第16話 救出戦2
燃え盛る業火を身に宿した巨大な虎が、俺の目前まで迫っていた。
いや虎の形をした炎か?
って、そんな事を考えている場合じゃねえ!
俺は思考を切り替え対抗策を講じようとした。
しかしその瞬間、無情にも炎の虎が直撃する。
圧力が急速に発生し、転じて閃光と高熱と轟音を解き放った。
場の大気が振るえ、爆風と粉塵を巻き起こす。
「主様!!!」
セラーラの声が響く中で、もう一つの魔術が俺を襲った。
龍を形どる水流が、熱せられた爆発地点に着弾する。
高温の空気に触れた水の体積が一気に膨張し、地響きを伴って水蒸気爆発を起こした。
「ヒャハー!!! ざまあみろってんだ!!! 俺の勝ちだぜえええ!!!」
ジークベルトは声高らかに勝利の雄たけびを上げる。
反して奴の膝に座るアプリコットと後ろで見ていたセラーラが悲壮な表情を浮かべていた。
ところがパーシヴァリーだけは平然と爆発を眺めていた。
否、口の端を吊り上げ微笑みを浮かべているではないか。
「何が可笑しいのですかパーシヴァリー! 主様が……主様が!」
「よく見ろセラーラ。あんな攻撃でマスターが倒されるとでも思っていたのか?」
「え!?」
パーシヴァリーの予想通り、俺は濛々と立ち込めた煙の中から平然と飛び出てきた。
「主様!」
セラーラとアプリコットに笑顔が戻り、今度はジークベルトの表情が焦りの色に染まる。
「どういう事だ!!! 嘘だろ!!?」
騎士や魔術師たちも驚き目を剥いていた。
そんな彼等に狙いを定めた俺は、地を強く蹴ると全速力で吶喊する。
今のはマジでビビった!
思わずモブ精霊を呼び出しちまったじゃねえかよ!
俺の周りにはクリオネのような物体が幾つも漂っていた。
こいつらは風精霊で、彼らが結界を張ってくれたお陰で俺の体は傷一つ付かずに済んだのだ。
「精霊召喚をするつもりはなかったが、まあいいか」
乙女精霊サーガでは、プレイヤーのアバターとなるのが精霊使いである。
そしてこの精霊使いが使う特技こそが、先ほど俺が口にした精霊召喚で、この術で風精霊たちを呼び出したのだ。
これは精霊使いが最初からもっているデフォルトの能力であり、スキルではない。
有り体に言うと、悲しいかな精霊使いはスキルなどは使えず、精霊召喚だけが唯一の特技なのだ。
乙女精霊サーガではゲームの題名通り、主人公はあくまで乙女精霊である。
よってプレイヤーの分身たる精霊使いはレベルもなければスキルさえも存在しない。
だが、これではあまりにもプレイヤーが空気になってしまうため、精霊使いは乙女精霊とは違う強化の仕方が二つ用意されていた。
一つは根源精霊と言われる使い捨ての精霊を消費して、精霊使いの基礎能力値を上げることだ。
根源精霊には力や素早さなど多岐の種類が存在し、クエストの報酬や課金ガチャなどで入手が可能である。
言うまでもなく、俺は馬鹿みたいに金を費やし自分のアバターの精霊使いを強化していた。
もう一つの強化方法は精霊召喚で、これは文字通り精霊を召喚する能力だ。
この召喚される精霊は乙女精霊とは違う事からも、プレイヤーの間ではモブ精霊と呼ばれていた。
モブ精霊もクエストやガチャなどで取得可能だが、嬉しいことに根源精霊と違って一度手に入れてしまえば何度でも使用可能で消滅する事はない。
但し、召喚するにはスロットルと言われる場所にモブ精霊を設置せねばならない。
スロットルには階位が存在して、同様にモブ精霊にも階位が存在する。
モブ精霊とスロットルが同じ階位でないと、配置できないという仕組みだ。
加えて精霊使いが持つスロットルには限りがあるので、手に入れたモブ精霊を何でもかんでも配置する訳にはいかないのだ。
でもこのスロットルも、課金すれば増やせるんだけどね。
「何をしている! 魔術師を守れ!!!」
迫りくる俺に漆黒騎士の一人が叫んだ。
その言葉で騎士たちは現実に目を向けると、中でも反応の良い三名が魔術師の前に出て俺を待ち構える。
「いまさらだな」
詰め寄った俺に三本の剣がそれぞれの軌道を描いて強襲した。
しかし、そのすべてをするりと躱した俺は、騎士たちの剣に拳を合わせて風精霊たちを送り込む。
次いで彼等を顧みないまま魔術師二人に肉薄し、流れるような動作で手刀を放った。
「以上だ」
一連の動作を終えた俺はその場に立ち止まる。
すると、騎士三名と魔術師二名がドサリと地に崩れ落ちた。
「……」
あまりにもあっけなく勝負がついてしまい、敵方は誰もが絶句している。
「さすがはマスター。私が惚れた男だけはある」
「当然の結果ですね」
セラーラの言葉を聞いたパーシヴァリーは、彼女にジト目を向けた。
「……セラーラ……其方はマスターが負けると思っていただろう……」
「何を言っているのですか。あれは心配していたのです。例えどんな些細な事でも、私は常に主様を気に掛けています。もちろんあの程度の輩は簡単に排除できると信じていました」
