第7話 芍薬

 朝起きて明かりを点けた彼女は何度か瞬きをした。首を傾げて天井を見る。

「なんか暗い? 蛍光灯切れるのかな?」

『それ、僕のせいだ。ごめん』

 彼女は「まだ点いてるし、このままでいっか」と、身支度を始める。

 いつもなら着替えを見ないように洗面所に移動したりするけれど、今日の僕は定位置から動けない。俯いたのは彼女に気を使ったためだけではない。自然とそうなってしまうのだ。全身が重い。気分が悪い。

 僕がそんなだから、部屋が暗く見えるのだろう。

 彼女が出かけてからも、僕は棚に腰掛けて一日過ごした。生きていたときの思い出を繰り返し再生した。死んだ瞬間も何度も何度も何度も――。

「ただいまー」

 彼女の声に、唐突に視界が晴れた。

「って、誰もいないけどね」

 少し照れたように自らつっこみ、彼女は明かりを点け、ベッドにカバンを投げた。

 彼女の一挙手一投足に部屋に巣食っていたもやが弾き飛ばされていく。室温が上がる。

 鼻歌を歌いながら洗面所から出てきた彼女は、僕が座る棚の前にやってきた。

『うわっ!』

 僕のことが見えていない彼女は平気で僕の体に手を伸ばす。彼女の腕が腹を突き抜ける寸前に、僕は棚から飛び退いた。

『あ、動ける』

 あんなに重かったのに常態に戻っている。たぶん彼女のおかげだ。

 僕の視線に気づかずに、彼女は花瓶を置いた。ガラスの細い花瓶には一輪だけ挿してあった。ころんと丸く大きなピンクの蕾。

『何の花? 薔薇じゃないよね?』

 僕の疑問に彼女が答えてくれるわけもなく、僕はその花の名前を何年も知らないままだった。

 好きな花なんだろう。彼女は毎年飾った。

 それが僕の命日と被るのは二年に一度くらいだった。だからきっと偶然だ。

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