5 SHIP能力者

 階段下にあるバスターミナルはとてつもなく広かった。

 目的の場所へ向かうための乗り場を探すのも一苦労である。


「なあ。思ったんだけど、電車で行った方が早いんじゃないか?」

「西方面は最果ての庵原あんばら駅までノンストップなんだよ。しかも庵原駅にバスはほとんど来ないから、余計に時間が掛かるんだ」

「さっきの地図では真ん中あたりに駅がなかったっけ。川の向こう側に」

「あれは美隷女学院びれいじょがくいん生専用の中間停車駅。そこに停まる車両は完全女性専用しかないから、オレたちじゃ近づくことすらできないぜ」


 なるほど、知らずに乗ってしまわないでよかった。


 バスターミナルはその規模の割にやはり乗客数が少ない。

 菜森なもり行きや曽崎台そざきだい団地行きのバス停にはそれなりに並ぶ列もあるが、空人たちが待っている御山みやま行きや庵原行きのバス停には人っ子一人見られなかった。


 それでもバスはどの路線も三十分に一本のペースで運行している。

 十五分ほど待って、ようやく来た御山行きのバスには誰も乗っていなかった。


 空人と清次は一番後ろの座席に陣取った。

 バスはすぐに発車する。

 ペデストリアンデッキの下を抜けると、すぐに左折して原千田はらちだ大通りに入った。


 両側を高層ビルに挟まれた原千田大通りは人の往来も多い。

 休日を楽しむ学生に混じってスーツ姿の大人もちらほらとあった。

 ラバースの社員だろうか?


 ひときわ高く聳えるラバース支社ビルの横を通り過ぎる。

 交差点の左側を覗き込むと、歩行者専用の車止めの向こうに流瀬駅とはまるで規模の違う商店通りが見えた。

 それでも街の規模を考えればどこか寂しい印象は拭えない。


 原千田大通りはすぐにT字路にぶつかった。

 L.N.T.を端から端まで縦断する千田街道ちだかいどうである。

 T字路を左折すると、すぐに景色はただの住宅街に変わる。


「バス以外の車は一台も走ってないんだな」

「L.N.T.は乗用車の個人所持が禁止されてるからな」


 奇妙な話だ。

 公共機関に頼るにしても、たとえば空人の住む流瀬台は、裏通りでも車がすれ違えるほど広い。

 バスが通っていないにも関わらず無駄に道路が広いのだ。


「道路もそうだけど、家も多すぎるよな。どう考えてもこんなに人住んでないだろ」

「入居率は20%以下だってさ。将来を見越しての開発か、あるいは単なるなのか。それでも都市景観を維持できてるのは小まめに掃除してくれる人が大勢いるからなんだけどな」


 土地開発には詳しくない空人だが、使わない道路や住宅を維持するのに、どれだけ無駄な金を使っているかくらいは想像がつく。

 千田中央駅と同じく雰囲気作りのためだけに一つの都市を維持しているのだ。

 改めてラバース社という企業の巨大さを思い知る。


「見ろよ。爆高生ばくこうせいだぜ」


 赤信号でバスが止まったところで清次が窓の外を指し示した。

 古めかしいボロボロの学ランを来た男子生徒たちがコンビニ前にたむろしている。

 先日、空人に絡んできた不良たちも同じ制服を着ていたのを思い出す。

 このL.N.T.に三つある高校のうちのひとつ、爆撃高校ばくげきこうこうの制服である。


「爆撃高校って不良校なのか?」


 空人が尋ねると、清次は眉を顰めて重々しい口調で語った。


「不良なんて表現じゃちょっと足りないな。なにせ、あいつらはまともな人間じゃないんだ」


 空人は焦って窓の外をもう一度見た。

 窓越しとはいえ、本人たちに聞かれると大変なことになりそうなセリフである。

 幸いにも声は外にまでは届かなかったようで、信号が青に変わるとすぐバスが発進した。


「そもそも爆撃高校の生徒はさ、オレたち水瀬学園や美隷女学院の生徒とは根本的に違うんだ。外の世界のどうしようもないやつらを集めてるはみ出し者の掃き溜め。学校の中はまともな授業なんてやってない。不良マンガ……いや、バイオレンス映画そのものの暴力が支配する世界なのさ。抗争で人が死ぬのも日常茶飯事らしいぜ」

「お、おい。いくらなんでもそりゃないだろ」


 空人はまた清次が大げさに言ってビビらせようとしているのだと思った。

 だが、今回はいつものように表情を崩さない。


「本当の話だよ。なにせ爆高の中は昼間でも能力制限がないんだ。年中無休の無法地帯さ。ほとんどの生徒は家にも帰らずスラム街も同然の校内で暮らしてるって聞くぜ。そんな頭のおかしいやつらが――」