「……よく言う……だがこれで分かった」
「……何がですか……?」
訝しむセラーラに、パーシヴァリーが勝ち誇る表情を見せた。
「私の方がマスターを信じ、そして愛しているのだと」
「……それは聞き捨てなりません。最初に誕生した私の方が長く主様と時間を共にしています。よって私の方が主様を長く愛している事になります」
「時間など関係ない。深さだ。より一番深い愛を捧げているのは私だ」
「それは違います。深さも私が一番です」
「……セラーラ、見苦しいぞ。私に決まっている」
「いいえ、私です」
「いやいや、私だ」
こんな状況下でも、二人はやんのやんのと言い合っていた。
一方で、俺の側にいる残り三人の騎士は、震えながらその場で立ち止まっている。
うん、これって完全にビビってるよね。
「な、な、なんなんだ!! お、お、お前らは!!?」
動転したジークベルトは上擦った声を上げる。
「ジークベルト様。これ以上は無駄な血が流れるだけです。他の者は引かせて私とライオネルにお任せください」
「お、おお! そうか!!! そうだな!!! ここは漆黒騎士の出番だな!!! レーヴェ!!! 頼んだぞ!!!」
その言葉に三人の騎士はホッと胸を撫で下ろすと、そそくさと後方に下がりだした。
代わりに黒光りの鎧を纏ったレーヴェが前へと歩を進める。
「……」
しかしもう一人の漆黒騎士は、どう言う訳か動こうとしなかった。
「ライオネル、お前も来るんだ」
「ちっ、何で俺様が農民上がりの言う事を聞かなきゃならねえんだよ……」
何だ? このライオネルとかいう漆黒騎士……えらい反抗的だぞ。
「ライオネル! レーヴェはお前よりも身分は低いが上司だろうが! 一々駄々をこねるんじゃねえ! 俺は早くアプリコットちゃんを連れて帰りてえんだよ!!!」
「……分かりましたよ、ジークベルト様……」
怒鳴られたライオネルがしぶしぶ俺たちの方へと歩いて来る。
漆黒騎士か……ついに出てきやがったな。
こいつらを倒さないとアプリコットが救えない。
「私は漆黒騎士団副団長、レーヴェ。もう一人は団員のライオネル・ラ・ハミルトン」
レーヴェって奴はやけに礼儀正しいな。
そういやエルテに金を渡そうとノッドルフに口利きをしていたし……
「農民上りが俺を呼び捨てにするんじゃねえ。今に見てろ……そのうち副団長の地位から引きずり落としてこきつかってやる……」
「……」
おいおい、レーヴェとやら……
部下に暴言を吐かれても、何も言い返さず黙っているなんて……
「……」
会話からしてレーヴェは元農民か。
方やライオネルは貴族みたいだから、身分の低い奴の下に付くのが我慢できないんだろうな。
そんなプライドの塊が部下だから、レーヴェも扱いに困ってる。
誰がこの構図にしたんだよ。
もっと人材配置を考えろ。
と、いかんいかん。サラリーマン時代を思い出したわ。
どうぜこいつら全員始末するし、どうでもいいわ。
「レーヴェ! 罪人に口上など必要ない!!! さっさと殺せ!!!」
ジークベルトの檄に、二人の漆黒騎士が突撃してきた。
俺は透かさず乙女精霊たちに指示を飛ばす。
「副団長は俺が相手をする! パーシヴァリーはライオネルとかいう奴を倒せ!」
「了解した、マスター!」
「セラーラはパーシヴァリーを援護だ! だが状況を見て臨機応変に動け!」
「分かりました、主様!」
命令を下した俺は、敵の方に向き身構えた。
「なっ!!?」
俺は面食らう。
レーヴェはあと数歩の所まで迫っていた。
「速い!!!」
その動きはとても軽やかで、鎧を着た動きとは到底思えない。
「恨みはないが、命を頂く」
長剣を抜くと同時に俺の胴を薙ぎ払った。
「む!!?」
しかし俺は、風精霊たちを使って刃の軌道を逸らす。
「なるほど……その小さな人型のような物体が貴様の武器か……」
まあ、武器って程じゃないんだけどな。
因みにモブ精霊には十の階位が設けられており、このクリオネのような風精霊の名は〈クリンオーネ〉と言って、第三位の階位に位置している。
こいつは風を操って敵の攻撃をいなしたり反撃したりと、中々にして汎用性が高いモブ精霊である。
「いいだろう。その小さな人型と私の剣技、どちらが上か試させてもらうぞ!」
掛け声とともにレーヴェが斬撃を繰り出してきた。
その剣筋は鋭く理に適っており、彼が一介の騎士ではなく卓越した強者であることが窺える。
でもこいつはまだ本気を出していないようだ。
俺がどんな手を使ってくるのか見極めようとしている。
どうやら敵方で一番厄介な奴はこのレーヴェだろうな……
……勘弁してくれよ……
俺は辟易としながらも、レーヴェの斬撃を擦れ擦れで躱すのであった。
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