4 素質ある者の選別
「そいつは午後になってからのお楽しみだ」
翌日の昼休みである。
空人は清次と一緒に第十一校舎の食堂で昼食をとっていた。
ここ第十一校舎は一年生の教室が集まる校舎で、三十一組から六十組までの教室が入っている。
各学級とは別にそれぞれの校舎に職員室や図書室や理科室などの施設があって、通常の授業では別校舎に移動する必要はない。
ちなみに食堂のメニューは校舎ごとに少しずつ違いがあるという。
赤坂さんもすぐに友人ができたようで、何人かで集まって教室の窓際の席で弁当を広げていた。
彼女の秘密をバラすつもりはもちろんないが、空人が気になっているのは昨日の彼女が別れ際に言っていた言葉だ。
昨日の別れ際に赤坂さんの言った『明日』とはまさに今日のことである。
帰ってから日程表で調べてみたけれど、午前中は何の変哲もない授業しかなかったが、午後の単位はアルファベットで一文字『J』と書かれていただけだった。
現文やOCの様に略された単位は他にもあるが、この一文字だけでは何の授業なのか想像もつかない。
他の資料にもそれに関する説明は一切なく、中学時代からこの街にいる清次なら何か知ってるんじゃないかと思って質問してみたのだが、返ってきたのは冒頭のそっけない言葉だった。
「思わせぶりだな。なんかヤバいことでもやるってのか」
「まあ、ヤバいっていやあヤバいかな?」
冗談のつもりで言ったのに、清次はニヤニヤしながら脅すような言葉を返してくる。
「オレから言えるのは、その授業がこの学園……いや、このL.N.T.の最大の特徴であり、俺たちがここに存在する理由だってことだな」
やたらと重々しい口調で雰囲気を作る清次。
しかしロールケーキをかじりながらではいまいち深みがない。
空人は話半分に聞き流すつもりだったが、意外にも彼は真面目な口調で話を続けた。
「この街が企業の実験都市だってことは知ってるよな?」
「ああ」
それはもちろん資料で読んで知っている。
入学前の面接でも散々説明されたし、誓約書みたいな書類も何枚もかかされた。
けれど、それは都市開発とかそういう分野でライバル企業に秘密を漏らされたくないための守秘義務だとか、そういう意味の制約だと思っていたのだが……
実験都市。
空人はそれを、単なる企業城下町のニュータウンくらいの意味だと思っていた。
けど、もし言葉通りの意味だったら?
外界から隔離された都市。
夜な夜な繰り広げられる、生徒を対象とした凄惨な人体実験。
鎖に繋がれた少年少女たち。
悲鳴が響く暗い牢獄。
そんなイメージが頭の中をよぎり、空人はゾッとした。
「清次、それって……」
「ばーか、変な想像するなよな」
清次の表情が一変、薄笑いを浮かべる。
どうやらビビらせようとしただけのようだ。
「特殊なことをするのは確かだけどな。別に人体実験されるってわけじゃないし、人によっては全然なんてことのないままで終わるだろうさ」
「そ、そうか……で、具体的に何をするんだ?」
「だから午後になってみればわかるって」
結局何も聞き出せないまま昼休み終了を告げるチャイムが鳴ってしまった。
空人は慌てて残ったパンを口の中に収めてから、教室へ戻ろうとする清次の後を追った。
※
「これから『ディフェンスリング』を使った授業を行います」
五時限目。
一度教室に戻った空人たちは、クラス全員で第三校舎に移動した。
授業で別の棟に行くのは初めてである。
周りを見るとちらほらと見覚えのない生徒たちの集団がある。
おそらく、普段は別の棟で授業を受けているクラスの生徒たちだろうか。
空人たちがやってきたのは中学でいうところの視聴覚室のような白一色の防音部屋だった。
壁際に数台のパソコンが備え付けられている以外は何もない。
窓すらない殺風景な部屋である。
出席を取り終えるなり、担当の若い女の先生が厳重に封をされた箱を机の上に置いた。
「既に自前のリングを持っている人は出してください。それ以外の人にはこれから配りますから、絶対になくさないよう注意してくださいね」
先生がそう言うと、何人かが小さい半透明なリングを取り出した。
清次も無造作に同じものをポケットから出す。
どうやら中学からこの街に住んでいる生徒は既に持っているみたいだ。
すぐに空人にも同じ指輪が配られる。
ひとりひとり先生が名前と顔を確認しながら配っているので時間はかかったが、程無く全員に行き渡った。
「所有者の中で既にリングが光っている人はいますか?」
三人の生徒が手を挙げる。
「はい、おめでとうございます。あなたたちはお待ちかねの第二段階ですね。このまま第二校舎に移動してください。廊下で別の先生が待機してますから、そちらの指示に従ってくださいね」
手を挙げた三人が部屋から出て行き、それを見送ると先生は説明を続けた。
「他のみなさんには今からこの授業の説明をします。所有者の人たちは繰り返しになりますが、初心を思い出す意味でも静かに聞いていてくださいね」
説明は簡潔だった。
この時間は指輪をはめ、部屋から出ないこと。
それが唯一のルールで、あとはひたすら自習。
勉強していてもいいしおしゃべりも自由。
後ろのパソコンも自由に使っていい。
他人に迷惑がかからない範囲で、次回から暇つぶしできる道具を持ってきてもいいとのこと。
先生はずっと部屋の中にいて、騒ぎ過ぎだと判断したときに注意はするが、基本的に生徒のやることに口出しはしない。
わけがわからなかった。
これが実験都市の特徴である授業なのか?