「一応、家には帰ってるんだけどな」


 どこからともなく声が聞こえた。

 空人と清次は同時に凍りつく。


「昼間は学外の人間に手出ししないってルールは守ってるつもりなんだけど、そこまで嫌われてるっていうのはちょっとショックかな」


 声の主は座席の上にいた。

 網棚の上に男が寝転がっている。

 一見するとアイドルとしても通用しそうな端正な容貌の少年だ。


 しかし、こちらを見下ろす瞳はナイフのように鋭い。

 少年は丸めて枕代わりにしていた爆撃高校の学ランを肩にかけ、猫のような身のこなしで網棚から飛び降りた。

 そのまま座席の背もたれに後ろ向きに腰掛ける。


「ま、君たちがそういうのを望んでるのなら、期待に応えてやらないでもないけど」

「はは、ははは」


 清次が乾いた笑いを浮かべる。

 まさか車内に爆撃高校の生徒がいたとは思わなかったのだろう。

 空人も彼がいつの間に乗ってきたのか全然気づかなかった。


 しかもあの動き、どう考えても只者ではない。

 こちらは二人とはいえ、こんな危なそうなやつと争うなんてごめんである。


 清次がちらりとこちらを見る。

 続けてバスの進路左前方を見る。

 一瞬のアイコンタクトで言いたいことは理解できた。


 直後、バスが停留所で停止する。


「降ります!」


 清次は叫んで少年の横を突っ切った。

 空人も急いでその背中を追う。

 しかし――


「あぶっ!?」


 何かに足を取られ、前にいた清次も巻き込んで盛大に転んでしまった。


「お前っ、何やってんだっ」

「いや、なにかが足に……足?」


 空人は自分の足元を見て愕然とする。

 穿いていたズボンがずり落ち、それに足を取られて転んだのだ。

 必然的に下半身はブリーフ丸出しになっている。

 それだけでも信じられないことだが、さらに驚くべきことを目にした。


「い、いつの間に……?」

「いやあ。さすがにあそこまでバカにされたら、簡単には行かせられないだろ」


 空人のベルトが爆高生の少年の手に握られていたのだ。

 一体いつ盗られたのか、まるでわからなかった。


「ちっ、よりによってSHIP能力者かよ」

「し、シップ能力者?」


 空人はズボンを上げながら清次に尋ねた。

 確か美紗子生徒会長も自分のことをそう言っていたが……


「JOY使いはジョイストーンから力を引き出して使う異能者だろ。それに対して、SHIP能力者はジョイストーンをきっかけに超人的な身体能力に目覚めた人間のことを言うんだ。こいつらのタチが悪いところは、夜中じゃなくても能力制限がかからないってことなんだよ」

「じゃ、じゃあこいつは、昼間っから特殊能力を使えるってことかよ!?」


 少年はくっくっく、とおかしそうに笑う。


「そっちの彼が言うとおり、俺は『瞬足』のSHIP能力者だ。君はこの街の初心者かな? この機会にいろいろと学んでおくかい?」

「くっ……お前らを悪く言ったのはオレだ、やるならオレだけにしろ!」


 空人を庇うように清次が少年の前に出る。

 今度ばかりは彼も真剣だった。


「清次っ!」

「ほら、どうした。一対一でやってやるよ。二対一じゃかわいそうだからな、ハンデをくれてやるって言ってんだよ!」


 清次はあえて相手を挑発することで怒りが自分に向くようにしている。

 その間に空人を逃がそうというのか。

 熱い友情に涙が出そうになる……が。


「その必要はないぜ。こっちも二人に増えたからな」


 空人が振り向くと、ちょうどもう一人の爆高生がバスに乗り込んで来る所だった。


「お、お前はっ!」


 清次が新たな闖入者の姿を見て声を張り上げる。

 学ランがはちきれそうに膨らんだ腹。

 一件愚鈍そうだが、奇妙に迫力のある肥え太った容姿。

 しかも、目の前の少年と違って明らかな怒気を振りまいている。


「これはどういうことなノォ……!?」

「やあ、太田おおた君。ちょうどいい所に来たね。いまこいつらにちょっと社会勉強を」

「問答無用なノ!」


 太田君と呼ばれた巨漢は、肩にかついたカバンを振り上げると、それを思いっきり放り投た。

 カバンは空人と清次の頭上をかすめ、座席の背もたれに腰掛ける爆高生の少年の顔面にぶつかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー