8 死闘! 負けたら土下座!
男子の応援合戦に混じって騒いでいた空人は、どこからともなく流れる「ジジジ……」というノイズ音を聞いた。
次の瞬間、声援をかき消す大声がグラウンドに響く。
『前半戦終了ーっ! 続いて後半戦に移ります!』
「うるさっ!」
応援をしていた男子も競技に参加していた女子も一斉に耳を塞いだ。
観客席に視線を向けると拡声機を手にした芳子先生が立っている。
隣には頭を抱えてうずくまるエイミー学園長の姿もあった。
『あの学園長、これ音量どうやって調節するんですか』
『も、持ち手のダイヤルをひねって……ああ、そのまえにちょっと電源切って』
ぶつっ、という音が二回鳴り、心持ち控えめになった音量で芳子先生は話を再開する。
『改めて後半戦に映ります! 一度失格になった男子もグラウンドに戻ってください!』
「おい、もう一度参加できるらしいぜ」
「んなこと言われても、お前あれに混じれるのかよ」
いまさら女子のキャッキャウフフに割って入るのは気が引ける。
適当にまた男子同士でぶつかってさっさと退場しようかと密談をしていると、芳子先生はとんでもないことを言い出した。
『なお、負けた方のクラスの男子は、罰として全裸になって相手チームに土下座してもらいます!』
「はぁ!?」
当然ながら男子たちから不満の声が上がった。
遠くて表情は見えないが、芳子先生の声のトーンはやたらと弾んでいる。
『これは授業の一環なので逃げることは許しません。文句のある人は単位あげませんから、屈辱の姿を晒すのが嫌なら勝ちなさい。さあ、シャイな男子諸君! これで女子のおっぱいを揉まざるを得なくなったわよ!』
無茶苦茶にも程がある。
いつかあの先生は後ろから刺されるぞ。
「裸で土下座は嫌だ……!」
「単位を落とすわけにはいかねえからな……」
「仕方ない。そう、やらなきゃ仕方ないんだ……」
無茶苦茶とはいえ、扇動を受けて男子たちはやる気になってしまった。
せっかく深めたクラスを超えた友情はあっという間に破壊されてしまう。
さらに本音を言えば、男なら女の子の胸に触れたくないはずがない。
罰や単位という大義名分ができたのなら言い訳もできる。
「だってよ、どうする。空人」
「……決まってんだろ」
こいつらに綺の胸を揉ませてなるものか。
※
「一年四十二組ぃ! ファイ!」
「オォウ!」
清次の号令で円陣を組んだ四十二組男子。
ここにクラスの一致団結は完了した。
「男の友情ね。熱い、熱いわ。これなら勝ったも同然ね!」
なぜかノリノリの綺は興奮した様子で両手を握りしめている。
きっと体育祭とかでも一番張り切るタイプだろう。
「と言うわけで、バカな担任のせいで前半戦みたいな遊び気分じゃいられなくなった。いいか。四十三組の女子には悪いが、恥ずかしがったり遠慮したりするな。きっちりと作戦を立てて確実に勝つぞ」
さすがに負けた時に罰を受けるのは男子だけだ。
必然的に気合の入り方は前半戦とはまるで違う。
清次も古大路に対する個人的な怒りは忘れ、チームリーダーとしてみんなをまとめる方針に切り替えたようである。
後半戦は少しルールの変更があった。
まず、一度でも胸を揉まれた女子生徒は即座に失格。
自らグラウンドから退場し、復活もなし。
男子の失格条件や女子に対して暴力的な攻撃を行うことが禁止されているのは前半と同様である。
すべての生徒が失格になったクラスの負け。
もはやドロケイというより単なる集団鬼ごっこだが、これなら確実に勝敗がつくだろう。
「はいはい内藤くん、私に作戦があるわ!」
綺が心底楽しそうに挙手し清次に提案をする。
「どうぞ、赤坂さん」
発言の許可を得ると、綺はこほんと可愛く咳払いをした。
そしてなぜか神妙な顔つきで囁くように作戦内容を語る。
