6 アクシデント
「はい、召し上がれ♪」
赤坂さんが振る舞ってくれた料理は
短冊切りにしたピーマンと筍と牛肉を炒めた中華料理である。
お椀には湯気の立った白いご飯、さらにはみそ汁付きだ。
本格的な食卓に驚きつつも空人はいただきますを言って箸をつけた。
「美味しい!」
「よかったぁ。初めてだから、失敗してたらどうしようと思ってたの」
「え、本当に初めて作ったの?」
「うん。って言っても、味付けはインスタントの素だけどね。裏面のレシピを見ながらだし」
「いやそれでもすごいよ」
自分じゃレシピを見たってこれだけのものが作れるとは思えない。
改めて彼女のすごさを思い知りながら、空人は次にみそ汁に手を付けたが……
「うっ」
「どうかな?」
「あ、うん。まあ……悪くないよ」
こっちはハッキリ言って微妙だった。
味がほとんどしないというか、ただ味噌をお湯に溶かしただけって感じがする。
具のワカメもやたらと量が多くてもさもさする。
赤坂さんも空人の前に座り、まずはみそ汁に口をつけた。
其の後でお椀をテーブルに置き片手で頭を押さえ小声でつぶやく。
「何がいけなかったのかしら……?」
「ほ、ほら。初めてなんだし、少しずつ練習して上達していけばいいよ」
気を取り直して白米に手を付ける空人。
しかしこちらは半煮えというか中に芯が残っていて、ハッキリ言ってめちゃくちゃマズい。
「す、炊飯器が壊れてるのかな?」
「ごめんね。うちまだ炊飯器がなくて、お鍋で炊いたの」
そ、そうか。それじゃ失敗することもあるよな……
というかご飯ってお鍋で炊けるのか。
さすがに半煮えの白米はどうにもならなかったが、みそ汁は温めなおしてインスタントの出汁を溶かしてそれなりに飲めるようになったし、青椒肉絲は何の問題なく美味い。
「お粥にすれば食べられるかしら」
「そんなに無理して食べなくてもいいと思うけど」
「うちではお米を一粒でも残すとお祖母ちゃんにグーで殴られるのよ」
恐ろしいおばあちゃんである。
そんな話を聞いたら空人も残すわけにはいかなくなった。
なので大きめの鍋に残ったご飯を入れ、煮ながら二人で少しずつ食べるという変な食卓になった。
※
「ごちそうさまでした」
「ごめんね。下手な料理を食べてもらって」
「ううん、そんなことない。すごく美味しかったよ」
青椒肉絲は……と心の中で付け加えておく。
味よりも赤坂さんが自分のために料理を振る舞ってくれたことが空人にはとても嬉しかった。
ただ、次からはちゃんと炊飯器を使った方がいいと思う。
さて……
雨はまだ止まない。
傘を使えば帰れる程度だが、できればもう少し赤坂さんと一緒にいたい。
そのため何か話題は何かないかと考えて、ふとあることを思い出す。
「あの、さ」
「何?」
J授業の二段階目では何をやってるの?
「いや、やっぱりなんでもない」
空人は喉元まで出かかった言葉を押し留めた。
それは聞いてはいけないことである。
リングが光ってない者がそれを聞けば教えた方にもひどいペナルティがあると清次が言っていた。
現に赤坂さんも教室では一切その話をしていない。
何か別の話題はないか……
「お鍋、下げるね」
赤坂さんは特に気にした風もなく椅子から立ち上がって空いた鍋に他の食器を重ねる。
「あ、待って、僕がやるよ」
せめて食器を洗うくらいはやりたい。
そう思った空人は食器の入った鍋を持ち上げようとした。
「いいよ。空人君はお客様なんだから、私が」
「これくらいやらせてくれよ。ごちそうになってばっかりじゃ――あっちぃ!?」
ところが誤って金属部分を持とうとしたため、まだ熱の残っていた鍋を思わず腕ではじいてしまう。
「あっ!」
「しまった!」
赤坂さんの手から鍋が離れ宙を舞う。
空人はとっさに手を伸ばし、赤坂さんも手を伸ばす。
二人の体が絡み合い、互いにもつれ合って、一緒に倒れ込んでしまった。
「きゃあっ!」
「うわあああっ!」
鍋や食器が床に落ちる音が響く。
空人は赤坂さんに覆いかぶさるような恰好になった。
体を支えようとした右手が何か柔らかいものに触れ、そして――
「んっ!?」
赤坂さんの顔が目の前にある。
そう思った直後、空人は彼女と唇を重ねてしまった。
しかも右手は胸――
「う、うわあああっ! ごめんっ!」
慌てて体を離す。
なんてことをしてしまったんだ。
いくら事故とはいえ、どう考えても言い訳は不可能。
こんなの完全に暴漢そのものじゃないか。
しかも落とした拍子に鍋に入っていた皿を割ってしまった。
嫌われる……なんて程度じゃ済まないだろう。
警察に突き出されも文句は言えない。
「ごめん! ごめん! ごめん! 本当にわざとじゃないんだ! ごめんなさい!」
空人はその場で土下座し誠心誠意を込めて謝った。
床に頭をこすりつけ、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。
「……空人君」
「はいっ!」
赤坂さんの声が降ってくる。
空人は顔を上げた。
肩を掴まれ立たされる。
殴られるか……と覚悟を決めた直後。
予想していたよりもはるかに強烈な衝撃が来た。
「てぇいっ!」
「ごぶっ!?」
なんと赤坂さんは空人の額に向けて思いっきり頭突きをしてきたのだった。
これは生半可な怒りではない。
ああ、高校入学して早々、人生終わった……
そんなふうに思っていた空人だったが。
「不幸な事故だったね!」
「……えっ?」
赤坂さんは空人の肩を掴んだまま大声で叫んだ。
その表情は別に怒っているようには見えない。
「痛かったけど、私も悪かったから気にしないでいいからね! うん、ただちょっと頭をぶつけただけだから! 男の子がそれくらいで土下座なんてしちゃだめだって!」
「えっと……」
空人は混乱した。
これは一体どういうことだろう?
頭にたくさんのはてなマークが浮かぶ。
そのまましばらく呆然としていると、赤坂さんはややトーンを落とした声で言った。
「何もなかったの。だから、こんなことで気まずくなったりしちゃ嫌だよ? せっかくできた同じ趣味の友だちなんだから」
「あっ」
そうか、赤坂さんはきっと、今の出来事を全力でなかったことにしようとしてくれているのだ。
空人が彼女に対して気まずい思いをしないように。
「うん、ごめん。ありがとう」
だから空人は彼女の気持ちに応えることにした。
また彼女に助けられたようで情けなかったけれど、そうするのが一番良い。
うん、何もなかった。
キスなんてしていない。
「けど、割っちゃった食器代は弁償するよ」
「それは……うん、そうしてくれると助かるかな」
二人はそう言って笑い合った。
ふと窓の外を見ると雨はすでに止んでいて、雲間から地上に光が差し込んでいる。
「今度はこの前言ってたビデオを持ってくるよ」
「わあ、嬉しい。そうだ。もしよかったら二階においてある私のコレクションを見てもらえないかな。歴代の全レッドのフィギュアが飾ってあるの」
「え、それ普通にすごくない?」
雨降って地固まるではないけれど。
今日の偶然の出会いと事故のおかげで、少しだけ赤坂さんとの距離が縮められた気がする空人だった。
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