7 開幕! クラス対抗戦!
そして翌日。
水曜日の六時限目がやってきた。
本来なら体育の時間だが、今日は特別授業としてレクリエーションの時間にあてられる。
「コテンパンに倒すっていっても、おっぱいドロケイじゃなあ」
「なに言ってるんだ空人。気合いだよ気合。完膚なきまでに四十三組をぶっ潰して、あの古大路の鼻っ面を叩き折ってやろうぜ」
「だからおっぱいドロケイでどうやってだよ……」
空人の声はもはや清次に届いていないようだ。
彼はそれほどに打倒古大路に燃えている。
ちなみに、おっぱいドロケイのルールを簡単に説明する。
四十二組と四十三組に分かれてクラス対抗で勝ち負けを競う。
どちらが泥棒・警察という分け方ではなく、それぞれに攻撃役とターゲット役がいる。
男子は攻撃役。女子はすべてターゲット。
攻撃役の男子がターゲットの女子の胸にタッチすることで攻撃成功となる。
タッチされた女子は大人しく相手陣地に連行されなければならない。
拘束された女子は助けがくるまでその場所から動けない。
また、女子から男子に攻撃することもできる。
地面に背中、もしくは両手両膝をついた男子生徒は、その場で失格。
以後、試合終了までコートの外に出ていなくてはならない。
本家ドロケイと違って失格になった男子の復帰チャンスなし。
なお、男子が男子に攻撃することも可能である。
ただし、女子に対してのタッチ以外の攻撃は全面的に禁止。
乱暴な手段に出た生徒はその場で退場&向こう一か月分の単位取消のペナルティが科せられる。
以上である。
しかし、こんなの本当に授業でやっていいんだろうか……?
セクハラだって訴えられたら確実に言い訳のしようもないぞ。
というか倫理的に問題があるとは思わないのだろうか。
いや、言うまい。
この街では異常か正常かなんて議論は無駄なことくらい、もう理解しているつもりだ。
どうせ街の中で起こったことなんて一切外には漏れないんだから。
「空人君」
「あ、
考え事をしていたため、すぐ隣に綺がいるのに気がつかなかった。
体操着姿の胸元に思わず視線が吸い込まれそうになるが、理性を総動員させてなんとか堪える。
「なんか変なことになっちゃったね」
「ああ。芳子先生のせいでな」
「胸を触られるのは嫌だけど、決まったことは仕方ないよ。頑張って勝とうね」
大丈夫、綺は僕が守るよ。
頭に浮かんだそんな言葉を口に出すことができなかったのは恥ずかしかったからではなく、自信がなかったからである。
相手チームが怖いわけじゃないが、綺の運動神経は空人よりもずっと優れている。
守るつもりが守られる結果になるのだけは避けようと空人は心に誓うのだった。
※
「試っ合開始っ!」
やたらとノリノリな芳子先生が撃った空砲を合図に、クラス対抗おっぱいドロケイは始まった。
両クラスとも男子が前衛として壁になり、女子は陣地の近くに避難する戦術を取っている。
「とりあえず、相手チームの男を全員失格にしちゃえばいいんじゃねえか?」
清次が言った。
彼の言うとおり、相手のクラスの男子を全滅させれば攻撃する人間はいなくなる。
というか、男子の誰も公衆の面前で自ら進んで女子の胸を触りに行きたいとは思わない。
ルールで許可されているとはいえ、そんなことをすれば女子から猛烈な非難を受けるのは必至である。
ひゃっはー! 学園公認で女子のおっぱいを触れるぜー!
……なんて誰が思うというのだろうか?