「まずは私が正面から突撃して敵の前衛を切り崩すわ。その時にできるだけ多くの男子をやっつけるから、後ろから攻撃されないようにサポートをお願い。男子をやっつけたら次は女子よ。これも私が敵陣のど真ん中に飛び込んで思いっきりかき乱すから、みんなは後ろからついてきてサポートして。孤立した女子がいたらどんどんやっちゃって頂戴。みんながポイントを稼いでいる間に男子の残党は私が掃討しておくわ」
つまりは綺がほとんど一人でやるってことだ。
もっともらしく語っているが作戦でも何でもない。
「えっと、それは……」
『はい、作戦タイム終了! 後半戦開始!』
反論しようとした清次の声を遮り、芳子先生が試合の再開を告げる。
「ああっ、はえーよ芳子ちゃん! 仕方ない、今の作戦通り、赤坂さんを中心に攻めるぞ! 他は全員で彼女のサポートに徹して。特に男は女子を守ることを第一に!」
結局、作戦らしきものは何もないまま後半戦をスタートする羽目になった。
綺がうちのクラスで一番運動神経が優れているのは間違いない。
今のノリノリの綺なら放っておいても大活躍するだろう。
彼女がやられないよう援護するのが確かにベストだ。
「それじゃ、行くわよ!」
綺が先陣を切って走っていく。
空人はその背中を全力で追いかけた。
※
敵クラスの男子生徒が目の前に立ちはだかる。
しかし綺は足を止めることなく相手の服を掴むと、自ら体重をかけて前のめりに倒れ込んだ。
そのまま一緒に転倒するかと思った直後、彼女は前に出した右足を力強く踏みしめる。
足払いからの払い腰で相手の男子だけを綺麗に地面に転がした。
「まず一人よ!」
あまりの早業、かつ大技である。
空人はぽかんと口を開けるしかなかった。
「囲め、囲めっ!」
三方向から別の男子生徒が綺に襲いかかる。
もはや彼らも相手が女子だからと侮ることはない。
綺は素早い動きで男たちから逃れ続けた。
「なんだこいつ、ちょこまかと!」
「そっちから抑えろ!」
「くっ、やるわね……」
さすがに三人が相手では反撃の手を伸ばす余裕はないようである。
いつまでも見ているだけじゃダメだ。
ここは自分が動かなくては。
「でやあっ!」
「うおっ!?」
空人は敵男子の一人に体当たりを仕掛けた。
「いまだ、綺!」
間髪入れずに綺はふらついた男に足払いをかけた。
背中から倒れた男をひらりと飛び越え、さらにその後ろにいた別の男にとび蹴りを食らわせる。
「空人君、ナイスサポート!」
「あ、ああ……」
綺は空人に親指を立ててみせるが、正直言って手助けする必要もなかったように思える。
ともかくこれで早くも三人を倒した。
この調子でたたみ掛けてやれ!
「空人、赤坂さん、出過ぎだ! 戻れ!」
後方で清次が叫ぶ声が聞こえた。
振り向くと、周りを取り囲んでいた男たちが綺と空人をスルーして清次たちの方に向かっている。
さらに四十三組の女子たちも二手に分かれて大きく左右から回りこちらの陣地を目指している。
「しまった! 綺、一度戻るぞ!」
四十三組の女子の連携の上手さを先ほど横から見ていた空人はわかっている。
ここは一度戻って守りに徹した方がいい……と思ったが、綺は首を横に振った。
「いいえ、仲間を信じて前に進みましょう。今は一人でも多くの敵を倒すことが結果的により多くの命を救うことに繋がるわ!」
ダメだ、完全にヒーローモードに入ってしまっている。
今の綺は空人には止めることができそうにない。
まあ、彼女の言うことも一理ある。
仮に他の女子がやられても綺さえ残っていれば全滅はないのだ。
というか、仲間を守って戦う必要がないなら、綺一人で相手クラス全員を相手に戦っても勝てそうな気がするぞ。
「残念だがそうはいかない。君の活躍はここまでだ」
そんな綺の前に一人の男が立ちふさがった。
これまで頑なに動くことのなかった、四十三組の長身男。
男子生徒の中で前半戦唯一失格にならなかった大地主の跡取り。
古大路偉樹が二人の行く手を遮った。
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