城 首相官邸
翌日、僕は早速動き出した。
「官僚はもう動いているんです?」恰幅のいい男が僕と一緒に速足で歩く。
「これからだね」と僕は答える。
「もう話はつけているんですか?」
「話だけはしてあるね」
「それはいつ?」
「今日の朝」
「なんと」と彼は笑った。
「タイムリーな話ですな」彼は大きな声で笑った。豪快な男だった。
「優秀な官僚みたいだからね、聞くところによれば」
「ほう、官僚に優秀な人事はいたのですね」と彼は笑った。
「そこかしこにいますよ。使いどころを間違えさえしなければね」
「なるほど確かにそうです」と目の前の男は言った。彼はなんでも大きかった。声も頭も体も手も指も大きかった。
「しかしまたなんで急に災害マニュアルなんかを?」
「節目だから、というのもあるな。ちょうど震災が起きてから150年も絶ったし。この国ができてからは200年かな? ダムがこのまえできたのは存じておられます?」
「ああ、あの結構大きなやつですよね。存じていますよ勿論」
「それで少し耐震強度が気になったもので。この際いっそ災害マニュアル自体を作ってしまおうかと」
「なるほど、ダムも湖も、なかなかマニュアルがないと危ないですね。対策なんてほぼないでしょう」
「ああ、それで思ったのだが、発電所を僕たちで作れないかな?」
「またまた面白いうことを言いますね」と官房長官は言った。
「ちゃんと有識者に確認をしました? そんなことは可能なのですか?」官房長官はステーキを口に運びながら豪快に笑った。
「いやわからないな。何しろ誰もやっていないからね。建物を建てること自体、ほとんど初めての試みだ」
「ジャン様はひじょうにチャレンジングな方ですねえ。いや、あなたの突拍子もない発想は好きですが、いったい何年計画のおつもりで?」
「二年だね」
「またご冗談を」と彼は笑った。
「たった二年ですか。桁が一つ違いますよ」
「いや、二年だね。建物なんかやろうと思えば一日でできるはずさ。現に今までも建物は寝て起きたらできていただろう?」
「それは自然の摂理に任せた時だけですよ。これを人力でやろうってんですから、おそらく10年はかかりますよ」
「まあ詳しいことはやってみないとわからないだろうな。遅れることは想定の範囲内だ」と僕は淡々と言った。
「早速有識者会議の段取りを決めようか」
「はあ、二年ですか」と線の細い男が言った。
「はい。二年でできると思います。問題は耐久性ですね。論文を拝見しましたが、理論上は3カ月で可能です」
「それはあくまで理論上の話です」と男は細い声を出して言った。細い体がますます細く見えた。
「なにせ今までまともに建物謎作ったことはありません」
「しかしミニチュア試作では既に完成しているのだろう?」と僕は詰め寄る。論文には全て目を通してある。落ち度はなかった。
「しかし実験には失敗がつきものです、ジャン王子。あなたも研究者なのですからわかりますでしょう?」
「だから二年の時間を設けています」と僕はきっぱり言った。態度には出さなかったが、少しだけこの線の細い学者の男に僕はいらいらしていた。仕方ない、いつの時代も長く生きていると保守的になりがちなのだ。
「だから一年七カ月をその失敗期間として設けています。お言葉ですが教授、研究者はいつも締め切りを気にせねばいけないでしょう? 審査もありますし、科研費だって申請しなくてはならない。プロジェクトは自分で考えて進まなければどんどんと遅れますよ。あなただって、期日が何よりも大切なことは百も承知でしょう」
「仰る通りです」彼は苦々しい表情で細い声を出した。
「多額の資金を投入させる」と僕は言った。
「予算のあてがあるのですか?」
「ダムの水は他国に供給できる。さらにはわが国で初めて発電所を作ったとなれば、電力共有はおろか、その既存システムと技術を丸ごと売ることもできる。今はなくとも利益は確実に見込める」
「なるほど、とすれば今は借金となりますか?」
「いくばくかはね。でも教授、それは貴方の気にするところではありません。それにまあ、いくつか当てはあるんですよこちらとしてもね」
「ふむ。楽しみにしておりますよ、このプロジェクトも上手くいくことを祈っております」勿論彼は皮肉で言っているのだ。
「ありがとう」しかしここはあえて額面通り受け取っておこう。
会議が終わり次第、廊下で「歩きながら官僚が近づいてきた。
「例の湖の調査終わりました」
「早いな、さすがだな」官僚はまだ30代くらいの若く彫りの深い整った顔をしている男だった。
「いえ、しかしこれは、150年前に」
「ああ、君らなら容易に想像はついただろう。僕としてはこれをハナから隠す気はない」
「国民に説明するのですか?」
「ああ、報告に目を通し、データ考察ができ次第だね。今週か来週にはできるだろう?」
「明後日には可能かと」
「無理をする必要はない」と僕は言った。
「じっくり考えよう。統計のプロには既に頼んであるね?」
「もちろんです」
「新しく来たデータサイエンティストはかなり使えるって噂だけれど」
「仕事中終始イヤホンをつけていますが、それを除けば抜群に仕事ができます」
「問題ない」と僕は言った。
「とにかく早く正確な考察データが欲しい」
「わかりました」
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