8 夜の街と能力者

 なんだったんだろう。

 空人はしばらく空を見上げて立ち尽くしていた。

 とはいえこのまま時間を無駄にしても仕方ないと、再び歩きはじめる。


 すると、


「いてっ」


 上を向きながら歩いていたせいで何かにぶつかってしまった。


「なんだよ、このっ」


 電柱か何かだと思い、空人は腹いせにぶつかった物体を軽く蹴った。

 ところが思っていたのとは全く違う感触が帰ってくる。


 電柱ほど硬くはない。

 手に触れたザラザラした感触は何かの布だろうか。

 しかもなんだか動いている。


「痛ぇな。なんだぁ?」

「ん? どこかで見たことあるな……」


 そんな声が聞こえてきて、ぶつかったのが人間であることを空人はようやく理解する。


 浮かれ気分は一瞬にして冷めた。

 星明りにも大分慣れ、もう間近にいる相手なら特徴をしっかりと捉えることもできる。


 ぶつかった相手は体格の良い三人組。

 それぞれリーゼント、スキンヘッド、モヒカンの特徴的すぎるヘアースタイルだ。


 忘れもしない、入学式の日に絡まれた不良たちであった。


「こいつ、この間のガキじゃねえか!」


 どうやら向こうも気づいてしまったらしい。

 あれ以来見かけることもなかったので忘れていたが、彼らと再会する可能性は十分にあった。

 しかし、よりによってこんなタイミングで出会ってしまうなんて……


「こんな時間に一人で散歩かよ。どうやら『夜間デビュー』は果たしてるみたいだな」

「ちょうどいいぜ、この間のオトシマエをつけさせてもらおうか。正々堂々と三対一でな」


 三対一に正々堂々もないだろうという突っ込みを入れる精神的な余裕はなかった。

 もちろん争って勝てるはずはないし、この時間では周りの助けも期待できないだろう。


 以前はビビって何もできなかったが、流石に二度目である。

 空人はすばやく深呼吸して気持ちを落ち着け、頭を働かせ、現状を乗り切るための判断をする。


「すっ、すいませーん!」


 謝罪の言葉を叫びながら、素早く背中を向けて一目散に逃げ出した。

 夜の住宅街ならうまく路地裏に入れば逃げられる可能性は高い。

 とっさの判断にしては我ながら上出来だと思った。


 しかし、思ったように逃走することはできなかった。


「っ!?」


 足が重い。

 まるで鉛のウエイトをつけられたように足が動かなくなっていた。

 重さはやがて耐えきれないほどになり、空人はその場に膝をついてしまう。


「なんだこれっ、足がっ……」

「ふへへ、俺の≪|束縛の足枷(ハンディウエイト)≫からは逃げられねえよ」


 スキンヘッド男が自信満々に何か言っていた。

 心なしか視界がさきほどより明るい。

 男の体が発光しているのだ。

 もちろん頭がではない。


 リーゼントとモヒカンも同様の現象が起こっていた。

 明らかに見てわかるほどの燐光を全身に纏っている。


 この光はどこかで見た覚えがあるが、それを思い出すより先に左頬に激痛が走った。

 殴られたと気付いたのは、アスファルトに顔の右側面を打ちつけ口の中に血の味が広がった後だ。


「ほら、どうした。さっさと『JOYジョイ』を発動させないと殴り殺しちまうぞ。それとも『SHIPシップ能力者』か?」

「そりゃないな。あのパンチに反応できないんだから、身体能力は人並み以下だろ」

「な、なんだよ、何を言って――」


 痛みを堪えながら、空人は自分を殴ったモヒカンを見上げてぞっとした。

 その手にあり得ない武器が装着されている。


 ゲームでしか見たことがないような、肉食獣の爪を模したような鋭い四枚の刃がついた手甲。

 いや、よく見ればそれはモヒカン自身の手の甲から生えている。


「次はこの≪尖鋭の牙アイアンファング≫で行くぜ。こいつを生身で食らえば骨まで砕ける。死にたくなかったら、さっさとお前の能力を見せてみろよ!」


 なんだ、いったいなんなんだこいつらは。


 能力だって?

 普通の高校生の自分にそんなものあるわけないじゃないか。

 いや、だったら今この足が動かないのは何故だ。


 まさか、これが能力とか言うやつなのか?

 そんなマンガみたいな話があってたまるか。


「ひょっとしたらコイツ、能力者じゃないかもしれないぜ。外出禁止を甘く見た新入生かも」

「なあに、こいつで小突いてみればわかるさ。能力者なら生身で受けようとするバカはいねえ。もし万が一能力者じゃないとしても、校則違反をしたバカが一人この世から消えるだけだ。そんなことでいちいち騒ぐやつはいねえさ」

「くくくっ、夜の住人同士のケンカで人が死んでも、明日には存在の痕跡が消えるだけだしな」


 モヒカンは爪を舌で舐め、ただの不良とは思えない殺意のこもった眼で空人を見下ろした。


「や、やめっ、やめっ」

「いまさらビビんなよ。恨むんなら夜のL.N.T.を甘く見た自分を恨むんだな」

「うへへ。入学したばっかりで『転校』か」


 こいつらは正気なのか。

 あんなもので斬りつけられたら怪我じゃ済まない。

 いや、こいつらは空人を殺すことを前提で喋っているようにすら思える。


 まさか、そうなのか?