ただの休み時間と同じじゃないか。
「説明はこれで終わりです。各自、あまり騒がしくしすぎないよう……」
「先生、先生」
前に座っていた生徒の一人がはめた指輪を反対側の指先でつつく。
先生は「いっけなーい」とでも聞こえてきそうな仕草でかわいく舌を出した。
「ごめんなさい、肝心なことを説明し忘れてました。この授業は週に三回行いますが、授業の間に指輪が光った人は第二段階に移行してもらいます。さっきの三人と同じように別教室に移動して授業を行いますので、光ったらすぐ先生に報告してくださいね」
空人は早速指にはめた指輪を眺めた。
薄いガラスのような透明なリング。
中に光源があるようには見えないが……
「これはラバースの新技術のモニターみたいなものです。皆さんも入学前に聞いていると思いますが、この学校の生徒は学費や生活費の大半を企業が負担するかわりに、街の研究所で行われている技術開発に協力してもらうことになっています。もちろん授業の一環ですから、危険や人体に対する悪影響は一切ありません。第二段階からは少し特殊なことも行いますが、これはその前段階の安全を確保するため――」
いきなり室内の照明が強くなったような気がした。
先生の言葉が途切れ、生徒全員が光源に目を向ける。
一番前に座っていた生徒がはめた指輪から眩いばかりの光があふれていた。
時間が経つにつれ激しさは次第に収まり、周囲を青い光となって覆っていく。
彼女の体全体がまるで蛍の光のように淡く優しく光に包まれていた。
「おやぁ、奇麗に光っているじゃないですか。中学時代からの所有者の人ですか?」
「いえ、先ほどいただいたばかりですけど……」
リングの光っている生徒……赤坂さんが戸惑ったように答える。
「それは驚きですね! 指輪をはめたその日に光るなんて……ええと、赤坂綺さん?」
「はい」
先生は手元の名簿を確認しながら名前を確認した。
「あなたも第二校舎へ。すぐに先生が戻ってきますので、指示に従って移動してください」
先生に促されて赤坂さんは部屋から退出していった。
「すごいな赤坂さん。D《ディフェンス》リングをはめた初日に光らせる人なんて初めて見たぜ」
「清次のは光ってないのか?」
空人は清次がはめている指輪をちらりと見たが、空人のと何ら変わりない。
「中学一年の冬にもらって以来、三年以上音沙汰なしだ」
「いったい何なんだこのリング。なんであんな風に光るんだよ」
「話を聞いてなかったのか? これが光ったやつは素質ありって見なされて、新技術の試験に協力するんだよ。第二段階から始まる本格的な試験にな」
「そういうことじゃなくて……」
気がつくと他の生徒たちは好き放題に時間を使い始めていた。
先生も何人かの女子生徒に混じっておしゃべりをはじめている。
特に壁際のパソコンは人気みたいで、あっという間に全台が使用中になってしまった。
ちなみにインターネットには繋がっていないらしい。
「第一段階なんて言ってるけど、こいつは単に素質があるやつの選別だ。個人差はあるけど、年齢と経験次第で素質はゆっくりと開花する。それを気長に待つだけの時間だよ。安全に気を配るせいで以前より選別基準が厳しくなってるけどな」
独り言のように説明する清次。
彼の言葉の意味はやはり空人にはよくわからない。
「ま、こうやって気楽に過ごすのも悪くないし、光らなくても全然かまわないんだけどな」
清次は仰向けに寝転がり、ポケットから小型ゲーム機を取り出して遊び始めた。
先生は注意する気配もない。
他にも何人か同じように遊び道具を持ってきている生徒がいた。
「その口ぶりだと、清次は第二段階が何をやるのか知ってるみたいだな」
「まあな。お前もやるか?」
清次はもう一台のゲーム機を取り出し空人に渡してくる。
つい受取ってしまったが、空人は第二段階で何をやるのか気になってしかたなかった。
赤坂さんが奇妙な実験に参加していると思うと気が気じゃない。
「けど、教えないぜ」
「なんでだよ」
「勝手に教えたのがバレたらペナルティがあるんだよ。他の第二段階に進んだやつに聞いても教えてくれないと思うぜ。ほら、はやく自機選べよ」
「ペナルティって?」
「この授業の単位剥奪の上、以後のJ授業はリングが光るまでずっと欠席扱いで別部屋に隔離。教えてもらった方も同罪だから気をつけろ」
それは確かに厳しい。
そこまでして知りたいとも思わないし、授業をぶち壊しにされても迷惑だろう。
周りの生徒たちはこの状況を楽しんでいる者が大半だ。
「心配しなくても、半分くらいのやつは一年以内に光るだろうよ。十六歳以上になれば光る確率はぶんと高くなるらしい。第二段階で何をやるか知りたかったら、がんばって光らせることだな」
「がんばるって、何をすればいいんだよ」
「それは明日の六時限目になればわかる」
また「そのときになればわかる」か。
これが清次の性格なんだろうか、面倒くさがりというか憎めないやつではあるんだけど。
「中学からこっちにいるやつはリングが光ってなくても何をやってるか知ってるのか?」
「知ってるやつもいれば知らないやつもいる。あんまり気にするようなことじゃねえよ。さあ、いいから、そろそろ始めるぞ」
バトルステージを選ぶとBGMが流れ出す。
さすがに自重しているのか音楽は最少だ。
しかし、赤坂さんは今日の授業を知っているようだったが、なぜだろう?
空人はこれ以上の詮索をやめてゲームに集中することにした。
「言っておくけど、ゲームなら僕はかなり強いぜ」
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