリギリで転倒を阻止した。
左腕を地面につけ、腕一本で体を支える。
下手すれば腕が折れかねない危険な行為だ。
ルール上では背中、もしくは両手両膝が地面に着くと失格である。
ギリギリのところで敗北を免れた古大路は素早く綺の足首から右手を離すと、密着距離で倒れている綺の胸に手を伸ばし――
「何をやっておるかぁっ!」
突然響いた怒号に空人は思わず耳を塞ぐ。
拡声器を通さずともグラウンド中に響き渡る大声。
その主はグラウンド入口の門の所に立っていた。
長いあごひげをたたえた厳つい容貌の老人である。
老人はドスドスと地鳴りが聞こえてきそうな迫力でこちらに近づいて来くる。
綺に乗りかかるような姿勢になっていた古大路が、憎々しげな表情でその老人を睨みながら呟いた。
「お爺様……!」
※
老人は古大路の前に立つと、何も言わずに彼の胸倉を掴んだ。
細身とはいえ決して軽くはないだろう古大路の体を左腕一本で持ち上げる。
そして、有無を言わせず殴り飛ばした。
「古大路の家の者が、このような不埒な遊戯に溺れるとは! 血迷ったか偉樹!」
一喝する老人。
あまりの迫力に空人は完全にビビってしまった。
その威圧感は暴君と呼ばれ恐れられた中学時代の体育教師の数倍はある。
「申し訳ありません、しかし――」
「言い訳は聞かぬ!」
口元の血を拭って古大路は身を起こす。
そんな彼を怒鳴りつけて老人は再び拳を振り上げた。
二度目の暴力が届く直前、老人の背中に綺が抱きついてその手を止めた。
「待ってください、勘違いです! 私たちは別に不埒な遊びをしていたわけじゃありません!」
「ええい、離せ痴れ者!」
老人は腕を振って拘束を振りほどく。
その衝撃で地面に倒れる綺。
「綺っ!」
空人は慌てて彼女を庇うよう老人の前に出た。
「止めてください! 殴るなら僕を!」
正直に言ってめちゃくちゃ怖い。
この前、不良に絡まれた時のように足が竦む。
だが老人は精一杯の勇気を振り絞った空人の姿を見ていなかった。
空人の肩越しに綺を凝視する。
その瞳が大きく見開かれる。
「櫻木大尉……!?」
「え?」
老人は完全に固まっていた。
そこにエイミー学園長と芳子先生が駆け寄って来る。
「すみません古大路さん、今回の競技の責任は全部私にあります!」
「いいえ、最初に提案したのは私です!」
二人がそろって老人に頭を下げる。
しかし、老人の視線は綺から離れない。
数秒の沈黙後、老人は視線を逸らして呟いた。
「……二時からの約束があって来た。中央会議室はどこだ」
※
エイミー学園長に連れて行かれて、強烈な存在感を放つ老人は去っていった。
それだけで見えない重石が除けられたように場の空気が軽くなる。
「はぁ、びっくりした。まさか古大路さんが来てるなんてうかつだったわ」
芳子先生が心底から安心したように胸をなで下ろす。
「先生、あの爺さんは何者なんだ?」
「
なるほど、古大路の爺さんだったのか。
それにしてもあの迫力は半端じゃない。
まさしく名家の棟梁様って感じだ……ところで。
「綺はあの人と知り合いなのか?」
「え?」
「あの爺さん、綺を見て固まってたけど」
「ううん。名前は知ってたけど、お会いしたのは初めてよ」
あれは一体何なんだったんだろう。
死んだ奥さんの若いころにそっくりだったとか?
空人が不思議に思っていると、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
「……ふん」
「あ、まって偉樹君」
つまらなそうな顔で去ろうとした古大路偉樹を綺が呼びとめる。
偉樹君? なんで下の名前で呼んでるんだ?
「途中で邪魔が入ったのは残念だったけど、とても楽しかったわ。また戦いましょうね」
古大路は足を止めて肩越しに首だけをこちらに向けた。
「いやだね。こんなバカ騒ぎは一度で十分だ」
「別に次はおっぱいドロケイじゃなくていいのよ。私たちはきっとまた争うことになるわ。だって、あなたは私のライバルですもの」
いつの間にかそういうことになってしまったらしい。
古大路はそれを肯定するでも否定するでもなく、顔を俯け小声で呟いた。
「……悪魔の予言にならなければいいがな」
「え、何か言った?」
「できれば遠慮願いたい。が、一応胸にとどめておくよ。櫻木綺」
「さくらぎって誰よ。赤坂よ、
「どっちでもいいさ」
古大路は今度こそ立ち去った。
その背中を隠すように木枯らしが舞う。
肩で着た制服の裾が風になびいて踊っていた。
「古大路偉樹君……これから長い付き合いになりそうね」
重々しい口調で呟く綺。
なんなんだこいつら、いったいどこまで本気なんだ。
「なあ綺、もしかしてあいつのことが気に入ったのか?」
「うん?」
別に綺と空人は付き合っているわけではない。
が、あんな嫌味なやつが綺に好意を寄せられるのは気に入らない。
今回もまた、ほとんど何の活躍もできなかったことに対する苛立ちもある。
「そうね……気に入ったと言うより、気になった、かな。今まであんな風に私と互角に争える男の子なんて一人もいなかったから」
確かにあんな曲芸みたいな戦いっぷりは中高生のケンカレベルじゃそうそうないだろう。
「ところで試合はどうなったのかな」
「忘れてたわ。集計しなくっちゃ」
綺と芳子先生は顔を見合わせて他の皆の方へ向かって走っていく。
ふたりとも、まだまだ元気いっぱいの様子である。
空人は彼女たちを追う気にはなれず、その場で立ち尽くして二人の……
もとい、綺の背中を見つめていた。
つくづく、とんでもない子を好きになっちゃったもんだと思う。
でも見てろ。
いつか古大路なんて目じゃないくらい、綺にふさわしい男になってやるからな。
そんな決心を胸にして、空人はこの街でこれからも頑張っていこうと固く心に誓うのだった。
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