第3話 僕の定位置
『あっ!』
引っ越し業者がベッドを動かすのを見て、僕は大きな声を上げてしまった。もちろん誰にも聞こえていない。
ベッドが置かれたのは僕の定位置、鎖の根元。要するに死んだ場所だった。
そこに置かれたところで僕が困ることはないのだけど、彼女は寝苦しく感じるかもしれない。それが原因で早々に出て行かれたら嫌だ。僕はなんとか阻止しようとベッドを持ち上げている業者の男にしがみつく。僕の腕は彼の体をすり抜けてしまうけれど、そこは気合いだ。
「ぶぇくしっ! すみませっ! っく!」
僕の思いが通じたのか、彼は突然くしゃみが止まらなくなったようだ。ベッドの反対側を持っていた男が、
「大丈夫か? いっぺん下ろすぞ」
「っし! す、ません!」
目的の場所の手前でベッドは床に下ろされた。しかし、この後はどうする? あまりやりすぎると不審に思われて、寝苦しい以前の問題で出て行ってしまうだろう。
僕は頭をひねった。
「あの、ちょっと配置変えていいですか? なんかベッドはその位置の方がしっくりくる気がして」
家具が運ばれるのを見ていた彼女がふいに口を開いた。
『えっ?』
そんな都合のいいことがあるだろうか。僕は知らないうちに彼女にも何かしてしまったんだろうか。
僕は彼女の目の前に立つ。顔を覗き込む。
『僕が見えてる?』
何の反応もない。彼女の視線は僕を通り越している。
彼女は僕を避けずにすり抜け、業者の二人に近づいた。
『わっ!』
ぎょっとしたのは僕の方だ。思い切り顔と顔がぶつかったのだ。感触はないけど。
結局、ベッドの位置は変わり、僕の鎖の根元には腰高の棚が置かれた。僕が座るのにちょうどいいけど、きっと上に何か載せるんだろうな。
案の定、棚の上には多肉植物の寄せ植えが飾られた。けれど、一ヶ月も経たずに枯れてしまう。それ以降、彼女は雑誌を積み上げるようになり、僕の定位置はその上になった。
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