初期微動継続時間
暗闇が訪れ、光が射しこんだ。場面が変わった。
「キッシンジャーには娘が一人いたな」大きな広間にいた。キッシンジャーともう一人、白髪の軍服を着た老人が向かい合って食事していた。テーブルにはざっと30人は座れたが、その余白をものともせずに二人は悠々と過ごしていた。いや、よく見るとキッシンジャーは多少緊張していた。背中をぴんと張り、時々自分の手元を見て食事の動作一つ一つに気を付けていることがよく見ればわかる。しかし彼はそれを億面に出さまいと努めていた。
「はい、一人娘です」
「いくつになるかな」
「もう七つですね。学校に上がりましたよ」
「そうか」
「可愛いものです」
「一番かわいい時期だな」と老人は言った。よく見ると彼のガタイはなかなかのものだった。厚い軍服に覆われてるからわかりづらいが、肩や腕の周りに筋肉がある。
「時に男児はまだ生まれぬのか」
「そうですね、まだ」
「そうか」と彼は視線を落として言った。
「まあこればかりは巡り合わせもあるからな。多くはこちらから言えん。かくゆう私も四人の娘がおる」
「存じております」
「仕事が忙しいようだがね、たまには帰るといい……。まあ、今こうして君に食事を誘った身からは言いづらいがね」
「肝に銘じておきます」
「病院整備政策の方は順調か?」
「実は難航しております。予定していたスケジュールよりも遅れています」
「まあそんなものだ、仕事など」彼は淡々と話しながら、食事を口にした。
「特に誰もやっていない仕事など、誰にも予定がわかるはずないのだ。しかし人間、生まれたからには誰もやっていないことを成し遂げ泣けねばならん。そう思わないか?」
「私個人に限って言えばそう思いますね」
「そうだろう」と彼はゆっくり言った。
「誰もやっていないことをやると必ず誰かが悪く言う。この世の摂理だな」
「そうですね」
「反発が多いのだろう?」彼は一度水を口にした。
「それもありますね。でもまあ、なんとか……」
「うまく発言しなければならないな」と彼はキッシンジャーの言葉を遮って言った。
「国民に納得させる。それも重要な一つの仕事だ。このまま無視して政策を続けていても、いつかどこかで亀裂が入る」
「仰る通りです」と彼は言った。
「今は時間が無くてまだそちらには」
「時間が無いからやるのだ。国民を納得させられれば自ずとついてくる。解決策も見えてくる」再度キッシンジャーの言葉を遮って彼はぴしゃりと言った。
「国なんて国民ありきだ。今すぐにでも文書を作って会見を開け。一週間後でいい」
「一週間後」キッシンジャーは一瞬食事の手を止めた。
「それくらいあればできるだろう」と彼は言った。
「そうだな、優秀なやつをお前に派遣する。文書の細かい部分は彼らに作ってもらえ」
「はい」キッシンジャーは頭を下げた。
「まあ医者を国家資格にするなんて言い出したら、既存の医者たちが黙っていないのはわかる。今まで法外な値段で薬を売りさばいたり、適当な処置を施して金をもらっていた連中も多いからな。困ったことに、いつの世も声の大きい犬ほど目立つものだ。国民もそんな奴らに騙されて『政府は金銭目的で医師法を成立させようとしている』なんて信じるのだ。こんなこと、想定の範囲内だろう。我々が長ったらしい声明を出したところで、見てくれる人なんて誰もいないさ。たとえそれが理にかなっていることだったとしても、国民はわかりやすく声の大きい奴らのことを信じる。ここらで再度対策を打っておかねばならん。早急にな」
「わかりました」
「まあ、こちらとしてもそのために二人ほど医療関連に強いやつを派遣する。それでなんとかしたまえ。彼らに従えばまず問題は無いだろう」
「ありがとうございます」
「私もチェックしよう。明日までに文書を持ってこい」
「わかりました」
「それだが、君のところの家族は」
ごごごごご、と地響きのような音がした。上から聞こえる。今までに聞いたことのない音だった。
「なんだ?」老人が食事の手を止めた。
「なんでしょう」
老人が言葉を発する前に、緊急警報が鳴った。
「なんだ?」老人が叫んだ。
「わかりません。管理室を見てきます」
「私も同行しよう」二人は食事の手を止め、足早に上の階へと向かった。
「先に行っていますね」キッシンジャーは自分の足元を軽く指でとんとんと叩いた。すると彼は足を使わずに高速で移動した。呪文の詠唱破棄だ。彼はそのまま階段を昇って行った。
「外の様子を見てこよう」と老人は言った。そのまま地響きが鳴り響いた。警報は鳴りやまなかった。空がだんだん黒くなっていった。警報がうるさかった。煩い。いや、よく耳をすませば何かが聴こえる。聞いたことのある曲だ。ああ、そだ。あの曲だ。
この世には秘密のコードがあると聞いたことがある
それはダビデが奏でたもので、主を微笑ませた
でも、そこまでこの音楽に繊細ではないだろう?
そのコードはこう刻む
4度、そして5度の和音、短調で下げて長調で上げて
困惑しながら王は、主を讃える曲を作った
ハレルヤ
主に感謝し、喜びと賛美を
「なんだっていうんだ」キッシンジャーが吐き捨てるように言った。城は大きく揺れていた。何かの壺が割れ、絵は落ち、本は全部本棚から床へ倒れた。
「なんだっていうんだこれは」彼は危機管理室に着いた。管理室ではすでに人が集まっていた。皆モニターを覗き込んでいた。
「わかりません。おそらく地盤のプレートが動いていると思われます」モニターの、前に座っている眼鏡をかけた男が叫んだ。
「どの範囲までこれは起きている?」
「それもわかりません。半径300キロくらいかと」
「そんなにか?」
「詳しいことはわかりかねます」彼は地響きに負けいないよう、声を張り上げた。多くの人間がモニターに張りついていた。
「湖と泉のエネルギー確保最優先です」別の人間が何処からか叫んだ。
「軍をただちに要請する。防衛大臣認定つなげ」キッシンジャーが叫んだ。別モニタで防衛大臣が現れた。
「城から半径300キロ以内の湖と泉に軍を派遣」防衛大臣が前置きもなしに早口で言う。
「総理から権限は頂いている。ただちに派遣しろ」
「はい」そこでテレパシーテレビは消えた。
「町の様子はわかるか」
「わかりかねます」モニターの前にいる男が叫んだ。
「総理は今何を」
「総理につなげ」キッシンジャーが叫んだ。別モニタに画面が映し出された。その画面には真っ黒な空が浮かび上がっていた。
「総理」
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