それよりも、クラスの女子を守るために活躍した方が確実にポイント高い。
目の前の欲望よりも彼らは紳士的な欲求を満たすことを選んだ。
「よぉし、じゃあ四十三組の男どもを片っ端からブッ倒してやろうぜ!」
こう言うときにリーダーシップを発揮するのが清次の人柄である。
もちろん、その奥底には打倒・古大路の念が込められているのだが。
「うおーっ!」
四十三組の男子生徒も同じように考えたのだろう。
敵は一丸となってこちらに向かって攻めて来た。
「受けて立つぜ、かかって来やがれ!」
それを迎え撃つ四十二組男子一同。
こうなっては男子同士の集団相撲大会にしかならない。
「ああっ、こらっ! 男同士で絡んでないで女の子を攻めないとダメでしょう! あんたらホモなの!? 女子のおっぱいを揉みなさい、おっぱいを!」
もはや教師とも思えない芳子先生の野次に構わず、両クラスの男子生徒はグラウンド中央で激突した。
力まかせに相手を押し倒す者もいれば転ばせて倒す者もいる。
一人を倒した頃には空人も段々楽しくなってきた。
気づけば敵味方合わせて二〇人いた男子生徒も、立っているのはすでに半分にまで減っていた。
「おい、まずいぜ空人」
「ああ。わかってるよ」
最初の激突が終わり、互いに距離を取っての睨み合いの状態に入る。
四十二組(空人のクラス)の残り男子は四人。
それに対して四十三組(古大路のクラス)は六人も残っている。
しかもどういうわけか、敵集団の中に古大路偉樹の姿はない。
見れば、あいつは女子に混じって敵陣地の近くに立っていた。
周りの女子から何やら話しかけられている。
どこまでもイヤミなやつだ。
「こりゃ次にぶつかれば全滅は必至だな。何か作戦をたてないと」
「って言っても、たった四人じゃどうにも――」
小声で囁き合う空人と清次。
その間を、一陣の風が吹き抜けた。
ポニーテールに結んだ長い髪を靡かせ、駆けていくのは赤坂綺だった。
「綺!?」
「男の子ばっかり楽しんでずるい! 私も混ぜてもらうわ!」
四十三組の男子生徒たちは突如として現れた女子生徒に戸惑ったものの、すぐに切り替えて三人がかりで襲い掛かってくる。
「くっ、せっかく俺たちが紳士的に勝ちを拾おうと思ったのに!」
「女子の方から攻められちゃしかたないよな! な!」
自分から攻める度胸はないが、のこのこ出てきた女子なら襲っても構わないという理屈だろうか。
もちろん綺相手にそんな浮ついた考えは命取りでしかない。
「せい、せや、たあっ!」
一人目を軽く足を引っ掛けて転ばせる。
二人目は軸足を起点に半回転して投げ飛ばす。
三人目を背負い投げでグラウンドに叩きつける。
相変わらず綺の身体能力は半端ではない。
「ここは任せたわよっ!」
綺は残った男子生徒の間を駆け抜け、敵陣地めがけて走って行った。
「私たちもいくよっ! 赤坂さんに続いてっ!」
さらに驚くべきことに、後方に控えていた女子生徒たちもつられて戦場に出てきた。
三十名近い女子生徒の猛攻に四十三組の男子生徒はあっという間に一人残らず地面に転がされる。
「女子、怖えー」
ちなみに、清次と空人を含む四十二組の男子生徒もなぜか巻き込まれて転倒していた。
試合開始からわずか五分とちょっと。
試合に参加する気のない古大路を除き、両クラスとも男子は全滅してしまった。
※
「ほれほれ。ここがええのんか」
「いやーん」
「逃がさないからねっ、ほら捕まえた!」
「やだ、手つきがいやらしいってば! そんなに強く掴まなくても逃げないから」
「タッチ! 全員逃げてー!」
「うわっ、やられた!」
グラウンドを縦横無尽に駆け回り、和気あいあいと楽しむ女子生徒たち。
失格した男子生徒たちはグラウンドの端っこに座ってその光景を眺めている。
「これはこれで……悪くないような」
「下手に参加して不興を買うより、こうやって合法百合プレイを眺めてる方がいいな」
男子がいなくなったことで女子たちは思いっきり本来のおっぱいドロケイを楽しんでいる。
女子同士なら胸を触り合うことに対する抵抗もないみたいだ。
秘密の花園を覗いているようでこういうのも乙である。
芳子先生はなぜか不満そうにしていたが。
グラウンドの男子は古大路が残っているが、自陣の横で突っ立ったまま退屈そうにぼーっとしている。
あいつもゲームに参加する気は全くなさそうだ。
「やっぱり赤坂さんのいるうちのクラスが優勢だな」
「いや、わからんぞ。こっちの女子はまとまりが強いからな。委員長の
「言われてみれば四十二組は防御が弱いかもな。さっきから三回も捕虜を解放されてるし」
いつの間にか男子は男子でクラスの壁を越えて親しくなり始めている。
こういった形での合同授業は初めてだし、体をぶつけあったことでかなり打ち解けたようだ。
「赤坂さん、がんばれー!」
「たった一人で何ができる! 四十三組女子の団結力を見せてやれー!」
男子が相手の時と違って投げ技などの乱暴な攻撃はしない。
それでも赤坂綺は明らかにひとり目立って活躍していた。
すでに十人以上の女子の胸を触って捕虜にしている。
綺が捕まえた敵女子を自軍陣地に連れていく間、一時的に戦線が崩れることもあり、思ったよりも四十二組が優勢というわけでもない。
それでもグラウンドを縦横無尽に駆け回る綺は楽しそうだった。
※
ちょっとした競技場ほどの広さがある水瀬学園第一グラウンドには階段状の観客席がある。
今はガラガラのその場所に、
「……なんか、ちいさくまとまっちゃいましたね」
「そうね芳子ちゃん」
ずずりとお茶を啜りながら答えるエイミー学園長。
「それもこれも男子がふがいないせいだと思うんですけど」
「こういう時は女の子の方がパワーあるからねー。うちの学校の場合は特に」
「私が期待した展開とはずいぶん違うんですよ」
「そう」
「ちょっと職権乱用していいですか」
「限度をわきまえてくれるなら」
「OKです」
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