第9話

その晩、予定通り白石家の向かう。冬の初めということもあり、五時半を過ぎれば外は夕闇である。


昔遊んでいた時の記憶に、近所の和菓子屋の黒糖饅頭が二人とも好きで、よく食べていたことを思い出し、手土産はそれにした。


その、黒糖饅頭を手に持ち、白石家のインターホンを押す。


はーいという声の後に、家の中から足音が聞こえ玄関に近づき、鍵を開ける音に続いて扉が開く。




「あ、航!いらっしゃい」




「今日はありがとうな、これ、よかったらおばさんと食べて」




「あれ、八角堂の黒糖饅頭!ありがとうね。取り合えず寒いし中入って」




「お邪魔します」




その言った後に靴を脱ぎ整えて、渚の後に続く。


家の中には既に夕飯のいい匂いが充満していた。


献立を想像しつつ、改めてお邪魔しますと声をかけながら、居間に足を踏み入れる。




「航ちゃん!いらっしゃい。」




「お母さん、航が黒糖饅頭買ってきてくれたよ!」




「今日は晩御飯ありがとうございます。少ないですが良かったら食べてください」




「まあ!気を使わなくて良かったのに。またご飯食べた後に三人で食べましょう?」




そう由美子が言うと、渚はキッチンのカウンターに饅頭を置く。




久しぶりにこの家に来るので、どこか落ち着かない自分が居る。


部屋を見回すと、居間のテーブルの上には鍋敷きがあるので、今日の夕飯は恐らく鍋であろう。




「今日はお鍋だけど、よかった?」




「なんでも大丈夫です。寒いので丁度いいですね」




「そうなの、後、渚が鍋なら失敗しないし、だって」




「お母さん!余計な事言わなくていいから!」




由美子の言い回しからするに、渚が作ったのであろう。


自分の為に作る事を考えていてくれたのなら、嬉しさで小躍りしてしまいそうになる。


そんな気持ちを抑えつつ、何か手伝えることはないかとキッチンを覗く。




「もう、鍋持って行くから準備して!」




コンロには4人用の土鍋が火にかけられている、こういう所は男の見せ所だと思い、渚に声を掛ける。




「土鍋、俺が運ぶよ」




「流石航ちゃん、男の子ね」




「お母さん!一々茶化さないでよ。ならお願いしようかな?」




「おう、任せろ」




キッチンの中に移動し、渚からミトンを受け取り装着し、鍋を持って居間のコンロの上に運ぶ。


そんなに距離があるわけでは無いが、直前まで火にかけられていたので運び終わるころには、ミトンの中が温くなる。




「航、ふたも開けちゃって」




「あいよ」




箸と取り皿と準備している渚から声をかけられる。由美子は調理器具を洗っている様だ。


言われた通り鍋のふたを開けると、辛みと酸味、それにニンニクのいい匂いが鼻をくすぐる。




「キムチ鍋か」




「そうなの!鍋の元入れるだけでいいから楽だし。後おいしいし!」




「航ちゃん、今食器持って行くからね、席ついて待ってて頂戴」




二人も片づけを終え、食器を持ってきて席に着く。


由美子から箸を受け取ると、取り皿に渚が具を皆の分をよそう。




「はい、どうぞ」




「ありがとう、あちち」




「ごめん。大丈夫」




「全然、気にすんな」




そんなやり取りをしていると、ふと由美子が視界に入り、嬉しそうな顔をして二人を見ていた。




「じゃあみんな取り終わったし、食べましょうか。いただきます」




由美子に続いていただきますと言い、久しぶりの白石家での食事が始まった。


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