第10話

鍋の具材は、いたってシンプルな、白身魚や豚肉、ネギ、白菜等であったが、食べやすい大きさに切りそろえられ、何より久しぶりに渚や由美子と言葉を交わしながらの食事である。


美味しくて箸も進む




「どうかな、ちゃんと火通ってるかな?」




「うん、大丈夫。うまいよ」




渚はよかったと、少し肩を揺らし、嬉しそうに目じりを下げる。




「けど本当に久しぶりだわ、航ちゃんが来るのも」




「そうですね、小学校以来だから5年振り位ですかね」




玄関を上がる直前までは緊張していたが、食事が始まればなんということは無かった。


居間のソファーの種類などは変わってはいたが、この家の懐かしい匂いに、心は不思議と落ち着いた。




「けど、学校ではちょこちょこ渚と話はしますよ」




「そうなの?あんまり渚から航ちゃんの話を聞かなかったから、心配してたのよ」




「そうだね、今回の実習みたいに、一緒に何かしたりするのは久々なんだけども」






その由美子の台詞に、渚は少し俯いたような気がした。


確かに今まで魚を卸しに来た時も、仕事が終われはすぐに帰っていたので、これからは近況報告くらいはしようと、反省をした。




「これからまたご飯誘っちゃうんだから、ちゃんとおいでよ?」




「ありがとうございます。俺もなんか作って持ってきます」




「まあ、じゃあ渚も何か作らないと、ねえ?」




「今日作ったじゃない!けど航が何作ってくるか気になるかも」




「それはその時のお楽しみだな」




「ならまた漁に出ない時教えてね?お父さん達も一緒に食べれば賑やかで楽しいわ」




白菜を頬張りながら、口に物が入ってるので由美子の話に頷いて返事をする。


この場にあの二人が参加している姿を想像する。


その時はどうせ、酔っ払い二人に絡まれあしらう自分が想像できる。


しかし、お淑やかに見える由美子も、中々の酒豪であるので、三人の酒の肴にされる未来を考え少しげんなりした。




「ちなみになんだけどさ、お母さんは漁港にある祠の神様の話とか、聞いたことある?」




酔っぱらった自分の父親の顔を想像していると、渚がそう切り出した。




「んー、みんなが知ってる程度にはね。確か航ちゃんのお父さんの方が詳しいはずよ」




由美子にそう言われ、箸が止まる。今まで父さんからそんな話は一度も聞いたことは無かった。




「そう、なんですか?ちょっとびっくりです」




「そうなの!もしかしたら言ったらまずかったかな?お父さんには話したこと秘密にしといて?」




取り合えず、はい、と頷くことしかできず向かいの席の渚と顔を見合わすと、首をかしげていた。




「ほら、鍋の具も無くなったし、締めにしましょ!ラーメンと雑炊どっちがいい?」




由美子がそう切り出し、自の父親が詳しい理由も聞くことができずこの話題は流された。


どちらにせよ、調べるときに父には話を聞こうとは思っていたので、その時になれば分かる話だろう。


今気になっても仕方がないので、鍋の締めを楽しむことにする。




「自分ラーメンがいいです。」




「渚は?どうする?」




「私もラーメンでいいよー」




既に鍋を持ってキッチンに移動していた由美子に声をかけると、冷蔵庫から袋麺を取り出した。


出汁が沸騰するのを待っている由美子が、こちらを見ながらこう切り出した。




「明日も航ちゃん、漁お休みなんでしょ?渚も明日お店でなくていいから、二人で遊んでらっしゃいよ」




お小遣いもあげちゃう、とテンション高めにそういう由美子の顔は、キッチンの中で把握はできないものの、想像はつく。


こういう場面は男から誘うのが筋だと思い口を開くが、渚の方が早かった。




「うん、そうしようよ!ほら、神様の事も調べれるかもしれないし!丁度いいでしょ!」




そう早口で押し切ってきた渚を見ると、少し緊張しているのかこちらの目をじっと見つめてきた。


自分が先に言えなかったことが少し悔しくもあったが、断る理由は無い。




「俺も丁度父さんからお小遣い貰っててさ、なんか奢ってやるよ」




「そんな別に気にしなくていいよ、うんうん」




少しぶっきらぼうに返事してしまったかなと反省したが、渚の表情は喜びそのものだったので安心した。




「拓海と京子も誘うか?」




「んー二人でいいんじゃない?二人も用事あるかもしれないし」




「分かった」




自分は緊張しないために拓海を呼んでやろうと提案してみたが、あまり気にしないのかなと少し悔しかった。


渚が二人でいいと言うなら異論はない。




「おデートね、おデート、なんだかお母さんの方が気合入っちゃそう!私もついていきたくなっちゃった」




そういって由美子はキッチンのカウンターから顔を出し、自分にウインクを送る。




「なんでよ、ついてきたら絶対余計な事するでしょ!」




由美子に茶化されて、少しむくれた渚の顔は素直に可愛いなと思えた。


そのまま、二人のやり取りを聞きながら渚を眺めているとふと目が合った。




「何よ!航もにやにやしちゃってさ!」




「別にニヤニヤしてねーよ、楽しそうだなと思って」




「してたもん!」




もう、と言いながら渚は顔を伏せてしまった。


流石に気を損ねて、明日の話がお釈迦になっても悲しいので、話を進めようと口を開く。




「それで、何時に集まろうか」




「むー、航は何時からがいいの」




不満そうな顔を上げると、渚がスマフォを取り出し何やら調べ始めた。




「どうせならさ、お昼ご飯食べに行こうよ。行きたいお店があるの」




そういって画面をこちらに向け見せたのは、隣町にある木目調で落ち着いた雰囲気の内装のカフェだった。




「お、いいね。中々こういう所いけないもんな」




「そうなの!ここのお勧めがハンバーグなんだけど、すごい美味しいみたいなの」




「ハンバーグか!いいねいいね。 隣町に行くなら11時くらいに迎えに来たらいいか?」




「お店混むんだよねえ、どうしよっかな。んー、10時でどうかな」




「了解。その時間に来るわ」




話がまとまり、渚がスマフォをしまうと、自分もどこか行きたい所の一つくらい考えておかなければなら立つ瀬がないなと感じた。


そんなことを考えていると、由美子が締めのラーメンを持ってきた。




「ほらほら、伸びないうちに食べて頂戴な」




鍋にはぐつぐつに煮えた麺が、またそこから立ち上がる湯気からの匂いがまた食欲をそそる。


順番に取り皿によそうと、ふうふうと麺を冷まし、口に運ぶ。


改めてうまい、そう思いながら顔を上げると、




「やっぱ鍋は締めが重要だよね!ラーメン、おいしいね!」




「ああ、うまいな!本当に」




そう言って満面の笑みを浮かべる渚に、明日もこういう表情をさせてあげれるように努めようと柄にもなく思うのだった。

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