泉の秘密

 僕は昼頃、その足で父の城へ出向いた。ベルを鳴らすと、執事が出てきた。そのづぐ後ろに父の顔があった。

「父さま」と僕は言った。

「ジャン」

「単刀直入に言います」僕はコートを脱ぐことも椅子に座ることもせず、まっすぐ彼に向き合っていった。

「かまわない」

「この国にはいくつかの泉、湖があります」

「そうだな、全部は把握していないが」

「それは全てエネルギー源です」

「確かにそうだ」

「それを一つに集めて電力にすれば相当な力になるでしょう」

「そうだな、それができさえすれば」

「できます」

「そうか」

「はい」僕は淡々と言った。

「いえ、やります」

「それは頼もしい。期待している。我が息子ながら大きくなったな」

「父さま……」僕は一瞬のうちにいろんな言葉が駆け巡った。

「気づいていたのでしょう?」

「考えればすぐにわかることをか?」

「湖のエネルギー源は、おそらく震災で亡くなった人間の記憶だ」

「たしかにそうだ」

「150年前の震災がもしも意図的に行われていたとしたら?」

 父の身体が一瞬だけ震えた気がした。

「それが政府の一部の人間の手によるものだったら?」

「それはどんな根拠を持って言っているのだ?」

「ただのデータです。事実として150年前には飢饉や疫病が流行っていた。金も人員もなかった。戦争だって派手とまでは行かないが、件数はゼロではなかった。まあ昔は領土の瀬戸際で何かしら紛争があったから仕方ないけれどね。同時に錬金術師たちによって記憶エネルギー代替法が確立したのもこの年です。また、震災発生の翌年には湖の数が格段に増えています」

「確かにそうだな。しかしそれだけでは『政府が震災を発生させた』根拠にはなるまい」

「キッシンジャー様戦争の全線で戦い、また指導にあたったのもこの時期です」

「そうだな」

「僕は魚を使って大地を割くことができます。おそらくキッシンジャー様も可能です。彼はさらに言えば魔法も使えます。この二つを彼から習った者はキッシンジャー様に一番近しい人物でしょう」

「その者が震災を仕組んだとでも言いたいのか」

「もちろん一人だけの犯行ではありません。多くの協力者がなん箇所かのポイントでプレートを割ったのでしょう」

「また突拍子もない」

「実はところどころプレートの地層に線のような傷のある地点があります。見逃すくらいの傷ですがね。しかしそれら場所を特定すると、きっちり円状に、それも200キロ間隔であります」

父が頭を掻く手を止めた。

「有識者によると、浅い場所の、おそらくまだ100年ほどの前のできごとかと」

「有識者会議はとうに済んだのか? まだ有識者はおるか?」

「おそらくいますよ。聞きたいことがあればご自由に彼らに聞くといいでしょう。僕はこのデータをまとめて国民への会見を急ぎます。論文を作っている余裕まではない。データが出た段階でのプレスリリースでも新聞には出られる」

「それでいつ公表するんだ?」僕と父は城を出る準備をした。私は足早に父の部屋から背を向けた。

「早ければ早いほどいい。わからないことは全て『現在調査中です』で押し通せばいい」

「それでお前はこの事実を公表してどうするんだ?」父も僕の後ろを足早についてきた。

「発電所を完成させます。何が何でも。それが亡くなった人への正しい弔い方だと思います」

「お前が会見を開くのか?」父はいつになく取り乱していた。今までの人生で彼がこれほどまでに追い詰められた場面を見たことが無い。

「私が話さなくては意味が無いでしょう」

「わかった」と彼は足を止めた。

「検討を祈ろう」

「ありがとう父さん」と僕は言った。

「父さん、生んでくれてありがとう」

「あ? ああ。頑張ったのは妻だけじゃがの……」父さんは予想だにしない回答が帰ってきたからか、気の抜けた声を出した。

「いや、父さんも頑張っているよ。でも、記憶が無くてごめん」

「謝るな」と彼はいつもの毅然とした態度で言った。

「謝るな。お前の記憶は誰かの糧になる」

「申し訳ございません」と僕は素直に訂正した。

「でもそれでも……」

 

 突然、地響きが聴こえた。下から突き上げる、ゆっくりとした、低い、大きな、まるで敵わないような音。

「なんだ?」父が叫んだ。

「まさか」


ハレルヤ、主に感謝し、喜びと賛美を

君の信仰心は篤い、だがその証を欲した

君は屋根の上で入浴する女を見かけた

彼女の美しさと月明かりに照らされる姿に君は誘惑された

彼女は君をキッチンの椅子に縛りつけると

王座を破壊し、君の髪を切った

それから君の唇から主を讃える言葉を導き出したのである

ハレルヤ、主に感謝し、喜びと賛美を


「まずい、すでに初期微動か?」僕は背に仕込んでいた魚を取り出し、窓にめがけて投げた。ガラスは壊れくだけた。僕はそのまま窓から外に出て、テーブルに会ったまだ調理していない魚を足に載せて移動した。

「200キロ地点ごとか、まずいぞ。このことを知っているのは官僚と父だけだ。まだ誰にも話していない。ポイントは10か所もある」

 僕は夢中でテレパシー無線を入れた。

「国防長、至急軍を派遣せよ。今から言う地点にそれぞれ10の軍を置け。繰り返す」

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