悲しみの先に
光に包まれた。
「あなた、えらいひとなんでしょ?」オレンジの髪の、ぶかぶかの白衣を着た女性、女の子と言っていいかもしれない、がベッドの中で囁いた。しかしここには白いベッドしかない。ああ、そうか、ここは病院なのか。彼女はけだるそうに言った。
「なんで私と話してくれるの?」
「さてね」とキッシンジャーはミカンをむき、彼女に渡した。
「目の前にただ君がいただけだと思うよ、実際」
「わかんないなあ」と彼女は伸びをしながらゆっくり言った。なんだか日向ぼっこを終えた猫みたいだ。
「だってここには病気の人、きっとたくさんいるよ? 私以外にもさ」
「でも君は死ぬんだろう?」とキッシンジャーは優しく言った。
「うん」と彼女は笑顔で言った。
「今は足が動かないだけだけど、最近は手もどんどん動かなくなってきているからさ」
「君のことを覚えていたいんだ」
「そう?」
「そうだね」
「じゃあおじさん、アタシの詩を聞いてくれる?」
「詩?」
「うん。詩、知らないの? 読んだことない?」
「いや、知っているよ勿論……君は詩を書くのかい?」
「書くよお」と彼女はにこっと笑った。
「小説も書くよ。ヘンな話ばっかりでさ、物語屋には売れないんだ」
「図書館に行けば君の記憶ごと定着させて本にできるはずだけど?」
「行ってみたいな」と彼女は窓を見ながら言った。
「ここから出られたらね」
「出られるさ」
「そうかな。この病気、薬がまだないって聞いたけど」
「今ちゃんと国を挙げて、お金を投入して研究している。きっとできるさ」
「ふうん。おじさんがやってくれたの?」
「まあそうだね。実際に研究してはいないけど、その制度を作ったのはおじさんだよ」キッシンジャーはくすくす笑った。
「そう。ねえ、来て。こっち。あたし、動けないからさ」
「うん?」少女はそのまま、キッシンジャーの頬に口づけした。
「お礼」と彼女は真顔で言った。
「おい」とキッシンジャーは怒った。
「こういうのはもっと、そうだな、若い男とするものなんだぞ」
「そんな決まりも作ったの?」と彼女はくすくす笑った。
「参ったな」とキッシンジャーは頭を掻いた。
「一本取られた」
「ふうん。そんな法律はまだないんだ。よかった。犯罪者になるとこだったよ」
「駄目だな、君は。こういうことを次するときは、そうだな、口はとっておくんだぞ」
「良いよ別におじさんなら」と彼女は何でもないように答えた。
「いつも頑張ってくれているもん」
「駄目だな、本当に君は」
「まあね」
「でもおじさんの方が、駄目な人間みたいだな」
「そう?」彼女は笑った。
「そんなことないよ」
「君と結婚したいと思っている。犯罪者だ」
「別にいいよ。しようよ」彼女は何気なく言った。
「そんな、でも私は二度も妻を失くして……」
「二度妻を失った男とは結婚できないなんて法律があるの?」と彼女は笑った。
「ねえ、来て」彼女が囁いた。キッシンジャーは一瞬迷ったが、ちゃんと彼女の言う通りにベッドに移動した。
「結婚、してもいいよ」彼女はもう一度彼の頬に口づけしようとした。が、キッシンジャーが彼女の唇を奪った。
光に包まれた。
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