 斎賀の言っていたようにこれこそがこの都市の真の顔で、能力者ではない人間には知る由もないような凄惨な実験が夜な夜な繰り広げていられるというのか。


 そんなバカな話と冷静に切り捨てられるほどの余裕は最早ない。

 何と言おうと目の前のこの状況は現実なのだ。

 目の前の不良たちには冗談では決して出せない迫力があった。


 モヒカン男が腕を振り上げる。


「それじゃ、校則を破ったことを後悔して死になっ!」

「う、うわあああああっ!」


 もうダメだ。

 自分はここで殺され、誰にも知られないまま処理されるんだ。

 クラスメートには『転校』したと伝えられるだけで、殺人があったという出来事そのものが消去されてしまう。


 ああ。せめて最後にもう一度、あの娘に会いたかった――


「やめなさいっ!」


 ふと耳慣れた声が聞こえた気がした。

 覚悟した死はまだ訪れていない。

 ゆっくりと目を開けると、目の前に鋭く尖った刃があって、思わず飛び上がりそうになった。


「その人を解放しなさい。そして、今すぐ家に帰って明日の学校の準備でもするがいいわ!」


 声の出所を探るまでもなく、一発で見つけることができた。

 思った通りに彼女は屋根の上にいた。


 デジャビュを感じる景色である。

 違う点があるとすれば、前よりもピンチの度合が高いことと、今が夜中であること。


 そして声の主である赤坂綺が全身から淡い光を放ち、真っ赤な翼を背負っていることだ。




   ※


「てやぁっ!」

「ぐぼっ!?」


 掛け声とともに屋根から飛び降り、綺は獲物を狙う猛禽の動きでモヒカンの頭に蹴りを食らわせた。

 まったく予想外だったのかモヒカンは抵抗なく吹き飛ばされ、頭から地面に倒れてしまう。

 体を包んでいた光が消え、そのまま起き上がることはなかった。


 これ、死んだんじゃないか……?

 空人は自分のピンチも忘れて心配になったが、そのときには既に綺は次の標的へと狙いを定めていた。


 燕のように地面スレスレを滑空。

 スキンヘッド男に激突する直前でぎゅんと上昇。


「せいっ!」

「ぐぶ!?」


 そのまま毛のない後頭部をわしづかみにして容赦のないひざ蹴りを顔面にお見舞いした。


「よしっ」


 二人を瞬く間に倒した赤坂さんは、ふわりと飛翔して綺が空人のところに戻ってくる。


「もう大丈夫よ……って、空人君?」

「あ、綺。これは一体なんなんだ? この街では一体何が起こってるんだよ、それに、その翼はいったい……」


 綺はごまかすようにポリポリと頬を掻き、真面目な顔を作るとやや声を低くして、


「ええと、赤坂綺とは誰のことでしょう? 私は正義の味方バトルファルコンであって、水瀬学園一年四十二組の赤坂綺さんとは何の関係もないのです」

「おい」

「ふ、ふはははっ!」


 空人の突っ込みの声をかき消すように最後に残ったリーゼントが大声で笑い始めた。


「この前の女まで現れるとはな。そっちのお嬢さんはしっかり能力者として目覚めてるようだな!」

「ななな、何のことかしら? 初対面の悪党さん」

「見たところかなり強力な能力のようだが、その『ジョイストーン』は俺がいただくぞ!」

「ふん、やってみるがいいわ。この前私に一発で倒されたのをもう忘れたようね!」

「やっぱり綺じゃないか」

「ごほん!」


 咳払いでごまかせると思ってるのか。


「ともかく、逃げるなら今のうちよ」

「この間は不覚を取ったが、夜の俺をこいつらと同レベルだと考えてると痛い目を見るぜ」


 リーゼント男は着ていた学ランを脱ぎ捨てる。

 シャツ一枚になった上半身が異常な膨らみを見せ始めた。


 ぞくり……

 空人はとてつもない悪寒を感じた。

 なにかものすごくヤバイことが目の前で起こっている。


 次の瞬間、爆発的に巨大化した筋肉がリーゼント男の着ていたシャツを引き裂いた。


「フッハァ……見ての通り、俺のJOYは擬似的な筋肉増幅を行う。SHIP能力者にも匹敵するこの力。一芸に秀でた他の二人とは違うぞ。今の俺は攻撃力も防御力も並の人間の比ではない。貴様がいくら素早かろうが、俺の鋼の肉体にダメージを与えることは――」

「典型的なやられ役のセリフね!」

「なんだと?」

「御託はいいからかかって来なさい。私とこの≪|魔天使の翼(デビルウイング)≫が怖くないのならね」

「な……なめるなぁ!」


 綺の言う通り、ザコ悪役丸出しのセリフとともに突っ込んでくるリーゼント男。

 上半身だけがプロレスラー以上の筋肉になっているため、見た目の迫力は半端ではない。


 綺はその場を一歩も動かなかった。

 迫りくる巨体になど何一つ恐れを抱いていない。


 ただ、彼女は敵の体を見据え――


「いくぜ! ≪|鋼鉄筋肉(コイシテマッスル)≫の破壊力、その身に刻んで――」


 リーゼントが綺めがけて手を突き出した瞬間。

 これまたデジャビュを覚える景色が空人の目の前で再現された。


「はっ!」


 男の首筋に見事な蹴撃が炸裂。

 バランスを崩すリーゼント男。

 懐に入る綺。


 まるで教本のビデオを見ているような見事な背負い投げに繋ぐ。

 流れるような一連の動作でリーゼント男の巨体が頭から地面に突き刺さった。

 投げられた時、この間と違って誇張ではなく本当に男は綺の頭の高さより上に浮かんでいた。


「とどめよ!」


 さらに自らも飛び上がった綺が、ダメ押しの蹴りを首筋に叩き込む。

 アスファルトの地面に頭を突き刺したまま気絶したリーゼント男。

 その体から淡い燐光がゆっくりと消えていった。

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