4 L.N.T.案内

 翌日の土曜。

 せっかくの休みなのに、エイミー学園長に頼まれた企画書を古大路偉樹の家に届けなくてはならない。

 さすがに清次一人に任せるのも悪いので、今日は用事を済ませつつ街内観光をすることになった。


 流瀬駅前で待ち合わせをして、そこから二人で行動することになってるのだが……

 約束の時間になっても清次はなかなか現れない。


「よっ、お待たせ」


 目の前のマンションに住んでいるくせに、清次が改札前にやってきたのは、約束の時間である十時半を五分も過ぎてからだった。


「遅いよ」

「わりいわりい。お詫びにジュースおごるから勘弁してくれ。んじゃ、行くか」

「おう」


 別名を東部住宅街とも呼ばれる流瀬るせ地区はラバースニュータウンL.N.T.東部に位置する。


 北に流瀬台るせだい

 中央に流瀬中央るせちゅうおう

 そして南部に流瀬川るせがわと、地区内でも大まかに三つの地域に分かれていた。


 空人の住む流瀬台は区画整理された比較的新しい住宅街である。

 流瀬中央には東西に線路が走り、ラバース社営の電車が運行している。

 その中心部には流瀬駅るせえきがあって、周囲地域は小規模な繁華街になっていた。


「お前、電車は初めてなのか?」

「学校までは歩いて行った方が早いからな」


 清次は流瀬駅から電車に乗って千田中央ちだちゅうおう駅を経由し、学園前駅で降りる通学ルートを使っている。

 空人は駅前まで買い物をしに来たことくらいはあるが、駅構内に入るのは初めてである。


 学生の電車利用は基本的に無料である。

 駅員は常駐しているが、学生証を見せれば定期券と同じように改札を通れるのだ。


「じゃあ、中央も始めてか」


 清次が訪ねた。

 この場合の中央とは流瀬中央ではなく、L.N.T.の中心部である千田中央駅周辺の通称である。


 流瀬駅からL.N.T.の中心部である千田中央駅まではたったひと駅だ。

 電車は三十分に一本しかないが、運よくたったいま到着したばかりだった。

 ちらほらと見かけるのは空人たちと同じくらいの年齢の若者ばかり。

 ほとんどが水瀬学園の生徒だ。


 ホームを少し歩いて、一番先頭の車両へ乗り込む。


「一か月も暮らしてて中央に言ったことないとか、どれだけ引きこもりだよ」

「忙しかったんだよ。必要なものは流瀬駅前で十分に揃うしさ」


 実際、この一ヶ月は初めての一人暮らしに慣れるのに四苦八苦だった。

 友人と遊ぶのも互いの家でゲームをしたりする程度だったし、流瀬駅前で手に入らない物も特にない。

 というか空人から見れば流瀬駅前ですら地元の最寄りよりもずっと大きな繁華街なのだ。


「お前はそれでも若者か。まあいいや、今日はオレがL.N.T.をしっかり案内してやるからな」

「ああ、頼むよ」




   ※


 あっという間に電車は千田中央駅についた。


 階段を上って改札を潜る。

 駅の外に出た空人は目をみはった。

 駅ビル自体が巨大な百貨店になっていて、駅改札のある二階からはペデストリアンデッキで向かいのビルへと繋がっている。

 回廊の中心には奇妙な形のオブジェが鎮座しており、そこから見渡せる全方位が高さ十階程度のビルに囲まれていた。


「すげえ……」


 空人は田舎者丸出しの感想を漏らす。

 山奥の僻地に来たはずが、地元とは比べ物にならないほどの都会ぶり。

 軽いカルチャーショックを受けてしまった。


「どう考えても供給過多だよな。ほとんどの店は暇そうにしてるぜ」


 確かに人口十五万程度、それも大半が未成年の暮らす都市にしては都会すぎる。

 これも巨大企業のラバース社がバックについているからできることなのだろうか。


 それにしても都会だ。

 その割に周囲を歩いている人の数はやけに少ない。


「ちょっと歩けばすぐ住宅街や畑が見えてくるよ。まあ、ほとんど夜の馬鹿どものための舞台装置だな。まともに賑わってるのは階段下のファーストフード店くらいだぜ」

「夜……」


 空人は以前に綺から聞いた話を思い出した。

 夜間のL.N.T.は異能力を手にした若者たちが抗争を繰り広げる無法地帯である。

 特に千田中央駅付近は多くの能力者たちが集まり、いくつものグループを形成しているという。

 少なくとも今の平和な光景からはそんな危険な想像はできないが……


「そ、そう考えると緊張するな」

「心配ないって。昼と夜はきっちり分けるのがこの街のルールだから、決まりを破って夜間外出とかしないかぎりは大丈夫だって」


 決まりを破って危険な目に合った空人には耳の痛い言葉である。


「ほら、こっちに来いよ」


 いつまでもボーっとしていてもしょうがない。

 清次について少し歩くと、壁面に取り付けられた巨大なL.N.T.の街マップの前にやってきた。


 L.N.T.は北東を頂点としたやや鈍角の二等辺三角形の形をしている。

 南西の底辺部に千田川ちだがわが流れ、駅を挟んでそれと並行するように千田街道ちだかいどう、駅前通りの二本の幹線道路が通る。

 都市区域の周囲はすべて未開発の深い森だ。


「ここが今オレたちのいる千田中央駅。こっちが水瀬学園で、この辺りが流瀬地区」


 千田中央を起点に電車は三方向に分岐する。

 南東に向かえば流瀬駅、北へひと駅行けば水瀬学園のある学園駅だ。


 大きく分けて、L.N.T.は八つの地区に分類される。


 まずは千田中央駅周辺地区。

 世界的企業ラバースによって開発された巨大学園都市の中心部を担う地区である。

 周辺には高層ビルがいくつも立ち並び、ここからも見えるひときわ高い建物がラバースL.N.T.支社ビルである。


 駅前だけ見ればまさに大都会。名実ともにL.N.T.の中心街だ。

 とはいえ都会らしいのは駅周辺の原千田はらちだ梨野りの地区だけで、少し北に行けば普通に住宅街や畑も見えてくる。


 北部にひと駅行くと、空人たちの通う水瀬学園地区がある。

 地図上でもはっきりと分かる程に水瀬学園の敷地は広大だ。

 学園とその周囲の住宅街だけで一つの地区を構成している。


 駅前は小規模な商店街らしきものもあるが、その周りは普通の住宅街である。

 勾配の激しい地形で、学園敷地を除く地区全体が迷路のように入り組んでいるのが特徴だ。


 東部に広がるのは流瀬地区。

 空人たちの暮らしている大規模な住宅街である。

 別名を東部住宅街と言い、L.N.T.の中でも最も人口が多く、区画整理もしっかりされている住みやすい地域だ。

 空人が借りているアパートのある流瀬台はその中でも北部に位置する。

 そこからなら水瀬学園までもギリギリ徒歩圏内である。


 中央駅から街道沿いに南東に向かえば、南部住宅街である菜森なもり地区がある。

 東部住宅街と違い、非常に入り組んだ複雑な地形で、より下町然とした雰囲気だそうだ。


 そこからさらに南東に進むと留間るま工場地帯に入る。

 ここには街が造成される時にはフル稼働していた工場群があるが、現在はほとんどが停止し、廃墟のような雰囲気になっているらしい。

 L.N.T.唯一の出入り口である社有高速道路の入り口もこの地区にある。


 水瀬学園より北は弦架つるか地区。

 この地域は北部住宅街と呼ばれ、L.N.T.の中では比較的最近になって開発された住宅街だ。


 学園の西は曽崎台ぞざきだい地区。

 地区全体が巨大な団地群になっている。


 そして、それよりもさらに西部に御山みやま庵原あんばら地区はある。

 L.N.T.全体の三分の一以上を占めるこの地区は、一言でいえばド田舎。

 街道沿いにはちらほらと商店も見られるが、殆どの場所は一面の田畑が広がっている。

 街を囲む森林部もこのあたりになると軽い小山の様相を呈しているという。


「……と、街の説明はこんなところかな」

「思ってたよりずっと広いんだな」

「オレたちに関係あるのは流瀬地区と水瀬学園周辺地区、それと千田中央駅くらいか? 知り合いに会いに行く用事でもない限り、わざわざ他の地区に行く必要なんてないからな」

「古大路の家がある御山って言うのはどのあたりなんだ?」


 清次は黙って地図の左上を指差した。

 西側外周部のわずかに手前である。

 かなり遠い。


「あんな所までいくのかよ……」

「学園長命令だからな。バスは頻繁に走ってるし、ゆっくり行こうぜ」

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